蟹眼の錯綜
・蟹座
6月22日~7月22日
蟹座にとって幸運の花は『月見草・百合』
蟹座にとっての幸運色は、『銀灰色・すみれ色』
宝石では『エメラルド・めのう』
――ん、今回の私の星座はかに座みたい。
そういえば前にしし座よりもかに座の方が占いの結果がいいって思ったことがあったかな。これだけ色々な星座を体験してみたらかに座の運勢がいいとは言えないような気がするけど。でもわたしが今まで見てきた占いの結果を見ると、やっぱりかに座は運勢がいい方だと思う。
今回はわたしの憧れていたかに座を手に入れたんだ。きっと今まで体験してきた日の中で一番幸せになれそうな気がする。でも、これは夢で現実なんかじゃない。ここで満足しているようじゃ絶対に出られない。前回のさそり座のような失敗はしないようにしつつ、必ず出口を探してみせる!
どうやら私はデジャヴのような体験をしなくてもよくなったようだ。目が覚めたときからいままで起きた出来事も夢の世界についての記憶も忘れずに覚えていた。これはもしかすると夢の出口が近づいている証拠なのかもしれない。今回のかに座で9回目の3月22日になる。体験していない星座も残り少なくなっていた。
私にはまだ分からないことがいくつかある。
これはそのうちの一つ。
あの『夢をみたあとで』という小説に登場していた主人公は違和感を突き詰めて夢の世界から抜け出したとあった。主人公の体験した世界がどのようなものかは知らないけれど、努力して抜け出したのは読んでいて分かった。
しかし、私はどうだろう。この夢の世界では毎回違う星座を持って生まれ、二十歳の3月22日まで過ごしているれけど(実際体験しているのは特定の日にちだけ)、星座は全部で十二しかない。もしもこの十二の星座をすべて体験した場合、私は強制的に夢の世界から出られるのではないだろうか。結果はどうであれ、十二星座すべてを体験したという名目でこの世界は終焉を迎えるのではないだろうか。
でもこれはあくまで仮説でしかない。
つまり、逆も言えることができる。それは全ての星座の人生を体験しても出られない説だ。この場合、この夢の世界を抜け出すには何か条件が必要ということになる。その条件を満たさない限り、半永久的に閉じ込められたまま、十二星座のどれかを持って3月22日を繰り返すことになる。
これじゃあ生きながら死んでいるのと同じだ。
それだけは絶対に避けなくちゃいけない。
結局言えるのは、努力はした方がいいということみたいだ。
私、眞琴には毎日の日課がある。
それは朝の恋愛占いを見ることだ。
その日の恋愛運が私のモチベーションを左右すると言ってもいい。
私自身は7月7日のかに座生まれだ。
さぁ、3月22日の今日の恋愛運はどうだろう。
――今日の恋愛占い――
*恋愛運……意中の相手に嫌われないよう守りに入りがち。思わぬ攻撃が飛んでくるかもしれないので動揺しないように。意中の人に好かれたいならば攻めの気持ちを持って! 自分の殻に閉じ籠っていないで、言いたいことは素直に言ってしまおう。
*全体運……友人に本音をぶつけると運気アップ。強気な姿勢でいるとさらに運気アップ。
*幸運の鍵……ストラップ
*相性のいい星座……乙女座
幸運の鍵はストラップか。
私は携帯電話に7月の誕生石が首飾りのリボンに付けているくまのぬいぐるみストラップを付けることにした。弱気そうな表情がなんだか私にそっくりだった。(首飾りのルビーは本物ではなく、赤色のガラス細工だ)
9回目の今日も空は青々としていてあたたかい陽気な天気だ。学内の桜は一面満開で、そよ風で靡くたびに舞う無数の桜の花びらは何度見ても、その場で足を止めて全身で味わってしまうほど綺麗だった。この光景だけは出来ることならずっと見ていたいと思った。これが夢だなんて、ほんと嘘みたいだ。
「こんなところで立ち止まってなにしてるの~?」
背中の方からふわふわした口調で話し掛けてきた。その話し方、声を聞けば振り向かなくても誰だかわかる。
「きれいだなぁーって思ってただけよ。それよりあかりは今日講義でもあるの?」
「講義はないよ、ただレポートしに来ただけ~。部屋で書くのも寂しいし、テラスでお茶しながら書いた方が進みそうだなぁ~って」
「そう、でもきっとレポートはなかなか進まないわよ。あかりは飽きっぽいから」
「知った風にいうね~」
「まぁ、知ってるからね」
こう言うのも可笑しいかもしれないけれど、まるで預言者みたいだ。何度か似たような体験をしているからか、あかりの先の行動や言動がなんとなくだけれど分かる。テラスではレポートは最初だけで、すぐに絵を描き始めるんだ。でもあの時は私の講義が終わるのを待っていたんだよね。今日は講義後にお茶する約束もないからもしかしたらレポート進むのかな?
