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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第3話・最終話 始末 第1章

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05 興味深い提案

「どう思う、ユークオール」

 医者はまた、犬に話しかけた。無論、犬の答えるはずはなく、その代わり――部屋の扉が叩かれた。

「ルキン」

 姿を見せたのは、話題の「友人」であった。

「ああ、サリアージ。ちょうどよいところにきた」

 アヴ=ルキンは手を叩いた。

「この少年をどう思う」

 黒い髪と黒い瞳、そこだけを取るならば、ファドックとサリアージはよく似ていたと言える。ファドックの髪はまっすぐで、サリアージのそれは少し波立っていたし、瞳の色は同じでも、肌の色が異なればどうにも違う印象があったが、それでも、同じ色だ。

 その、同じ色をした瞳が合わされる。

 ファドックはぎくりとした。

(馬鹿な。僕は何を考えてる?)

(この二対の目が、同じものだなんて)

 黒ずくめの両者は、冗談でならば似ていると言えたかもしれない。しかし、髪の色や目の色を言うのであれば、ファドックとて同様だ。

 だがそうではなく、同じ力を持っている――と感じるのは、何に基づくものか。

「度胸があるようだ」

 乱闘(・・)の痕跡を見て取ったためであろうか、サリアージはルキンと同じことを呟き、ファドックはトルスと同じ感想を抱いた。

 思っていたよりも低い声を出す。

 いや、正直なところを言うならば――この男が喋るなんて思っていなかった、という、どこか理不尽の香りがする考え。

「その度胸、威勢だけか本質か、見極めてみようではないか」

 サリアージは言った。ルキンは片眉を上げた。

「具体的に、案があるのか」

 ルキンは尋ね、皮肉めいて口の端を上げた。

「ユークオールとじゃれ合う以外に」

「度胸の有無と方向性によって、その役割に相応しいものか、見定めるとしよう」

「方向性」

 ルキンは繰り返した。

「どの方向を望むのか? ファドックの進む方角は、私には判りきったことのようにも思えるが」

「そう、判りきっている」

 サリアージは言った。その口調のどこにも、外見に似つかわしい若いところはなくて、ファドックは気味が悪かった。

 まるで、騙し絵の類を眺めさせられているかに思えた。

 見えているもの以外にも、何かが隠されているかのように。

「いいだろう、任せる。そろそろ交代の時期であることは判っているが、代わるのは私ではないからな」

「その通り。お前ではないな、ルキン」

 意味の通じない応酬。まるでファドックがその場にいないかのように。

「ここまでは騒ぎが届かぬが、投石があったようだ」

 不意に黒肌の若者は、そのことを告げた。

「投石? どこの愚者がそのような」

 ルキンは顔をしかめた。

「どこかでお前が高値で恨みを買い上げた相手だろう。それとも買い叩いたと言うのかは判らぬが」

 面白くもなさそうにサリアージは言い、ルキンには面白かったか、医者の方では笑った。

「では、その愚者をファドックに退治てもらおうと言うのかな。ユークオール相手よりも活躍できようが」

「生憎」

 サリアージはやはり面白くなさそうだった。

「王の犬がきている」

「犬と」

 対するルキンは、これまでにないほど派手に笑った。

「町憲兵か。この辺りの町憲兵には、あまり『王の犬』という印象はないが、お前がそう口にするのは非常に面白い」

 何が面白いものか、とファドックは思った。

「町憲兵の前となれば、愚かな暴力者を斬り捨てる訳にもいかないな」

「――町憲兵の前であろうとなかろうと、僕は人を斬り捨てなど、しません」

 冗談に紛らわせた雰囲気はあったものの、好ましからぬ提案だ。少年は眉をひそめてそう言った。

「結構。無駄な殺生はしないと言う訳だな」

 ルキンは拍手をするように軽く手を叩いた。

「だがファドック。君は、キド閣下に何らかの危険が迫っても、そのように言うのかね」

「賊でも現れることがあれば、捕らえます。もっとも、僕よりも適する方々がそういった任についていますが」

「捕らえる。殺しはしないという訳だ。結構」

 ルキンはまた言った。

「だが閣下が殺れと、命じれば?」

「意味のない仮定です」

 嫌な仮定をする。そう思った。

「ほう」

 ルキンは唇を歪めた。

「敬愛する彼はそのような命令など下さぬと。結構」

 三度(みたび)言って、ルキンは視線をファドックから――ユークオールに移した。

「たとえ正義であろうと法に触れる行為はお断りだそうだ」

 犬はもちろん、何も答えなかった。

「町憲兵は、ルキン、お前に話を聞きにくるかもしれん」

 サリアージが言った。

「お前はその応対のために、ここにいるといい」

「それがよかろうな」

 医者は肩をすくめた。

「では、お前とファドックはどこへ行く」

「度胸を判定する、と言った」

 黒い肌の男は応じた。

「地下だ」

「それは」

 面白い、と医者は言った。

「知らぬ世界を目にしたとき、その頑なな考えに変化が現れるものかどうか。興味深いな」

 こちらこそ、と少年は考えた。

 非常に興味深い、提案だ。


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