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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第1章

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06 どうしたもんかな

 噂の地下を――ルキンの方から見せてくれようと言うのだ。

 ファドックにはそれを固辞する理由などなかった。

 地下には誰かしら、人物が存在する。

 少年はそのことを考えていた。

 そこから戻ってきたと思しき使用人が持っていた盆。彼がとっさに「犬の餌では」と考えたあれは、何者かへの食事だ。

 冗談にも優遇されているとは思えない。

 地下に閉じこめ、最低限の食べ物だけを与え、何かをしている。――させられている。

 飛躍しているかもしれない、とは慎重に考えた。

 しかし、それほど突飛なことを考える気質でもないファドックですら「もしや」と考えることがある。地下にはルキンに都合の悪い人物でも幽閉されているのではないか、というようなことだ。

 もう少し想像力を働かせれば、「医者」には「都合の悪い人物」をどうとでもする方法があることに気づくが、そこを突き詰めるのはやめた。何の根拠もない疑い、いや、妄想でもって人を糾弾することはできない。

 ともあれ、地下に誰かがいる、というのは根拠のある想像だった。

 何者であるかは判らない。

(即、味方とも判断できないが)

(可能性はある)

 もちろん「可能性」の話をするならば、誰も彼も少年の敵だと言うことも有り得る。

 万一に備えよ。

 ファドックは可能な限りにありとあらゆる事態を想定し、踵を返すサリアージに従った。

 少年を先導するように若者が歩けば、背後には犬がついてくる。それは奇妙な一列縦隊となった。

「見たものをどう判断するか、それは好きに選べばよい」

 後ろを振り向きもせず、サリアージは言った。

「その選択、楽しみにしている」

 ファドックは何も答えなかった。

 そう、まるで奇妙であった。

 ルキン邸にまんまと侵入したトルスから見れば、ファドックはまるで連行されているかのようである。

 ある意味ではその通りだったかもしれないが、少なくとも罪を犯して捕縛をされている訳ではないだろう。サリアージは町憲兵ではないし、ほかの街ではいざ知らず、アーレイドの町憲兵隊は犬など使っていない。

(あいつ、何やってんだ)

 思いがけぬ場所で見かけた知る顔に、トルスはぽかんと口を開けた。

 ファドックがビウェルと何かしら画策をしているらしいことは、判っていた。だがまさか、ルキン邸にいるとは。

(成程なあ)

 料理人の若者は顔をしかめた。

(町憲兵隊に、顔出せない訳だ)

(つうかビウェル、あの野郎)

(何が「一般人に危ない真似はさせない」だ)

 疑いのある男の懐に潜り込ませる。これのどこが危なくないのか、説明をしてもらいたい。いや、してもらいたくない。ビウェルの理屈など、とうとうと述べられてなるものか。

(どうしたもんかな)

 廊下の影で、彼は頭をかいた。

(何か計画があるんなら、俺が出てきゃ台無しなんだろうが)

(まるで捕まってるみたいだ、ってのは)

 よろしくないんじゃなかろうか、と考えた。

 とりあえずトルスにできることは、そのあとをそっとついていくことだ。

 もっとも、廊下はまっすぐで物陰も少なく、街で誰かを尾行するようにはいかない。第一、彼に尾行の経験などない。普通はないだろう。トルスは人生初のそれを思わぬところで体験した。

 縦隊が通路を折れるのを見届けると、可能な限り足音を立てないようにしながら、可能な限り早くそれを追う。

(俺は、ちゃんと言ったけどな)

 そうしながら、若者は考えた。

(三度目はご免だってよ)

 ファドックは現状、チェンらのような不良連中に絡まれている訳ではなかったし、もちろん少年の方でも一度だって「助けてくれ」と言ったことはない。だがこうして、何だか尋常ならざる感じのファドックに行き会うのは三度目だ。

 ご免だと言ったのに、と彼は考えたが、本当にお断りであるならば見て見ぬふりをすればよいだけで、結局トルスは自ら足を突っ込んでいるということになった。

 幾本目かの廊下の角で、無防備にひょいと向こうをのぞいたトルスは、そこで慌てて顔を引っ込めることになる。一列縦隊が、その真ん中付近で足をとめていたからだ。

「驚かないのか」

 低い声がした。覚えがある。サリアージの声だ。もちろん、ファドックの声でなければサリアージに決まっている。犬が喋るはずもない。

「あまり演技は得意でないと見えるな」

 がたん、と音がした。

「のぞき見ていた、という訳だ」

 思わずトルスはぎくりとした。だが、彼のことではないようだ。慎重に慎重に顔を出すと、サリアージは膝をついて四角い板を持ち上げていた。それが扉のようだと気づくと、料理人は地下の収納倉庫かなと思った。〈青燕〉亭にもある。

 そうは言っても、倉庫にしては不便なところにあるようだ、と彼は首をひねる。それを探していた訳ではないトルスには、特に「隠し扉」とは思われなかった。

「ファドック」

 低い声が少年を呼んだ。

「ルキンがお前に何を望んでいるか、判るか」

「僕の望みとは相容れないだろう、ということだけは判ります」

 硬い声でファドックが応じるのが聞こえた。

「いいだろう」

 どこか面白そうに、サリアージは言った。

「この戸を見つけていたのならば、いまは期待に胸を弾ませているというところか。ルキンに都合の悪いものを見つけられるだろうと。そして同時に、何のためにルキンがそうするのか、掴みかねている」

 サリアージは問うた訳ではないようで、ファドックも特に答えなかった。

「これを」

 ちゃり、と音がした。サリアージがファドックに鍵束のようなものを手渡していた。

「持っていけ。どこにでも首を突っ込んで、見てみるといい。お前の知性と度胸がどういった結論を導き出すのか、楽しみだ。――入れ」

 促されて、少年は身をかがめるようにしながら扉の下に足を踏み入れた。その姿が消え、犬が続くのを見て、収納倉庫という程度の狭さではないようだ、とトルスは驚いた。

 しかし、観察をしていられたのはそこまでだった。

 てっきりサリアージもそのあとに続くものと思っていたが、そうではなかったのだ。

 黒い肌の若者は、そのまま引き上げ戸をぱたんと落とすと、立ち上がった。

 やばい、とトルスは顔を引っ込ませ、気配を探る。そのまま向こうへ行ってくれればよいが、戻ってこられれば鉢合わせだ。

(どうするよ?)

 あまりにも(まず)すぎる。サリアージはトルスの顔を知っているのだ。町憲兵に突き出されるくらいなら、ビウェルにて酷い説教を食らうくらいで済むかもしれないが――。

(そんだけじゃ)

(済まねえかも)

 と考えたのに、特に理屈はない。

 ただ、サリアージは妙な男で、その主人――なのか、何なのか――もまた、底の知れない男だ。

 捕まれば、どうなるか。

 理屈ではない。感性だ。或いは、勘。

(やばい)

 踵を返して次の角まで逃げるか。いや、間に合うまい。

 何か言い訳をするか。それとも。

(……先手必勝、とか?)

 入り込んだだけならば悪戯の段階で済ませることも可能かもしれない。だが自衛ではなく先に暴力に訴えれば、明らかに、悪意あり。ビウェルは大喜びで彼を留置場にぶち込むだろう。

 いや、それならばまだ、ましなのだ。

(くそっ)

(どうするよ!)

 決断できぬまま、トルスはその場で拳を握り締めた。


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