第5話 プロポーズ
「結婚しました」
「おめでとう!」
勇凛くんはピンクのピンを立てる。
「これは七海さん」
勇凛くんはサラッと言う。
顔が熱くなる。
私が回す。
「一回休み……」
勇凛くんと私の距離は開くばかりだった。
勇凛くんが次に止まったマス。
「家を買います」
勇凛くんは一軒家を選んだ。
「こういうところで七海さんと暮らしたいです」
暮らす──
そんなことを考える余裕は今の私にはない。
この現実もまだ受け止められてない。
次に私がコマを進める。
「駐車違反で罰金……」
運の悪さに打ちひしがれていた。
勇凛くんの番。
「子供が産まれました」
「あ、おめでとう」
「双子です」
「じゃあお祝い二万ドル」
勇凛くんに渡した。
「俺、子どもたくさん欲しいです」
穏やかな顔で言う勇凛くん。
人生ゲームで現実をどんどん突きつけられる。
「あの……勇凛くん、私もう三十だからさ。そんなに期待しないで」
子供を産むことまで考えられない!
というか、私たちはこの前出会ったばかりで、まずお互いを知ることからで……。
それにまだ私は明日に賭けている。
勇凛くんに話そう。
「勇凛くん」
「はい」
「ちょっと考えない?」
「何をですか?」
「私また役所に明日行って、婚姻届取り下げられないか聞こうと思って。」
勇凛くんの表情が固まる。
「七海さんはやめたいんですね」
俯く。
「私が酔った勢いで提出しちゃって、私が悪いの。勇凛くんが嫌とかいうわけじゃないの。事故みたいなのが嫌なの」
「婚姻届を持ってきたのは俺ですよ」
「でも……」
「俺は飲んでませんでした。俺はシラフであの時、真剣な気持ちで提出しましたよ」
胸が痛んだ。
「でも七海さんが嫌なら、いいですよ、取り消してください」
暫く重い沈黙が流れた。
「私自信ないんだ。毎日残業だし、私のこと知ったら勇凛くん幻滅するよ」
お一人様が当たり前。
人に迷惑をかけない人生。
プライベートまで人に気を使う余裕がない。
「いつも通りの七海さんでいいです。七海さんに迷惑かけません。家のことは俺が全部します」
勇凛くんが私の手をとった。
「俺と結婚してください」
勇凛くんの瞳は今まで一番まっすぐに輝いていた。
こんなに誰かに求められたことなんて今までなかった。
なんとなく付き合って、なんとなく別れて、そんなのばかりだった。
社会人になってからは恋愛はしていない。
本気で恋をしたことがない。
だから、勇凛くんの真剣さが、胸に響く。
頭では否定してるのに、心は嘘をつけない。
ただ、好きかというと、それはわからない。
「勇凛くん、ありがとう。真剣に私との未来考えてくれて」
プロポーズすることも、結婚することも、凄く勇気がいることだ。私もちゃんと答えないと。
「勇凛くん、時間もらってもいいかな。私も真剣に考えたいから」
「はい。待ちます」
勇凛君は穏やかな顔で頷いた。
そのあと、私と勇凛くんは人生ゲームを最後までやった。
順風満帆な勇凛くんは、大量に資産を保有したままゴールした。
私は借金まみれだった。
「勇凛くんって、くじ運とかよかったりする……?」
「そうですね……当たる方だとは思います」
二人で人生ゲームを片付けた。
わざわざ私のために買ってきてくれた。
出会って数日の私に──
「勇凛くんはなんで私と結婚したいの?私の事ほとんど知らないのに」
「初めて七海さんを見た時は、いいなって思っただけでした。でも、その帰りに七海さんとまた会った時に、運命だって思ったんです」
運命。
私にはよくわからない。
「でも恋がしたいんだよね?そう言ってたよね?」
「はい。結婚してからでも恋はできると思います」
順番は間違っている。
