05 興味深い提案
「どう思う、ユークオール」
医者はまた、犬に話しかけた。無論、犬の答えるはずはなく、その代わり――部屋の扉が叩かれた。
「ルキン」
姿を見せたのは、話題の「友人」であった。
「ああ、サリアージ。ちょうどよいところにきた」
アヴ=ルキンは手を叩いた。
「この少年をどう思う」
黒い髪と黒い瞳、そこだけを取るならば、ファドックとサリアージはよく似ていたと言える。ファドックの髪はまっすぐで、サリアージのそれは少し波立っていたし、瞳の色は同じでも、肌の色が異なればどうにも違う印象があったが、それでも、同じ色だ。
その、同じ色をした瞳が合わされる。
ファドックはぎくりとした。
(馬鹿な。僕は何を考えてる?)
(この二対の目が、同じものだなんて)
黒ずくめの両者は、冗談でならば似ていると言えたかもしれない。しかし、髪の色や目の色を言うのであれば、ファドックとて同様だ。
だがそうではなく、同じ力を持っている――と感じるのは、何に基づくものか。
「度胸があるようだ」
乱闘の痕跡を見て取ったためであろうか、サリアージはルキンと同じことを呟き、ファドックはトルスと同じ感想を抱いた。
思っていたよりも低い声を出す。
いや、正直なところを言うならば――この男が喋るなんて思っていなかった、という、どこか理不尽の香りがする考え。
「その度胸、威勢だけか本質か、見極めてみようではないか」
サリアージは言った。ルキンは片眉を上げた。
「具体的に、案があるのか」
ルキンは尋ね、皮肉めいて口の端を上げた。
「ユークオールとじゃれ合う以外に」
「度胸の有無と方向性によって、その役割に相応しいものか、見定めるとしよう」
「方向性」
ルキンは繰り返した。
「どの方向を望むのか? ファドックの進む方角は、私には判りきったことのようにも思えるが」
「そう、判りきっている」
サリアージは言った。その口調のどこにも、外見に似つかわしい若いところはなくて、ファドックは気味が悪かった。
まるで、騙し絵の類を眺めさせられているかに思えた。
見えているもの以外にも、何かが隠されているかのように。
「いいだろう、任せる。そろそろ交代の時期であることは判っているが、代わるのは私ではないからな」
「その通り。お前ではないな、ルキン」
意味の通じない応酬。まるでファドックがその場にいないかのように。
「ここまでは騒ぎが届かぬが、投石があったようだ」
不意に黒肌の若者は、そのことを告げた。
「投石? どこの愚者がそのような」
ルキンは顔をしかめた。
「どこかでお前が高値で恨みを買い上げた相手だろう。それとも買い叩いたと言うのかは判らぬが」
面白くもなさそうにサリアージは言い、ルキンには面白かったか、医者の方では笑った。
「では、その愚者をファドックに退治てもらおうと言うのかな。ユークオール相手よりも活躍できようが」
「生憎」
サリアージはやはり面白くなさそうだった。
「王の犬がきている」
「犬と」
対するルキンは、これまでにないほど派手に笑った。
「町憲兵か。この辺りの町憲兵には、あまり『王の犬』という印象はないが、お前がそう口にするのは非常に面白い」
何が面白いものか、とファドックは思った。
「町憲兵の前となれば、愚かな暴力者を斬り捨てる訳にもいかないな」
「――町憲兵の前であろうとなかろうと、僕は人を斬り捨てなど、しません」
冗談に紛らわせた雰囲気はあったものの、好ましからぬ提案だ。少年は眉をひそめてそう言った。
「結構。無駄な殺生はしないと言う訳だな」
ルキンは拍手をするように軽く手を叩いた。
「だがファドック。君は、キド閣下に何らかの危険が迫っても、そのように言うのかね」
「賊でも現れることがあれば、捕らえます。もっとも、僕よりも適する方々がそういった任についていますが」
「捕らえる。殺しはしないという訳だ。結構」
ルキンはまた言った。
「だが閣下が殺れと、命じれば?」
「意味のない仮定です」
嫌な仮定をする。そう思った。
「ほう」
ルキンは唇を歪めた。
「敬愛する彼はそのような命令など下さぬと。結構」
三度言って、ルキンは視線をファドックから――ユークオールに移した。
「たとえ正義であろうと法に触れる行為はお断りだそうだ」
犬はもちろん、何も答えなかった。
「町憲兵は、ルキン、お前に話を聞きにくるかもしれん」
サリアージが言った。
「お前はその応対のために、ここにいるといい」
「それがよかろうな」
医者は肩をすくめた。
「では、お前とファドックはどこへ行く」
「度胸を判定する、と言った」
黒い肌の男は応じた。
「地下だ」
「それは」
面白い、と医者は言った。
「知らぬ世界を目にしたとき、その頑なな考えに変化が現れるものかどうか。興味深いな」
こちらこそ、と少年は考えた。
非常に興味深い、提案だ。




