魚目の混迷
・魚座
2月19日~3月20日
魚座にとって幸運の花は『すみれ・姫百合』
魚座にとっての幸運色は、『銀ねず・紫色』
宝石では『ムーンストーン・エメラルド』
ぴぴぴぴ。
…………んっ。
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ。
……ぅ~んっ。
ぴぴぴ……。
枕元に置いてある携帯電話を開いて鳴っているアラームを止めた。薄く目を開いて携帯電話に表示されている時計を確認する。7時50分。
ん?
たしか今日は7時30分にセットしたはずなのに。
設定した時間は確かに7時30分だったのだが何度も止めてしまったようで、10分置きになる機能が働いていたようだ。つまり20分もオーバーして眠っていたことになる。今日は講義があるわけでもないのでとくに焦る必要は全くなかった。
自分で言うのもおかしいけれどめずらしいなぁ。いつもはセットした時間よりも早く起きるか鳴った時にすぐ起きるのに。もしかすると昨日あかりと一緒にテニスしたからかな。結構激しく動いたし、帰ってくるのもちょっと遅かったし、疲れてたのかな。
ふと扉に貼ってあるカレンダーを見つめた。
あれ、今日って3月22日だっけ。おかしいなぁ、昨日は月曜日だから大学行って講義受けてるはずなんだけど。
え、ちょっと待って。まず昨日テニスなんてした?
ベッドから起き上がってあかりにメールを打つ。
『おはよう、朝からごめんね。あのさ、おかしなことかもしれないけれどね、昨日テニスしに行ったかな?』
異変に気が付いたのはあかりにメールを送信した直後だった。
私は高校生のときテニス部に所属していた。副部長として後輩に示しが付くよう身体も技術も礼儀も鍛え、なめられないようにしていた。(正直、筋肉トレーニングが大嫌いで何度も手を抜いていた)
体育の授業がない私とあかりは、月に一度汗を流すためにテニスをしている――が、そんな私の身体にいつもなら必ず起きる現象が起こっていなかった。
そう、筋肉痛だ。
ベッドから起き上がるのも辛いはずなのに、スムーズに起き上がれてしまっていた。
そしてもう一つ気が付いたことがある。携帯電話のカレンダーを確認すると、今日テニスをすることになっていたのだ。
いったいどういうこと?
朝だからなのか頭の回転が遅い。眠気も少し残っているせいか集中して考えられずにいた。
そこに新着メールが一通届いた。あて先はあかりだ。
『おっはー、眞琴にしてはほんとうに可笑しなこと言うね。昨日はテニスしてないよ、あえて言うならテニスするのは今日だよ~』
メールを読んだ瞬間、頭の中でいくつかの光の粒が過っていくのを感じた。眩しいくらいに光っていたそれは、ぼんやりだがそれぞれ違う形をしているように見えた。数秒後、どんどん脳の中が暗くなっていくのを感じると、光の通った軌道にはっきりとした残像が映し出されていた。様々な形はあるものの、私にとってこれらは見覚えのある形だった。
あ、占いのはじまる時間だ。
私、眞琴には毎日の日課がある。
それは朝の恋愛占いを見ることだ。
その日の恋愛運が私のモチベーションを左右すると言ってもいい。
私自身は3月3日のうお座生まれだ。
さぁ、3月22日の今日の恋愛運はどうだろう。
――今日の恋愛占い――
*恋愛運……考え事が多くて落ち着かない一日。考え事ばかりしてうっかりしていたら一番好きな人のもとに強力なライバルが登場、なんてこともあるので要注意! 凹まずに前に進む勇気を持っていればあなたに幸せが訪れるかも。
*全体運……よきライバルが登場する予感。相手を観察することで、自分に足りないものを知るチャンスになりそう。
*幸運の鍵……深呼吸
*相性のいい星座……蠍座
考え事はもうすでに当たってるかな。恋愛運の方と全体運の方でライバル登場の文字が書かれているのが気になる。もしもこの占いが当たっているなら今日は大変な一日になるかもしれない。
そのための深呼吸なのかな?
