25.襲撃
サボテンの果汁をしゃぶりながらアインは様子を伺っていた。
もうじき日が翳っていく。
「キース。彼らの実力は測れるかい?」
「フルフェイスの男は結構強い戦士だ。君より上かもしれない」
「魔法使いは3人。2人の剣士は格下だろう」
「問題は中央の黒い仮面の男、おそらく勝ち目がない」
「できれば戦わず。こっそりとマイクを救う方がいいと思う」
アインが頷く。
しかし荷馬車の側には常に3人程度が居て救いだす隙はないようだ。
夜が深けてきた。
月が出ていないので周りは殆ど見えない。
焚き火に照らされて人が影が分かるだけだ。
キースがアインに注意する。
「アイン。条件が悪すぎる。これでは殆ど何も見えない」
「いやこれはチャンスだ。デミオ位置がわかるかい?」
デミオが頷くのが気配で分かる。
「焚き火のところにいる2人は魔法使いだ」
「荷馬車にはフルフェイスの男と剣士が1人」
「木の根元で黒仮面と剣士が寝ている」
「魔法使いのもう一人は哨戒についているようだ、うろうろと歩いているよ」
キースが信じられないという顔で。
「本当に見えているのかい?すごい目だね」
アインが言っただろうと笑う。
「キース。魔法使いを2人は倒してほしい。できるかい?」
「焚き火のやつと、うろついているやつだね」
「近づけば2人はいけると思う」
この暗闇だゆっくり近けば発見されることは無い。
逆にこちらは焚き火が目印になって相手が見える。
闇夜はかえって好条件だとアインは判断した。
「僕達が荷馬車を襲う。今なら黒仮面と戦わなくすむかもしれない」
闇の中を2人の影が移動していく。
デミオが先導してアインが付いていく形だ。
デミオはアインの為に、なるべく歩き易い道を探しながら近づくことにした。
アインは離れることなくピッタリと付いていく。
荷馬車の側に2人がいる。
デミオは音も無く近づきフルフェイスの男に一撃を入れた。
見事なファーストアタックだ。
突然の攻撃にフルフェイスの男は素早く飛び退った。
しかし現実はうめき声を上げながらよろよろと後ずさっただけだ。
強烈な一撃を受け頭がふらふらして平衡感覚がない。
デミオは暗闇の中をすばやく動くとフルフェイスの男の死角から致命的な二撃目を入れて昏倒させた。
見事な手並みだ。
驚いたのはもう一人の剣士だ。
叫ぼうとしたが、その時には既に背後にアイン。
アインの剣が煌くと剣士の背中から深々と剣が刺さる。
叫ぼうとした声は悲鳴に変わっていた。
騒ぎに気づいた魔法使いが立ち上がろうとした。
その時にキースの矢がビュンと飛んできて見事首に刺さる。
もう一人の魔法使いは思わず腰を抜かす。
あられのように次々と矢が降り注ぎ魔法使いは串刺しになっていた。
キースの連射技能だ。
うろついていた男は異常に気づき慌てて木の側に走っていく。
仮面の男に一刻も早く異常を知らせなければならない。
しかし仮面の男が居る場所までたどり着けなかった。
キースの矢が足に当たり、どうと倒れる。
『襲撃だ~!』
大声が響き渡る。
アインは荷車の箱を開けようとしていた。
しかし、箱には鍵が掛かっているようだ。
びくともしない。
まずい仮面の男が来たら勝算はかなり薄い。
たとえ戦うことになっても、全員で当たる必要がある。
「デミオ頼む。足止めしてくれ」
デミオはアインの声を聞く前にすべるように木のそばまで走っていた。
騒ぎを聞きつけた黒仮面の男が飛び起きて剣を抜く。
デミオと対峙する。
黒仮面の男スザリンは突然の襲撃に戸惑っていたが、瞬時に事態を把握した。
一呼吸で戦闘体勢に入れた。
僅かに焚き火の明かりが届いている。
デミオの横顔を照らす。
相手は20歳程度の若造だ。
足元は暗いが平らであることをスザリンは思い出していた。
奴との間に障害物はない。
相手の技量は分からないが、自分より上のはずは無い。
スザリンの剣の腕はスムリト共和国で5本指に入る。
自他共にその実力を認めれれてる。
