エピローグ
百井が類以の元からいなくなって1か月。今日も清々しいぐらいに空は晴れている。そして、手入れされた庭先では、淡いピンク色のツツジの花が咲いていて、甘い香りを漂わせる。
あの日から祖父母宅で暮らす類以が、元気に縁側を走り回っていた夕方。百井の実家に警察からの電話がかかってきた。内容は、駅前のロータリーで、マネージャーを待っていたところ、たまたま巡回中の警察官に声を掛けられて、そのまま逮捕されたということ。百井の両親でもない誰かが、警察に匿名で、両親宛てに書かれた手紙の内容と全く同じことを通報したようで、警察からの電話は本当に突然のことだった。
逮捕されてからの事情聴取では、「類以に指示をされたから私はやったの。私は正当な判断をしたまでよ」と供述していて、全く反省の色を見せていない現状だった。しかし、百井が犯した罪は殺人と遺棄。もう芸能の世界にも、そしてこの空間に戻ってくることはできないだろう。そう誰もが想像し、このことは連日ニュースで取り上げられた。
百井への事情聴取が続けられる中、3歳の誕生日を迎えた類以は、本当の母親に向けて、1枚の手紙を書いた。それは、百井の両親に催促されたものではなく、自らお礼の手紙を書きたいと志願したのだった。
― ママ、3さいになったよ。おてがみ、ありがとう。ちゃんとよんだよ。だから、きょうは、おれいのてがみを、がんばってかきます。ママ、ぼくをうんでくれて、ありがとう。だけど、ごめんなさい。ぼくは、ひとりで、がんばっていきます。じゃあね。 るい ―
産みの母が犯した罪を償いながら、猛パパと茉菜ママ、金子のお姉ちゃん、そして弟として産まれてくるはずだった以都の魂を胸に、ずっと生き続ける。
パパ、ママ、金子のお姉ちゃん、僕のことを愛してくれてありがとう。育ててくれてありがとう。遊んでくれてありがとう。弟をプレゼントしてくれて、ありがとう。とってもとっても楽しかったよ。みんな、向こうの世界でも元気でね。大好きだよ!
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今年も、ネーブルオレンジの花は可憐な姿で咲いた。彼らはやがて土として生まれ変わる。その土で育つネーブルオレンジの木は、花を咲かせ、半年後にはオレンジ色の大きな実をつける。このサイクルはずっと続き、この場所から類以のことを優しく見守り続ける。そして、甘くて、時に酸味のある人たちに育ててもらった類以。大きくなっていくネーブルオレンジの木のように、類以は成長を続けていく。好奇な目付きのネーブルオレンジたちは、類以の人生において、かけがえのない人になるだろう。実の母を除いては。