あ、さっきの色々な形の残像の正体、この占いを見て絶対の確信が付いた。あの光の残像はすべて各星座を表す記号だ。
丸にアルファベットのエスをくっ付けたような記号は『獅子座(♌)』
矢印に弓を表す棒を付け加えたような記号は『射手座(♐)』
まるで水が流れ出していくような記号は『水瓶座(♒)』
アンダーバーにギリシャ文字のオメガを足したような記号は『天秤座(♎)』
ローマ数字のⅡとほぼ同じ形のような記号は『双子座(♊)』
角の立派な羊の頭を形取ったような記号は『牡羊座(♈)』
そして、右向きと左向きの三日月に串を刺したような記号は『魚座(♓)』
で、これが何だっていうの?
あぁもう。朝から分からないことだらけだ。
気分転換に紅茶でも淹れようかな。天気はいいのに頭と心はどしゃぶりの雨みたいだよ……。たしか冷蔵庫に昨日買ってきたチーズケーキが入っていたはずだ。
紅茶? ケーキ?
『はいはい。すいません、春のおすすめケーキセット2つお願いします。飲み物はアイスティーとアイスコーヒーで』
なに。
『これはねー秋坂くんと誰かさん』
なんなの。
『あきらめるのはまだ早いよ~。告白もしないであきらめるのはただの弱虫だよ? 臆病者だよ? 気持ちを伝えてからでも遅くないよ? ボクは卒業するまでに言うつもりだよ、ダメでもともとなんだから本当の気持ちを伝えなきゃ』
これ。
またも脳に直接映像が直接流れ込んできた。
わたし? それに、あかりなの?
頭が痛い。割れるように痛い。映像がどんどん流れてくる――
『誤解です……誤解なんです! 私はたまたまさっき話し掛けられただけで、付き合ってるとかじゃなくて、良くしてもらっただけで、秋坂君の親切心に甘えていただけなんです!』
『――でも眞琴は高校の時から言い訳ばかりだったから仕方がないのかなぁ~』
『眞琴さん! 突然で悪いんだけどさ、俺と付き合ってもらえないかな!』
『眞琴っていうんだ。いい名前だね、響きがすっごくいい』
『あのあと今日話してた音楽学部の秋坂君にたまたま出会ってね、ダメもとで告白してみたの!』
『それでどうなったの?』
『オッケーもらえちゃった!』
…………。
――思い出した。ううん、繋がった。
これは私の記憶の欠片だ。全部思い出した。
あかりがいつの日か描いていた絵の意味がようやく分かった。
ライオンが泣いているイラスト。
弓矢を持つ天使。
水槽を泳ぐカメ。
三角フラスコに試験管に天秤。
背中を合わせる男女の絵。
これらは星座を表していたんだ。そして、7つの各星座を示す記号。
私はこれまで、星座占いの結果が人生を多少なりとも左右しているのならばきっと、運命は変わるものだと思っていた。だからずっと私は同じ日を、違う星座を持って生まれた人生で過ごしていたんだ。あの光の残像は私が違う星座を持って体験してきた人生。
映し出されてなかった星座の記号はまだ経験していなかったからなんだ。
しし座の私は逃げたんだ、あのメールを読んだ日に。
逃げ込んだんだ。あの卒業生が書いた小説のように、夢の世界へ。
つまり、ここは現実逃避という名の楽園。
この夢の世界で過ごしていれば〝最悪〟を見ないで済むんだ。だったらずっとこの世界にいた方がいい。その方が私にとっても幸せだ。ずっとここで違う星座を持った人生を歩んで、いつか辿り着く〝最高〟を手に入れた方がいい。
どうせなら、できることなら人生は楽しい方がいい。明るい方がいい。幸せな方がいい。
『――でも眞琴は高校の時から言い訳ばかりだったから仕方がないのかなぁ~』
言い訳ばかり……。
またこうして逃げてばかり……。
逃げずに勇気をもって告白したあかりが成功するのは当たり前だったんだ。
逃げたらだめだ。こんな夢の、現実逃避という名の楽園で幸せになっても何の意味もない。本当の幸せは自分の手で掴まなきゃいけないんだ。待ってても幸せになれないなら、進むしかないよね。
まずはこの世界を出なきゃ!
私はもう逃げたりなんてしない。
星座占いの結果が人生を多少なりとも左右しているのならばきっと、私はこの世界から出られるはずだ。
読んでいただきありがとうございました。物語は終盤に入りました。これからも引き続き読んでいただけると幸いです!
また、誤字脱字が目立つかもしれません。もし見つけになった場合は教えていただけると助かります。
ありがとうございました。