でも、そんな恋の形もあるんだろうか。
「すみません。今日バイトで、夜まで一緒にいられないんです」
俯く勇凛くん。
「うん。大丈夫だよ。ありがとう。側にいてくれて」
「妻が入院してるんだから当たり前ですよ」
「……そうだね」
そのあと、今度はクロスワードの雑誌を買ってきてくれて、一緒に解いていた。
暖かい時間だった。
「じゃあ、そろそろ行きます。これは邪魔だと思うので持って帰ります」
紙袋に入った人生ゲーム。
「退院したらまたやろうか」
勇凛くんの瞳が輝いた。
「はい!」
優しい笑顔の勇凛くん。
エレベーターの前で見送った。
自分の心の中に、芽生えている気持ち。
それを大切にしたいと思った。
◇
──夢を見ている
あれは勇凛くんと待ち合わせした日、入った居酒屋。
私と勇凛くんはカウンター席で話している。
私はほろ酔い。
「七海さん、これ」
(その紙は……婚姻届)
「え、本気なの?」
「はい。本気です」
私は梅酒を飲み干した。
「君すごいね。こんな事するなんて」
「信じてもらえないと思ったんです」
勇凛くんがじっと私を見ている。
「そうか。じゃあ書くよ」
「え?」
勇凛くんが驚いている。
私はバックからボールペンを出した。
私はスラスラ書いている。
「え、七海さん本気ですか?」
「結婚する気があるなら問題なくない?」
(何言ってるんだこの女)
私は夢の中で自分につっこんでいた。
「はい……。でも本当に俺でいいんですか?」
「うん。君真面目そうだし。私真面目な人と結婚したい」
(根拠なんて何もないのに)
「真面目な人間かはわかりませんが、俺は真剣に考えてます」
「うん、それならいいよ」
(いや、それだけじゃダメでしょ!?)
(学生だよ!?)
「え、ここ何書くの?」
「証人……みたいですね」
「何それ」
勇凛くんは調べている。
「『新郎新婦の双方が自らの意思で結婚することを第三者が証明するため、偽装結婚や一方的な提出を防ぐ目的』って書いてあります」
「そうなんだ。じゃあお店の人に書いてもらおうか」
「え!?」
「何?」
「いつ出すつもりなんですか?」
「今日だけど」
「もうこんな時間ですよ」
「夜間でも受け付けてるんでしょ」
そんなこと覚えている自分に腹が立つ。
「そうなんですね。知らなかったです。でも俺七海さんのご両親に何も言ってないですよ」
「大丈夫大丈夫。どうせ三十路だし」
(待って、勇凛くんの親のことは!?)
「店長、書いてください」
私は店長を呼び出している。
「え、俺が書くの?」
「はい。ダメですか?」
「うーん。めでたいことだからね……うちの店で結婚した客がいるってのは、いいね」
(待って、そんな赤の他人に書いてもらうとか!店長断ってよ!)
奥から初老の女性が出てきた。
「どうしたんですか?」
「この二人結婚するんだってよ」
「まあ、おめでとう」
「あ、ここに書いてくれます?」
「え?私が?」
「はい、二人書かないといけないんです」
「私たちでいいの?」
「はい」
その女性も書いた。
「じゃあ持って行きます」
私は店を出ようとしている。
「七海さん待ってください!お金払ってないですよ!」
「あの子酔ってるの?シラフだと思ってたわ」
勇凛くんはお金を払っている。
「お幸せに!」
二人に言われた。
それから私たちは夜道を歩いている。
「七海さん、本当にこれでいいんですか?」
「うん」
「……わかりました。」
暫く歩いた先にある役所。
その前に立つ。
「七海さん」
「うん?」
振り向くと、勇凛くんが真剣な表情をしている。
「俺、頑張ります」
「うん」
バカすぎる自分。
真剣な勇凛くん。
───目が覚めた。
「責任……とらなきゃ」
私は覚悟を決めた。




