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楯無明人/六賢者リーヤ・ハートネット

 カヤに連れられて族長の家にやって来た俺たち。


 家の前に立つ屈強なガードマン的なエルフの男性がカヤを見てその険しい表情をがらりと変える。



「これは、カヤ様ではないですか! お元気そうで」


「えぇ、あなたもいつもお疲れ様。リーヤさんを待ちたいのだけれど中に入れて下さるかしら?」


「もちろんですとも。さぁ、お上がり下さい。ご自由におくつろぎ頂いても構いません」



 まさかの顔パスである。族長の家という町の中でもトップセキュリティの場所だというのにどういうことか。



「カヤっちって有名人なんすね」


「私が、というよりは私の母親が、というのが正しいわね」



 ナルの言葉にカヤは表情一つ変えず淡々と答える。イリスさんは心当たりがあるのか、首を傾げてカヤに問う。



「あの、もしかしてカヤさんのお母様って……イスルギ・リサ様ではありませんか?」


「えぇ、そうよ」


「それは……驚きですね。六賢者に近しい者がパーティーに2名いるなんて」



 イリスさんは口元に手を当てて目を見開く。2名の片方はナル。六賢者、ロウリィ・フェネットの弟子。そしてこの話の流れで言うと2人目はカヤ。つーことは……。



「そのイスルギ・リサって人も六賢者なのか?」


「……少しゆっくりしましょうか。走ってばかりで疲れたわ」



 カヤは俺の問いに答えずに本棚から数冊本を抜き取り、その場に座って読み始めた。勝手に他人の家の本を読むなよ。友達の家か。



「カヤっちの言う通りっすね。お言葉に甘えてくつろぎましょう」



 ナルはそう言ってソファーにダイブし、びよんびよん跳ね始めた。もう一度言うが友達の家か。



「おいナル、流石にソファーに飛び乗って暴れるのは……イリスさんからも何か言って」


「わ、わ、アキトさん、見て下さい。このソファーとても跳ねるんです。楽しいですよ? ご一緒にいかがです?」


「イリスさんまで……」



 勝手に人の家の本を読み始める錬金術師に、嬉々とした表情でソファーをびょんびょん跳ねている10代の運搬者と20代の聖女。その光景を見て『絶対魔王なんか倒せない』と確信する俺。



「なんじゃこりゃ……自由過ぎんだろ」



 丁度その時『お疲れ様です!』というガードマンの声が聞こえた。



「お、盛り上がってんなぁ」



 そう言いながらリーヤさんが戻って来た。


 ナルとイリスさんは早急に跳ねるのを中断し、カヤは本を本棚にしまった。なお、家主に見られると思っていなかったのか、イリスさんは絶賛赤面中である。



「あ、すんません、お邪魔してます」


「いや、カヤのツレなら好きにして良い。で、何か飲むか? っと、その前に自己紹介がまだだったな」



 リーヤさんは俺たちに向き直り自己紹介を始める。



「あたしはこの町の長をやってるリーヤ・ハートネットだ。見ての通りこの町は緑以外なんもねぇが、いくらでもゆっくりして行ってくれ」



 男っぽくフランクに挨拶をしている姿だけに着目すれば、あのお淑やかなシルフィーさんのお姉さんには見えない。だがやはりそこは双子、顔のパーツは瓜二つだ。



「私はナルエル・ビートバッシュ、ナルって呼んで下さいっす!」


「わたくしはイリス・ノーザンクロイツと申します。イリスで構いません」


「ナルとイリスだな。よろしく」



 リーヤさんが2人と握手を終えたのを見計らって俺が続く。



「俺、楯無明人です」


「……アキト?」



 リーヤさんは俺の名前を復唱して固まる。



「え、何か?」


「え? あ、いや、どっかで聞いた名前だなって思っただけだ。よろしく」



 握手を終えるとリーヤさんは腰に着けていた短剣を俺に手渡す。



「ほら、これアキトのだろ?」



 それは先ほどエルフのガキに盗まれた英雄王の剣だった。



「あ! ありがとうございます!」


「いやいや、こっちこそすまねぇな。下の奴まで躾が行き届いてなくて。今度キュッとシメ直すからよ」



 バキバキと指を鳴らすリーヤさん。あ、シメるってそういうことですか? 強く生きろよ、ガキんちょ。


 リーヤさんが本棚の前にいるカヤに声をかける。



「そいや、カヤがなんでレコンに来たのか聞いてなかったな」


「旅をしていて近くを通ることになったから挨拶に来たの」


「律儀だなぁ。でも、ダチの娘の顔が見れて嬉しいぞ、あたしは」



 リーヤさんはそう言いながらカヤの前まで歩み寄り、なんとガシガシと頭を撫で始めた。



「く、くすぐったいわ、やめて頂戴」


「ほれほれ」



 その光景を見てエインヘルでシルフィーさんもカヤに対して同じことしていたのを思い出す。姉妹だからこそスキンシップも似るのだろうか。



「ほんで」



 ぽいっと乱雑にカヤを離したリーヤさんが俺たちを見て言う。



「お前らのその旅の目的ってなんなんだ?」



 それに対し、ボサボサになった髪の毛を手櫛で直しているカヤが答える。



「なに、大したことではないわ。王都に向かうがてらのただの寄り道よ」


 

 カヤの言葉を聞いて思い出す。


 この世界にはタブーがある。


 ――魔剣戦役の事を六賢者の前で語ってはならない。


 そのタブーに触れまいとカヤは話を誤魔化したのだろう。あなた達が倒した魔王は復活しました。私たちはそれを倒しに行きます、なんて言えるわけない。



「私たちはその短剣についてミヤ・ハンマースミスに面会を」


「……何か隠してんだろ?」


「……」



 黙ったカヤに、リーヤさんが詰め寄る。


 

「相変わらず隠し事が苦手みてぇだな、カヤ。何を隠してる? ダチのあたしに言えねぇことか?」



 カヤは気まずそうに言う。



「……あなただから、言えないのよ」


「なるほど……大事な事を1つだけ聞かせろ」


「なに?」


「その旅は危険な旅か?」



 カヤは端的に答える。



「えぇ、最悪死ぬかもしれないわ」



 カヤのその言葉を聞いてリーヤさんは俺たちの顔を順番に見る。先程までのフランクな様子とは打って変わって、刺す様な眼差しだ。



「死ぬかもしれねぇ……か……。ダチの娘が死ぬかもしんねぇと聞いちゃ黙ってらんねぇな」

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