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銀の魔王は棺に眠る  作者: 此島
五章
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 夢か現か。焦点の定まらないまま漫然とした動かした視線にレースの天蓋が映り込む。

 白百合色の羽布団に包まれてリーファは目を覚ました。柔らかな寝台と、ふわふわの綿を詰め込んだ枕。肌の上をさらりと滑る絹の衣の感触。少しずつ頭が覚醒してきて、自分は何処にいるのだろうと思った。

 派手さは無いが典雅な意匠の調度品。背の低い箪笥の上には、幼い頃に亡母から譲り受けた古風だが可愛らしい人形が座っている。それは、紛れも無くリーファの部屋の光景だった。

 私室にいる事を認識して、急速に意識が鮮明化する。エウリカの魔術を防ぎ切れずに吹き飛ばされ、気を失ったところまではどうにか覚えている。だが、あれから一体どうなったのだろうか。

 ゼラは?ヴェインは?アルターやお母様は?……エウリカは?

 どうして私は此処にいるの?

 次々に浮かぶ疑問で頭がはち切れそうになった。リーファは慌てて羽布団を撥ね除け、寝台の上で起き上がる。

「――リーファ!」

 驚いた風な、張りのある男性の声がした。吃驚して其方を見ると、寝台の脇に置かれた椅子に父がいた。

 父は無事を確かめるようにリーファを見、琥珀色の瞳に喜びを湛えた安堵の涙を浮かべる。目を覚ました娘を抱き締めようと思わず椅子から腰を浮かせ掛け、しかし腕を差し伸べようとしたところで決まり悪そうに父は再び椅子へと戻った。

「……父様…?」

 リーファは呆然と父を見つめた。どんなに構って欲しくても、いつも遠くから見ているだけだった人が自分の傍らにいる事に戸惑う。父はリーファの困惑の表情をまだ記憶が混濁している所為だろうと思ったらしく、ぎこちなくも少しだけ微笑んだ。

「もう少し休んでいなさい。お前は何日も目を覚まさなかったのだ」

 父は気遣うようにそう言ったが、リーファは自分がどうして王城にいるのかを教えて欲しいとせがんだ。話したものかどうか悩むような態度を見せるもリーファの勢いに根負けしたのか、父は声に苦いものを混じらせながら、そっと話をしてくれた。

 事態はどうやら、リーファの知る実際の出来事からは多少違った様相で認識されているらしかった。

 父の話によると、我が子アルターを王位に就けたいばかりに姉であるリーファを邪魔に思ったキアリスが、アルターが病に倒れたのを切っ掛けにリーファの命を神への生贄に捧げて息子を救おうと考えたのが事の発端であるとなっていた。リーファは何も知らず、弟を助けたい一心でキアリスの言いなりに彼女に付き従って古の大神殿へと赴いたが、あわやのところでキアリスとその子飼いの部下の間に今後の利を巡る言い争いが起き、最後には彼女等が同士討ちのようにお互い殺し合って終わった――という風になっているようだ。

 キアリス一味の内情には組み込まれておらずただの世話係として同行していた女官に、リーファは気絶して倒れているのを発見され、その女官によって南西にある現在の大神殿まで運ばれたそうだ。そうして今回の事が公になったという。知らぬ間に惨い殺し合いが行われ、皆死んでしまったのだろうかと震えていたところで唯一息をして倒れていたリーファを見付け、当の女官は一緒くたに押し寄せた驚きと安堵の念に最初は酷く周章したらしい。が、とにもかくにも姫様だけでも助かるようにと女官は其処からどうにかこうにかリーファを連れ出してくれたのだそうだ。

 その女官とは義母のお付きだった、義母の許に戻ったリーファにお茶を入れてくれたあの彼女の事だろう。何にせよ助けてもらった事に対して一言お礼が言いたいと思い、父にその旨を伝えた。もしかしたら、あの後何があったのかを少しだけでも知る事が出来るかも知れないとも期待して。だが彼女は王女殺害という恐ろしい計画に端の端とはいえ関わってしまったという罪悪感があるらしく、リーファが眠っている間に自分から暇を乞うて城から去って行ってしまったらしい。それなりに親しかった彼女が辞めてしまった事をリーファは素直に残念がった。

 話が終わってしまうと、部屋はまた静かになった。リーファと父以外に室内には誰もいない。医師とは言わずとも侍女の一人くらいいてもおかしくはないのに、此処に父娘(おやこ)二人きりだ。普段から話などほとんどした事が無いので、リーファには父とどんな言葉を交わせばいいのかが判らない。だから、弟や義母の事を思って一人涙ぐんだ。