……それはないね。高校の時から一緒にいる私には、レポートを放り出して絵を夢中になって描いているあかりの姿が見えた。
「あぁそうだ、眞琴は秋坂君に告白しようと思わないの?」
舞い散る桜の中をくるくる回りながらあかりは言った。
「なによ急に」
「ううん、たださー眞琴って秋坂君のこと好きなのにどうして告白しないのかぁ~って思ってさ」
「告白するのも振られるのも怖いじゃない」
秋坂君はそう言ってた。でもそれが後悔に繋がったみたいな言い方をしていた。告白しなかったら後悔する。それはもう痛いほど知ってる。
あかりは回るのを止めて桜の木をじっと見つめた。綺麗な横顔は凛としていて、真剣な目をしていた。
「ボクさ、今日言おうと思うんだ」
「え?」
「秋坂君に告白しようと思うの」
きっと占いに書いてあった『思わぬ攻撃』はこれのことだ。
以外にも私の心は動揺していなかった。以前の私ならあたふたとして何も考えられなくなっていたに違いない。あかりが告白しようとしていたのは知っているし、告白して成功したことも私は知っている。だから、動揺なんかしない。
「――そう」
「あれ、もっと驚いたり慌てたりすると思ってた」
「前のわたしならきっと驚いたり慌てたりしてたよ。でももう弱気になったりしないって決めたの。実はねあかり、わたしも秋坂君に言おうと思うんだ」
「えっ……」
「告白するのは怖い。振られるのはもっと怖い。でも、告白しないときっと後悔する。そう大切な人に教えてもらったの。だからね、わたしも言うよ。真正面から真っ直ぐ秋坂君の目を見て、大きな声で気持ちを込めて、好きって言うよ」
「えっ……どうしちゃったの、眞琴……?」
「本当はね、ずっと後悔していたの。でもずっと自分自身に言い訳し続けてきた。しし座の私は運がなかった、占いの結果が悪かった、射手座だったらよかった、他の星座ならあんな結果にはならなかったとか、自分の都合のいいようにしてきたの」
「しし座のわたしってなに……?」
「あの日あかりが秋坂君と出会ったのは必然だったのかもしれない。私が出会えなかったのも必然だったかもしれない。でもね、それでも私は諦めきれなかったの。だからここにいてもがき続けてるの」
「まこと……?」
「あかりがいて本当に良かったって思ってるよ。遅いかもしれないけれど、私は言うよ。もうあんな悔しい気持ちをしないためにね。それじゃあまたね」
やっと言えた。これが私の気持ち。
本当に手に入れたいなら恐れちゃいけないんだ。
恥ずかしいとか怖いとか、そんなちっぽけな殻に閉じ籠ってちゃいけないんだ!
殻に閉じ籠ってまで守りたかったのはこんなにもつまらないものだった。
今回は幸運の鍵が役に立ったのかも。
くまのぬいぐるみに弱気な表情は見られなかった。
星座占いの結果が人生を多少なりとも左右しているのならばきっと、私はこの世界から出られるはずだ。
読んでいただきありがとうございます!
残り数話になってきました。引き続きご愛読していただけると幸いです。また、感想・ポイント評価・些細な事でもいいので、何か書いていただけると嬉しいです♪
再度、読んでいただきありがとうございました。




