第29話 厄介な二人の兄
「これは……ずいぶんと手厚い待遇ですね……」
多分私の顔はひきつっている。
「君ならきっとできると思う」
全く心のこもっていないセリフが落ちてくる。
「仕事ならやりますよ」
やるしかない。
もう心は決まってる。
「じゃあこれが引き継ぎ書」
彼が向かった先にあるデスクの上には、大量の書類。
「パソコンのデータにもあるから、今日中に確認するように」
「ハイ……」
思い出す。
社畜人生を。
この丸投げ感。
やってやるよ!
私がデスクに座って書類をざっと確認していると
「午前中は会議がある。午後もだ」
「……」
自分が二人欲しい。
いつも思うことだ。
「資料用意しておけ」
そう言うと彼は出て行った。
私は感情を捨てることにした。
そして、今日のスケジュール確認をしようとしてると、電話が鳴る。
内線?
「はい。……秘書課です」
『副社長に今日の会議の件で聞きたいことがあります』
これは直接聞けばいのか?
「あとで確認します」
すると別の電話が鳴る。
外線。
「お電話ありがとうございます……林ホールディングスでございます」
『光井銀行です。明日の会議の件で林副社長とお話ししたいのですが』
銀行……。
「少々お待ちくださいませ」
また鳴る電話。
無理ー!!
「はい。秘書課です」
誰かが電話に出た。
振り返ると──
勇哉さんがいた。
なぜ!?
「うん。ちょっと用事あってここいて。うん。それは俺があとでやる」
そう言って電話を切った。
「ほーらー。お客さん待たせてるよー」
割と真面目な顔で勇哉さんに指摘された。
「は、はい……」
「俺が代わるよ」
なんでこの人が?
なんで仕事のヘルプを??
「はい。そちらの件は承知しました」
淡々と話して電話を切った。
「あ、ありがとうございます」
意外な助っ人に驚くばかりだ。
「無茶振りされて大変だね〜」
またいつもの読めない笑顔になった。
「はい。でも覚悟はしてました」
「そうか〜。じゃあ頑張ってね〜」
え?
「何しに来たんですか……?」
勇哉さんが振り返る。
「気になったから来ただけ」
そう言って出て行ってしまった。
わからない。
ただ、割と仕事は真面目にやってるの?
謎が深まるばかりだ。
◇
資料を漁り、前任の社員に確認を取ったりして、なんとか用意できた会議資料。
初日から超ハードモード。
すると、勇輝さんが入ってきた。
「準備できたか」
私を見下ろす。
「はい。こちらです」
私が渡すとすぐに目を通した。
「これくらいはできるようだな。安心した」
私を試している。
わかっている。
「じゃあ午後の資料もよろしく」
彼は出て行った。
この会社のこと自体よくわかってないのに会議資料とかふざけんなー!
と怒りをおさえてまた次の会議資料をつくるべく資料を漁り、その間に電話応対をし、前任に確認をとり……
昼食を食べる時間がない。
「お腹減った……」
でも、なんとしても失敗したくない。
私は耐える。
そのまま黙々と目の前にある仕事をこなしていた。
──定時
もう屍のようだ。
初日からフルスロットル。
するとまた勇輝さんが来た。
「初日にしては上出来だな」
ムカつく。
「ええ、初日にしては到底一人でこなせるとは思えないような仕事量でした」
満面の笑みで答えた。
「明日は取引先へ行く。それまでに必要なものを用意しておけ」
そう言うと出て行った。
帰ろうと思ったのに!!
まぁ元から定時に帰れるなんて思ってなかったけど……。
勇輝さんの明日のスケジュールを確認する。
するとスマホに通知が。
『お疲れ様です。仕事どうですか?大丈夫ですか?』
勇凛くんからだった。
大丈夫じゃない……けど。
『なんとかやってる!今日はまだかかるから、先に帰ってて』
既読。
『待ってます』
勇凛くん……。
私のオアシス。
「仲良しだね~」
いつの間にか背後を取られていた。
見なくてもわかる。
「勝手に見ないで下さい。何の用ですか?」
「いつ終わるの?」
「わかりません。指示されたことを終えたら帰ります」
「ふーん。手伝おうか?」
なんなんだよこいつは……!
「もう私の事は放っておいてください!」
勇哉さんを睨んだ。
なぜか笑っていない。
「なんか放っておけないんだよね。気になるっていうか」
「は?」
勇哉さんはスマホを出して誰かに電話をかけている。
「森川くーん。七海ちゃんが遊んでくれないから一緒に遊びに行こうよ~」
めんどくさいやつ!
森川さんに申し訳ない。
「仕方ないから今日は諦める。じゃあ気を付けてね」
勇哉さんは出て行った。
何を考えているか本当にわからない。
あの人と毎日こんなやりとりをしないといけないことを考えるとストレスで胃に穴が開きそうだ。
私が終わるまでずっと待っているであろう勇凛くんのために急いで仕事を終わらせようとしていた。
◇
──約ニ時間後
取引先に行くのに必要なもの
なんて取引先の名前だけでわかるはずもなく、結局調べ上げてなんとか理解できた。
準備を終えて急いで勇凛くんの元へ。
駅近のカフェで待ち合わせ。
店に入ると、窓の外を眺める勇凛くんの姿が。
「勇凛くん!遅くなってごめん!」
二時間も待たせてしまった……。
勇凛くんはこちらを向いたかと思うと立ち上がった。
「七海さん大丈夫ですか!?」
「え?」
「兄に何かされませんでしたか?」
どっちの兄!?
「大丈夫だよ。仕事してただけ」
そのとき、運悪くお腹が鳴った。
昼食べてなかったんだった!
「何か食べに行きますか?」
聞かれていた。
「ううん。家帰って適当になんか食べるから大丈夫!疲れたからもう帰ろうかと」
「そうですか……」
俯いた勇凛くんを見て、そっと手を繋いだ。
勇凛くんの手の温度を感じるだけで、私の疲れは吹っ飛ぶ。
──でも
「他の社員に見られるとまずいよね……」
現実に戻った。
勇凛くんは社長の息子。
噂が立つと仕事に支障が出るかもしれない。
私たちは夫婦だけど、私は今訳あり入社であって……。
「俺は大丈夫ですよ」
微笑む勇凛くんに救われる。
誰がなんと言おうと私たちは夫婦。
「七海さん……相談があるんですけど」
「うん?」
勇凛くんは神妙な面持ちをしている。
「両親が一時的に帰国することになりまして」
え?
「俺、七海さんを紹介したいと思ってます」
こ、このタイミングで……?
またもやピンチに立たされた……。