「………済まなかった」

 長い沈黙の後。不意に、父が口を開いた。

「……え?」

 心做し居住まいを正した父は真摯な瞳でリーファを真っ直ぐに見た。思わずたじろいでしまうくらいの父の真剣な表情にリーファは当惑する。

「今回の一件は全て私の責任だ」

 痛む胸を落ち着かせるように大きく息をつき、父は言う。

「お前達が大神殿へ行くと言い出した時に、強く引き留めるべきであった。…いや、それ以前に私がもっとしっかりしていれば、キアリスが過ぎた野心を抱く事も、お前が辛い目に遭う事も無かったのだ。……アルターにも、あの子にも本当に可哀想な事をした。慕っていた姉を己の母が手に掛けようとするなど、あの子も決して望みはしなかっただろうに。……だが、私は、私は…――っ、苦しかったのだ…っ!」

 堰が切れたかのように父が嗚咽を洩らす。堪え切れなくなった涙を隠すように片手で顔を覆い、父は咽ぶ言葉で内に秘めていた想いを曝け出した。

「私は…見ての通り〝金〟を持たない。故に、〝聖なる金〟であるお前をどう扱えばよいのか判らなかった。神の寵愛たる〝金〟を持ち、皆に尊ばれるお前に、親の身でありながら醜い嫉妬も覚えた。羨望を感じていた。そんな事が娘を遠ざける謂れにならないのを理解していながら、私自身が辛いという卑小な理屈でお前を王宮の奥に留め、避け続けたのだ…」

 更には心の支えであった王妃を早くに亡くし、悲しみと苦悩は日増しに募った。そんな時に〝銀〟を有していながら祖国を追われた皇女キアリスと出逢った。彼女ならこの苦悩を分かち合い、共有してくれるかも知れない。そんな縋る想いで彼女を側室として召し上げたと、父は懺悔のように語った。リーファに罪の赦しを乞うように。

 琥珀色の髪と瞳。陽に透ければ金にも近い明るい色でありながら、決して金にはなり得ない色。一欠片の〝金〟も持たない父の事が、無闇に尊ばれるリーファには少し羨ましく思えていた。だが、父には父の苦悩があったのだ。

 父は〝聖なる金〟として生まれたリーファの悩みや苦しみを察してはくれなかったが、リーファの方は父の心を顧みた事があっただろうか。

 ――私は、自分の事しか考えていなかった。やっぱり私は、自分本位の駄目な人間だ。

 父様はただ、あなたとどう接したらいいのか判らないだけなのよ。父に構ってもらえずに寂しがるリーファに母が生前に言っていた言葉の意味を、今更ながら理解する事が出来た。宮廷内で真しやかに囁かれていた、父王がリーファを疎んで遠ざけているという噂。だから自分はこんな風に王城の奥深くに押し込められ、余り外に出してはもらえないのだ、と。そんな周囲の噂話ばかりを信じて父に嫌われていると思い込み、母の言葉や父の愛情を疑っていた自分が莫迦だったのだ。

 四十路を目前にしても尚若々しい父の顔は、こうして近くで見ると意外に小さな皺が目立つ。そんな事も知らなかった。そもそも、知ろうとした事すら無かった気がする。

 生母を亡くした時、リーファは出口など何処にも無い孤独の闇の底に突き落とされたような心持ちがした。しかし、それは父も同じだったのだろう。

 心の拠り所であった可愛い弟と、仮令その優しさが見せ掛けだったとしても心から慕っていた義母。またも大切な人を失って、リーファは再び堪え難い悲しみに打ちのめされている。どうして皆私を置いて逝ってしまうのかと、どうせなら共に逝けたら良かったのにと嘆く想いは胸に深く突き刺さって、なかなか抜けそうにはない。

 けれど、乗り越えて行けるだろうか。父と、二人でなら。独りではなく二人一緒になら、この悲しみに押し潰される事が無いよう支え合い、生きてゆけるだろうか。

「泣かないで、父様」

 リーファは父の首にそうっと両腕を回し、ぎゅっと抱き付いた。父は躊躇いがちにリーファの背を抱え、その温かい腕の中に迎え入れてくれた。

「…あのね。話したい事が沢山あるの。……聞いてくれる?」

「……何だ?」

 仄かに父の声が和らいだ。リーファが自分から話し出すのを待って、父は黙って傍で耳を傾けていてくれる。

 嫌われていた訳ではない。ただ、お互いに話をしようとしなかっただけだった。

 此方側がまだ相手と話をしたいと思えて。相手側にそれをしっかりと聞き、受け止めてくれる気持ちがあって。たったそれだけの、けれど掛け替えの無い幸せを感じて、涙が出た。

 このささやかな幸せを享受する事も出来なかった人の事を思って、リーファはそのまま暫し泣き続けた。その間父は何も言わず、リーファをずっと、優しく抱き締めてくれていたのだった。

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