扉越しの約束
夜――
アルフレッドとセシルが帰った後。
結局。
レオンは負けた。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけなら。
という条件付きで。
ミレイユを夜の王都へ連れ出した。
屋台。
灯り。
焼きたての串焼き。
大人達の笑い声。
ミレイユは、
目を輝かせていた。
「わぁ……」
「本当にお祭りみたいです」
フードの奥で、
金色の瞳がきらきらしている。
レオンは、
小さくため息を吐いた。
本当に。
少しだけ。
連れて来て良かったと思ってしまった。
⸻
そして夜。
借家。
小さな寝室。
レオンは扉の外へ立つ。
「それでは」
「私はここにいます」
ミレイユが瞬きをする。
「どうしてです?」
「仕事ですので」
即答だった。
そして。
扉が閉まる。
だが。
ミレイユは眠れなかった。
布団へ入る。
目を閉じる。
眠れない。
目を開ける。
やっぱり眠れない。
しばらくして。
そろりと起き上がる。
そして。
扉の前へ座った。
背中を預ける。
冷たい木の感触。
扉の向こうには、
人の気配。
「レオン様」
静かな声。
すぐに返事が返る。
「どうされました?」
ミレイユは、
少し迷った。
そして。
ぽつりと言う。
「怪我痛いですか」
沈黙。
「いいえ」
即答だった。
ミレイユは、
小さく眉を寄せる。
「強がりです」
「痛そうな顔をしていました」
レオンは苦笑した。
さすがに誤魔化せないらしい。
「少しは」
「痛いですね」
「ほら、やっぱりです」
ミレイユは膝を抱えた。
しばらく沈黙。
そして。
小さな声が零れる。
「なぜ反撃しなかったのですか?」
ミレイユが、
ぽつりと呟く。
扉へ背中を預けたまま。
小さな声だった。
「貴方だったら、
もっと早く逃げられたでしょう。
もっと早く倒せたでしょう。」
沈黙。
レオンは少しだけ考えた。
そして。
当然みたいに答える。
「反撃して」
「貴方に何かされたら困るでしょう」
ミレイユが息を止める。
「でも、あんなに殴られて……」
レオンは苦笑した。
「殴られるだけで済みました」
軽い口調だった。
まるで大したことではないみたいに。
「まぁ、
腕を切ると言われた時は」
「流石に焦りましたけど」
ミレイユが黙り込む。
その沈黙に気付いたのか。
レオンは少しだけ困ったように笑った。
「それに、
旦那的には」
「奥さんが傷付く方が嫌じゃないですか」
「……え?」
間の抜けた声が出た。
レオンは続ける。
「あれ?違いましたか?」
「私の奥さんですよね」
「夫婦設定ですし」
「ですから、
気にしないでください」
「私は、
奥さんの無茶に付き合っただけです」
扉の向こうで。
ミレイユは顔を伏せた。
胸の奥が少し痛い。
嬉しいわけではない。
でも。
どうしてだろう。
少しだけ泣きそうだった。
「でも……」
小さな声。
「奥さんは、
人を殺めようとしました」
沈黙。
レオンは即答した。
「未遂です」
「旦那さんのおかげで、
未遂で終わっていますので問題ありません」
問題はあると思う。
ものすごくあると思う。
だが。
レオンは真面目だった。
だから余計に困る。
ミレイユは思わず吹き出した。
小さく。
本当に小さく。
すると。
扉の向こうから。
少しだけ優しい声が返ってくる。
「殿下」
「はい」
「私は」
「いつでも貴方の隣にいます」
ミレイユの呼吸が止まる。
レオンは気付かない。
だから続ける。
「ですから」
「一人で抱え込まないでください」
「一人で怒らないでください」
「一人で地下へ降りないでください」
そして。
少しだけ笑った。
「無茶をするなら」
「せめて旦那である私を連れて行ってください」
静寂。
扉一枚隔てた向こう側で。
ミレイユは膝を抱えた。
そして。
誰にも見えない場所で。
ほんの少しだけ笑う。
「……はい」
その返事は。
今日初めて。
心からのものだった。