多彩なフェイントと崩しの技術、それが自分の武器だ。
フランジュベルが相手の体を切り刻み確実に体力を削る。
一撃の威力に頼らず連続攻撃で手堅く勝ちを不動のものにしていく戦術だ。
彼と戦った相手は必ずその身を鮮血に染めることになる。
その凄惨な戦いぶりから王侯貴族からは疎まれた。
ゆえに、実力者でありながら騎士団に入ることが出来なかった。
一時は無能な王侯貴族を恨みもしたが、今では教団の実力者としてその腕を振るっている。
教団に仇なす強敵を次々と殺してきた。
ワザと致命傷を与えないこともある。
血に染まり必死の形相の相手をあざ笑うように切り刻むのは快感だ。
相手は強ければ強いほどいい。
今日もこの不幸な襲撃者を血祭りに挙げることができる。
夜盗か何か分からないが神に感謝しよう。
暗闇での戦闘はあまり経験が無かったが不利とは思っていない。
相手と同じ条件なら、豊富な戦闘経験でこちらが有利だ。
しかし相手の人数が分からない以上手っ取り早く目の前の敵を葬る。
遊びはやめて必殺の一撃で決めるつもりだった。
スザリンは邪悪な笑みを浮かべながら、相手との間合いを測る。
気合と共に横なぎに剣を振るった。
デミオは相手の技量が数段上であることが分かっていた。
倒せなくていい。
時間稼ぎをするのが目的だ。
アインに万が一戦うときは全員で囲んで倒すと言われている。
アイン達が合流するまで無理しないで足止めするのだ。
いきなり鋭い剣撃が横薙ぎに飛んできた。
鋭い踏み込みだ。
エドガーに仕込まれたステップで躱す。
スザリンは躱されるとは思っていなかった、慌てて二撃三撃と剣を振るう。
いつもの彼らしくなく大振りになってしまった。
デミオは右に左にと交わして崩れた相手の隙を見てハンマーを振り下ろす。
自分でも驚くほどスムーズに振れた。
十分に体重が乗った攻撃だ。
余計な力が入っていない分、予想以上にヘッドが走る。
スザリンはすんでのところでハンマーを剣で受け止めた。
凄まじい威力の一撃だ。
剣がしびれる。
大枚を叩いて買った技物でなければ折れていたかもしれない。
フランジュベルは本来繊細な武器なのだ。
その形状から殺傷能力が高いが、壊れ易い。
しかしスザリンの一振りは、複数の鋼を重ねて鍛造した特別製。
その刀身には年輪のような波紋が幾重にも刻まれていた。
耐久力と切れ味を両立した一品だ。
デミオの二撃が直ぐに振ってきた。
受けるのはまずい。
スザリンの顔から余裕がなくなっていた。
思いのほか強敵だ。
必死の思いでいなす。
相手の力を利用しながら軌道をずらす。
相手の重心を揺さぶり、バランスを崩す。
相手は重いハンマーだ。
普段とおり簡単にあしらえるはずだ。
しかしスザリンは奇妙な感覚に捕らわれた。
静か過ぎる、自分の部下はいったい何をやっているのだ。
敵の姿も目の前の若造だけだ。
部下も決して弱くない、夜盗ごとき簡単にあしらうはずだ。
だが目の前の若造、意外としぶとい。
自分の崩しの技術が効いていない。
いくらいなしても少しもバランスが崩れる気配が無い。
とんでもない足腰だ。
夜盗ではなく敵討ちだろうか?かなりの手錬だ。
いったいどこのやつだ?恨まれる筋ならいくらでも思いつく。
少しでも甘い攻撃が来たら細かいダメージを与えるつもりだ。
しかし、怒涛のように次から次と強烈な攻撃が振ってくる。
所謂、ラッシュ攻撃というやつだ。
次第にいなすのが厳しくなったきた。
なんてやつだ。
どうやってもバランスを崩せない。
愚直なまでに上から叩きつけられる。
実にシンプルだ。
だがそれだけに逃れようがなかった。
スザリンは己の失策を悟っていた。
受けに回ってしまったら負けだったのだ。
己の技量を最大限に使って何度か軽い反撃を試みているが。
切られてもいっこうに怯む様子が無い。
致命傷を与えることはできないが少しは反応があってしかるべきだ。
こいつ、ハイになっているのか?
