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この世界の人は魔法が使える。当然お偉いさんとなると、魔力量も多く強い。だから一度場所を覚えてしまえば、城から瞬間移動することは可能になる……。じゃぁ、城とか宝物庫に入って盗み放題じゃんってなるんだけど、そこは結界があって許可された者しか入れないらしい。ってのを、俺はこの一週間で二人から聞いていた。
(二人とも、酒飲むと愚痴っぽくなるんだよなー。てか、愚痴りに来てるのか。俺はバーのマスターじゃねぇぞ)
今日も今日とて、王様が来ている。王様はカウンターに座り揚げ出し豆腐をつまみに、日本酒をちびちびやっていた。最初は座敷を用意していたが、店の掛札は閉店にして客は他に誰もいないので、気づけばカウンターで飲むようになっていた。
後片付けの邪魔だ。王様は口を開けば「宰相がうるさい」「働きたくない」「一生ベッドから出たくない」「うどんになりたい」と、ニートの弟を思い出して腹が立つ。俺は適当に話を流していた。そして宰相は「王様を引きずり下ろしたいけど、王様にはなりたくない」「王に働いて欲しいけど更迭されそうで怖い」「魔王の目撃情報が増えている、どうしよう」などなど、交互に聞かされる俺の身にもなってほしい。
一週間もすれば俺も開き直るというか、二人はうどん以外のメニューはお任せなので、早く使いたい食材を適当に調理して出している。いい残ぱ……いや、心の中でも止めておこ。
「ユウ……なんで王家になんか生まれたんだろ。いや、時代も悪いよ。魔王は幼いけど強力だし、なのに勇者は見つからないし……」
「あぁ、大変だな」
王様は何もしないのに、自分の生まれや世の中にだけ不満を言う。その態度はいらいらするが、一応客だから怒ったりはしない。もう敬語はどこかへ消えていた。こんなの敬えない。ただそんな俺の態度に全く嫌な顔をしないので、案外器は大きいの……いや、ないな。
「宰相も毎日働け働けってうるさいし。余だってやろうとしてんのに。でも、やろうとしたら、宰相が言うからやる気なくなるっていうか……。どうせできないと思ってんだろって」
話すことは毎回同じ。悪いのは全部宰相や国。その言い草も、散々親に迷惑をかけた弟そっくりで、腸が煮えくりかえる。これでも客だから、キレはしない。しない……はずだ。
「勇者も勇者だよ……神託ではとっくに生まれてんのに、名乗り出ないし見つかんないし。首の後ろに勇者って書いてあるらしいんだけど」
「なんだそれ、それで何で見つからないのさ」
「余が聞きたいよ。勇者がいれば全部任せられるのに~。あ、締めでざるうどんね。あぁ、こんなにうまいのに、小麦と塩と水なんだろ? 俺でも作れそうだわ~」
酒に酔って陽気になっている王様は、けらけらと笑っている。その瞬間、プツンと何かが切れて頭が真っ白になった。
「んあ? なんつった?」
「え。ユウ?」
空気が変わったことに気づいたのか、王様が「やべぇ」って顔をしだした。空気を読むのはうまいみたいだ。だけどもう遅い。俺は溜め込むタイプだ。限界までため込んで、一度キレると手が付けられない。
「うどん舐めんじゃねぇ! おら、こっちにこい! その腐った根性をうどんみたいに捏ねて踏んで、叩き直してやる!」
俺はカウンターに片手をついて飛び越えると、王様の首根っこを掴んで厨房へと引きずりこんだ。
「ちょっ、ユウ! 力強すぎない!?」
小太りのおっさんを軽々引きずれる。子どもの頃から力が強かったから、重い小麦粉の袋を運ぶのも楽々だ。俺は麺打ちの板の前に王様を立たせ、魔法で強制的にエプロンを着せた。シエルのだから似合わないけど、無いよりはましだ。入念に手を洗わせ、怯えた顔で俺を見ている王様の前に小麦粉の袋を置いた。
「おら、お前にうどん道叩きこんでやるよ!」
ぶちキレた俺は怖い。それは前世の姉弟や友人、そしてこっちではバキュームエルフや合法ショタも言っていた。合法ショタはこの国の悪口を言うから、うどんがまずくなると睨んだら大人しくなった。あの時も軽くプッツンいったから、魔力が漏れたかもしんない。
まぁ、今はこのねじ曲がったニートだ。
「おらおら! 腰が入ってない! もっと力をいれる!」
「は、はいぃぃ!」
「お前のうどんへの愛はこんなもんなのか! 水は一滴の差を感じろ! おい、魔法を使うんじゃねぇ! 魂こめろやぁぁ!」
「ひいいぃぃ!」
麺を打ち、ゆがき、食す。
「ユウのようにならない」
「ぼそぼそしてんな……もっかいだ!」
「えぇぇ!」
もちもちのこしがあり、ちゅるんとのど越しのいい麺を目指して。俺のうどん魂は熱く燃え上がっていく。王様の顔にも活気が出てきて、真剣に取り組みだした。
「こんどは柔らかすぎる! 水が少し多い!」
「は、はい!」
「あと一歩コシが足らん!」
「はい! 師匠!」
王様の顔つきが変わり、目はやる気にあふれている。香川で修行にあけくれた俺と同じ目だ。そして夜が明け、朝日の中至高のうどんができた。
