楯無明人/黒の瘴気
「はぁ……はぁ……くそっ! なんだってんだよあいつ!?」
「ぶつくさ言ってないで足を動かしなさい」
「それにしても……はぁ……あいつは何者なんすか!? 見た目スライムなのに攻撃無効って!!」
「それが分かれば対処してるわ。分からない今は逃げるしかない。あの黒い瘴気が原因なのは間違いないのだけれど……」
時は10分前に遡る。
俺たちのすぐ脇の茂みが揺れ、魔物が姿を現した。
――ぷるんっ。
それは1匹のスライムだった。
「んだよ、スライムか。俺でも楽勝に倒せるじゃねえか」
俺は短剣を握りしめ一歩踏み出す。
「待ちなさい」
カヤが俺の前に腕を出して制止する。
「おいおい、流石にスライムだったら今の俺でも」
「アキトさんは感じないんすか? あのヤバい感じ」
ナルが珍しくシリアスな表情を浮かべている。
「ヤバい感じって? 別に普通のスライムじゃね? 黒くてプルンとしてて弱そうな……ん? あいつってあんなに黒かったか?」
俺たちが討伐してきたスライムは往々にして青かったが、目の前にいるあのスライムは『黒い』。
いや正確に言うならば、青いスライムがどす黒い瘴気を纏っているような感じだ。
「……コール」
慎重を期して念写の巻物であの黒いスライムのステータスを確認するカヤ。
カヤはその情報を見て呟く。
「状態異常、『黒の瘴気』……初めて見る状態異常ね。そしてあの見た目……ナルちゃん」
カヤがナルを呼ぶ。
「何でもいいから魔法石の攻撃をお願い。牽制で一度様子を見るわ」
「はいっす!」
ナルがいつもの様にベルトから火の魔法石を取り外し、魔力を込める。
が、しかし。
「あ、あれ? おかしいっす」
いつもなら燃え上がる魔法石に反応が無い。
「どうした? 不良品か?」
「物は正常っす。この感じ、初めてっすけど……なんか、魔法石の力を吸い取られているような……」
「ナルちゃんの感性は実に的確ね。あれを見なさい」
カヤが俺達の視線を例のスライムに向けさせる。その先ではスライムが黒い瘴気と合わせて、微かに炎を身に纏っていた。
「なんだ……ありゃあ!? あいつ、パワーアップしてねぇか!?」
「あなたもたまには的を射ていることを言うのね。確かにあのスライムは炎を纏うことによって先ほどよりも力を増している。でも問題はその力の出所」
「も、もしかして、私の魔法石の力を吸い取ってパワーアップしたんじゃ……?」
カヤが頷く。
「恐らくその通りね。何故そのようなことになっているか分からないけど……ね!!」
カヤは足元の石を拾い上げ、スライムに投げた。あの柔らかそうなボディに当たったらぽにょんと弾きそうなもんだが、実際は……サラッっと石が粉々になって消えた。
「これは想定外よ」
カヤが杖を消して振り返る。
「2人とも、戦略的撤退を進言するわ。承認を」
「まぁそうするしかないだろうな」
「賛成っす!」
俺たちは一斉に黒いスライムから遠ざかる様に駆けると、なんとのスライムは追いかける素振りを見せた。普通なら追いつけないはずだが……。
「ん? なんか体をビヨビヨと……」
次の瞬間……びよーん、と自分の弾性を利用してゴムの様に飛び込んできた。
「「いぎゃあああ!! やばいやばい!!」」
狼狽える俺とナルを余所に、相手が爬虫類じゃないからか、今回は冷静なカヤが魔術を行使する。
「【重力制御】……潰れなさい」
ビタンッ! とスライムが物凄い勢いで地面に叩きつけられる。しかし、這いつくばりながらもにじり寄る様にこちらに向かってこようとしているスライム。早く離れた方が良さそうだな。
「さぁ、逃げるわよ」
そして冒頭のシーンに戻るわけだ。
「ふぅ……ここまで逃げれば大丈夫か」
一息ついた俺たちの前方には大きな町が広がっていた。あれがこの大陸最後の町、ミザエルだろう。
「にしたって、あいつまじで何者だ? スライムにしては強すぎだろ」
俺の疑問に魔法石を登山リュックから補充しているナルが答える。
「攻撃能力がどれだけあるかは不明っすけど、魔法石を無力化するだけじゃなくてそれを吸収するなんて……世界は広いっす」
「私の魔術が効いたところを見ると、魔法石のみに対して耐性を持つみたいね。まるで、ピンポイントなナルちゃんメタね」
「次に会ったらどうするよ?」
「ナルちゃんは最後衛でバックアップ、私が前に出るわ。出来ればそのシチュが訪れて欲しくない所だけれどね。さぁ、行きましょうか」
そうして俺たちはこの大陸最後の町、ミザエルへと足を踏み入れ、『聖女』と出会うことになる。