稀に戦闘による高揚で怪我もものともしない奴がいる。
しかし、息が切れれば一気にダメージが襲いかかりペースダウンするはずだ。
ただでさえラッシュは体力の消耗が激しい。
こいつが疲れるまで粘るしかない。
息を継いだら、こっちのペースにしてやるつもりだ。
しかしその期待は無残にも裏切られた。
背後に回ったアインとデミオに挟み撃ちを受け流石のスザリンでも捌きれるものではなかった。
永遠とも思われる連撃を受けて遂に致命的な一撃が脳天に。
稲妻のような衝撃と共に黒仮面の男の意識はなくなっていた。
暗闇の中をキースが駆けて来る。
魔法使いの最後の1人はキースが倒した。
立ち上がろうとしていた所に背中から矢を受けて絶命していた。
黒仮面の男と一緒に居た男はデミオを挟み撃ちにするか一瞬迷った。
しかしその迷いが運命の分かれ道だった。
背後から剣を構える前にあっさりとアインに倒されていた。
あたりには色濃い血の匂いが充満している。
アインがデミオに声を掛ける。
「大丈夫か?」
「ああ、問題ないよ」
「いろいろな意味でギリギリだったけど運が良かった」
アインが近づいて黒仮面の男に心臓に一突き止めをさした。
キースが顔をしかめる。
「それはやりすぎじゃないか?」
「そいつはもう動けなかったはずだよ」
アインが首を振りながら
「本来僕達の相手になるような甘い相手じゃない」
「もう一度戦ったら勝てる見込みは無い」
「確実に殺しておくべきだと思った。だから実行しただけさ」
「それよりマイクを助けよう」
デミオが頷くと荷馬車の箱の鍵をハンマーで打ち砕いた。
中に猿轡をされたマイクがうずくまっていた。
アインが素早く助ける。
「ア・イン・・・」
涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
必死にこらえているが、声にならない。
アインが黙って頭を抱えた。
「大丈夫だ。もう大丈夫だ」
アインが何度も言い聞かせた。
やがてマイクやっと落ち着いてきたようだ。
アインが周りを見渡しながら
「あまりゆっくりできない。盗賊に教われたように見せるんだ」
「キース。デミオ。矢を回収して僕らの形跡を消すんだ」
と言うと、フルフェイス男の胸に剣を一突きし、動かないのを確認した。
懐を探ると皮袋が2つ。
一つは幾枚かの硬貨が入っている。
もう一つは薬草が入っていたが暗くて何か分からない。
次々と物色していく。
黒仮面の男の懐からも2枚の巻物と財布を引きずり出した。
フランジュベルを手に取る。
いいバランスの剣だ。
「鎧と武器も回収しよう」
アインがふと見ると右手に指輪が嵌められている。
袋の中にそれも一緒に放り込んだ。
あらかた装備を剥ぎ取ると
「早く立ち去ったほうがいいだろう」
と言って装備を皆で手分けして運ぶことにした。
闇夜の中を移動するのはかなり骨が折れる。
デミオが先頭で引率しているが、思ったより移動距離は稼げないだろう。
夜徹しの強行軍で身も心もへとへとだ。
キースが失敬してきた干し肉を懐から出して皆に配った。
焚き火で燻製にしたもので、香ばしい香りが食欲をそそる。
しばらく歩くと大きな岩が存在感を醸しながら目の前に出現した。
東の空がうっすらと明るくなっている。
「あの岩が良いかもしれない」
アインが方向を示す。
やっとの思いで岩にたどり着くとすっかり夜が明けて朝になっていた。
岩陰でみんな足を投げ出して座り込む。
想像以上に疲れていた。
キースがおどけた調子で語りかける。
「僕は君達の戦闘力を過小評価していたようだ」
「まさかあんなにあっさりと殺してのけるとは思わなかったよ」
アインが首を振りながら「結果はともかく現実には紙一重さ」
「圧倒的に不利だった。うまく行ったのは奇襲だからだ。神に感謝しよう」
キース「デミオはてっきりモンクだと思っていたがレンジャーだとは思いもしなかったよ」
「高度な夜警スキルと忍び寄りスキル、僕も結構自信あったのだけど脱帽だよ」
アイン「ああ、それは誤解がある」
「夜目が利くのは持って生まれた特技」
「忍び寄りスキルと思ったのはモンクのステップ移動スキル」
「レンジャースキルじゃないよ」
アインはそこまで言ってから少し考えて「でも良く考えたら結果は同じだね」
「レンジャースキルだろうがモンクのスキルだろうがデミオのスキルは一流だよ」
キースも納得の頷きだ。
良く見たら皆、細かい怪我をしている。
あわてて、マイクは皆にヒールを掛けてあげた。
「ちょっと皆怪我しているなら早く言ってよ。僕が何のためにいると思っているんだい」
マイクはこの日初めて大声で笑った。