まずは麺だけを味わう。ちゅるりと唇を滑っていき、噛めばわずかな塩味と小麦の香り。もちもちでしっかりコシもある。
「完璧だ」
「ありがとうございます。師匠!」
「だがまだつゆがあるぞ! 店を出せるのはそれからだ!」
「はい! これからもご指導お願いします!」
俺たちは朝日を受けてがっつりと握手を交わした。俺はふぅと息を吐いて、首のタオルを外す。それで顔を拭けば、さっぱりした。
「……あれ、ユウ。首の後ろにあざがあるんだ」
「え、そうなの? そんなとこ普段見えないしな」
「ほら、こんなの」
そう言って王様はメモ紙に魔法で、見た模様を浮かび上がらせた。魔法って便利。それを受け取った俺は、懐かしい文字につい口に出してしまった。
「漢字だ……ゆうしゃ?」
「な! この文字が読めるのか!? というか、今勇者って言った?」
徹夜明けの頭におっさんの大声はきつい。てか何で首の裏に漢字の痣があるんだよ、おかしいだろ。しかも勇者ってなんだ。これじゃぁまるで、俺が伝説の勇……者。呆然とする俺に、王様が詰め寄って来る。
「え、ユウが勇者なのか!? あの力が人より何倍も強くて、全ての武器を見ただけで使えて、魔法も超級まで使えるっていう!?」
「……そういや、昔から喧嘩すれば相手が吹き飛んだし、学校の武術は楽勝だったな。魔法で苦労したこともないような……」
「それでなんで勇者って気づかなかったんだよ! でもこれでこの国は安泰だ! 勇者がいれば、魔王に攻められても戦える!」
やった~って万歳している王様に、俺は「あぁん?」と凄みをきかせる。どんどんガラが悪くなってるけど、徹夜明けだから仕方がない。
「俺に剣を持って戦えって!? ざけんじゃねぇ! 俺の手はうどんをこねるためにあるんだよ! 剣を握るためじゃねぇ! 俺が勇者だって言うなら、俺はうどんでこの世界を征服してやるぜ!」
「……ユウ」
そう啖呵を切ったら、なぜか王様は目を潤ませて俺を見ていた。こぶとりのおっさんが感動しているのは目に毒だから止めて欲しい。
「わかった……ユウはうどん馬鹿だし、ここは余が人肌脱ぐとしよう。それにユウが勇者になっては、このうどんが食べられないし。魔王との戦争を回避し、勇者がいなくても平和が築けるようにするさ」
「……いや、何いいこと言ったみたいな顔してんの。今まで働いてないんだから、とっとと働けニート!」
そうして俺は王様を叩きだし、二階の部屋で爆睡した。次の日の、っていうか今日の開店時間は遅くして、眠さを堪えながらバキュームエルフと合法ショタの相手をする。眠すぎてぼんやりしていたからか、いつものタオルを首に巻くのを忘れて、エルフとショタが驚いた顔をしていた。何か言いたそうにしてたけど、頭が回らないから放置しておいた。
そしたら二人で何やらごにょごにょ話して握手してたけど、友情でも深まったのか? その後、気が利くシエルが首にタオルをかけてくれてた。いい子だ。雇ってよかったと思う。賄に海老天追加してやろ。
そして夜は宰相が泣きながらやって来て、王様が人が変わったように仕事を始めたって大泣きしていた。ニート王に今までの謝罪と感謝を述べられ、あまりの変わりようにビビりのこいつは、何かあるんじゃと怯えていた。
「うどんの魂が宿ったんだな……よかったよかった」
眠たさが一周回って元気になった俺は、上機嫌で相槌を打つ。宰相が好きな焼き鳥も出してやった。
そんな王様の激変から一か月が経ち、なんと元ニート国王は魔王との平和協定を結ぶことに成功した。歴史上初めてで、ニートが力を出した時ってすごいんだなと、ちょっと日本にいる弟に希望が持てた。王様は魔王と食で心を交わしたとか言ってたけど、政治の話は俺にはよくわからん。そうして日々が過ぎていく。
(ま、俺はここでうどんを打つだけだしな)
俺は今日も朝から麺を打ち、開店の準備をする。たまに国王も麺を打ちに来て、つゆも自作するようになった。のれん分けの日は近いかもしれない。シエルはいつも元気で「ユウさん、今日もよろしくお願いします~! 一生この店で働きますよ」って頑張ってくれる。
そして店を開ければ、バキュームエルフが二人前を平らげ、犬耳を生やした合法ショタが「平和条約が締結されたから、堂々と観光できるよ~」って言いながら、ざるうどんを塩で食べていた。相変わらず渋い。
夜は宰相か王様が来て、たまに二人一緒に来ることも増えた。しかも、この店で仲良くなったのか、たまにバキュームエルフと合法ショタも混ざる。子どもが熱燗を飲むので叱ったら、魔族で50(見た目は5歳)は十分成人だという。こいつは始祖だからほかの魔族に比べて見た目の成長が遅いらしい。そうは言われても、子どもが熱燗飲んでいるのはちょっとな……。
四人は好きなうどんについて語り、今度うどんを作ろうと盛り上がっていた。
(それ、教えるの誰なの? ねぇ。まぁ、平和なのはいいことだけど)
こうして、うどん屋和楽の一日が終わる。俺は店の片づけをしながら、濃くも楽しい日々に頬が緩むのだった。
没ネタ
「なんだよ。そんなうどん買ったらこんにゃく麺だった、みたいな顔をしやがって」