第4話 人生ゲーム
電話スペースに行って、電話をかけた。
『もしもし』
「姉ちゃん、どうしよう、私やらかした」
電話したのは姉である。
私の唯一相談できる相手。
『どうしたの?』
姉の反応が怖い。
でも言わないと。
「私、結婚しちゃったの。知り合ったばかりの男の子と」
『……は?』
当然の反応である。
「居酒屋のバイトの男の子なんだけど、その子に付き合ってほしいって言われて、そしたら次の日に酔った勢いで婚姻届だしちゃって」
『あんた何も覚えてないの?』
「うん」
『信じられない……。どうするのよこれから』
「出したのが金曜日の夜中だから、月曜日に役所行って相談してみる」
『それしかないね。取り消せるといいね。』
そのとき、勇凛くんのことが頭によぎった。
私との未来を真剣に考えているのに、私が勝手に何もなかったかのようにしようとしていることに罪悪感があった。
『どんな子なの?』
「優しくて、真面目な子だよ。結婚前提にならいいよって言ったら婚姻届持ってきたの……」
『……なんかすごいね。そこまでするんだ。でも、それだけ真剣だったんだね』
「うん」
『仮にうまくいかなかったとしても、別れられない訳じゃないからさ。バツつくけど。』
「どうしよう、名前も変わるし、色々名義変更しないといけないし、お母さんたちにも、会社にも言わないといけないし」
『でももうあんた三十なんだし、結婚自体は普通のことだけどね。相手の子が学生ってのがひっかかるけど』
「あの子の親に会うのが怖い……」
『……まあ、それはわからない。私なら、子供が幸せならそれでいいわ』
「うん」
『あんたはその子のことどう思ってるの?』
「よくわからない。でも、そこまで嫌じゃない。婚姻届出してなくても、付き合ってみたと思う」
『なら安心した。どうでもいい子ならともかく、あんたも気持ちあるなら』
電話の向こうで子供同士の喧嘩の声が聞こえた。
『ちび達喧嘩しだしたから切るわ。今度その子紹介してよ』
「わかった」
通話が切れた。
姉ちゃんと話せてよかった。
少しだけ冷静に考えられた。
あの子との未来を。
◇
姉ちゃんとの電話が終わって病室に戻ると、すぐに夕食が運ばれてきた。
病院のバランスいいご飯を食べて、自分に欠けていたものがわかる。
食べ終わったあと、勇凛くんの買ってきてくれたまちがい探しをしながら物思いに耽っていると、カーテンが開いた。
看護師だった。
「川崎さんどうですか?」
「少し回復した気がします。もう大丈夫です」
「退院しても無理しちゃダメですよ。旦那さんすごい心配してたんですから」
旦那さん……。
違和感しかない。
「最初、彼氏さんかと思ってたのに、夫ですって言われてびっくりしました」
看護師が笑っている。
「旦那さんのためにも、川崎さんが元気でないと」
「はい、そうですね……」
勇凛くんに、これ以上心配かけたくないと思った。
「明日の血液検査の結果が問題なければ、明日か明後日には退院できると思いますよ」
そう言って看護師は去った。
ああ、やっと現実に戻れる……。
──と思っていたのに。
「あまり変わってないですね。もう一日様子を見ましょう」
医師から告げられた。
どうしよう……月曜の仕事……。
医師がいなくなった後、途方に暮れていた。
すると、スマホに通知がきた。
勇凛くんからだった。
『体調どうですか?』
勇凛くんに伝えなきゃ。
私は電話スペースで勇凛くんに電話した。
『はい』
勇凛くんの澄んだ声。
「おはよう。もう一日入院になったんだ」
『そうですか……。じゃあ今日も行きます』
「来なくても大丈夫だよ。私一人でも平気だから」
『俺が行きたいんです』
胸がぎゅっとなった。
「わかった。勇凛くんの好きなタイミングで来ていいよ」
『はい、じゃあ急いで準備します。待っててください』
勇凛くんと電話を切った後、淡い幸福感が湧き上がってきた。
こんな気持ちを感じたのはいつぶりだろう。
もう二度と訪れないと思った感情に戸惑うばかりだった。
◇
昼食を食べ終わった後、ぼーっと窓の外を見ていた。
誰かが病室に入ってきた。
「七海さん、俺です。入っていいですか?」
勇凛くんだ。
「うん、大丈夫だよ」
カーテンを開けた勇凛くん。
「あ、顔色昨日よりよくなってますね。安心しました。」
優しく微笑む。
一晩経って見る勇凛くんは、若さが溢れて眩しかった。
何か大きな紙袋を持っている。
「何それ?」
「人生ゲームです」
「……え?」
「俺とただ一緒にいるのは退屈だと思ったので、一緒に遊べるものがあればいいなと」
「もしかして、買ってきたの?」
勇凛くんは頷いた。
「トイランドで買ってきました。」
優しい……。
でも、なぜ人生ゲーム?
病室で遊ぶにはデカすぎる!
「勇凛くん、せっかく買ってきてくて悪いんだけど、ここじゃ狭いから難しいかな……」
「デイルームの方でやってもいいと言われました」
聞いてきてたのか!
「うん、わかった。じゃあやろう」
「はい!」
勇凛くんとデイルームに移動した。
デイルームは閑散としていた。
そこに勇凛くんが買ってきた人生ゲームを広げる。
「懐かしい。昔家族でやってたな」
「七海さんは兄弟いるんですか?」
「姉がいるよ。勇凛くんは?」
「兄が二人います」
「へー勇凛くんのお兄さんたち、気になるなぁ。見てみたい。かっこいいんだろうな」
勇凛くんの手が止まった。
「兄の方が気になりますか?」
寂しげな瞳。
「いや、兄弟だから似てるのかなって。特に深い意味はないよ」
「よかったです」
優しく微笑む。
勇凛くんは、黄色のコマを取った。
私は白いコマ。
スタート地点に2人で置く。
「七海さんからどうぞ」
「いや、勝負はフェアでいこう」
私と勇凛くんは、それぞれルーレットを回した。
大きい数の方が先に出発。
「俺が先ですね。じゃあお先に」
勇凛くんはコマを進めてマスに置いた。
「落とし物を拾って一万ドル……」
勇凛くんの資産が増える。
「じゃあ次私ね」
コマを進めてマスに止まる。
「……え、スタートに戻る!?」
私は振り出しに。
勇凛くんが回す。
「警察官になりました」
「勇凛くんに向いてる!」
「本当ですか?」
「うん、正義感強そうだし」
「そんなことないですよ。でも嬉しいです」
少し照れた顔に、また母性本能がくすぐられる。
私がコマを回す。
「銀行員……」
「七海さんに向いてると思います。しっかりしてそうなので」
「いや、そんなことないよ……」
仕事のことを思い出した。
退院したらあの生活が戻ってくる。
「七海さんはどんな仕事してるんですか?」
「システムエンジニアだよ」
「かっこいいですね」
「そうでもないよ。不具合の修正が多いし」
次に勇凛くんがコマを進める。
あるマスで止まる。




