第14話 年下夫の正体
「勇凛としばらく会ってないからよくわからなくて。あいつ元気?」
「土曜日にお会いする約束だと伺ってますが、その時に会えますよね……」
「あいつあんま自分のこと話さないから」
この人と勇凛くんは絶望的に相性が悪い気がする。
そして私も。
「俺は勇凛が誰と結婚しようがいいんだけど、兄貴はねー」
兄貴……。
てことは、二番目のお兄さん?
「あ、勇凛から聞いてるよね?兄貴副社長って」
──副社長……?
「え、まさか知らないの?」
「はい……」
「うちの会社も?」
「え……?」
「なんも知らないんだ。林ホールディングスわかる?」
──林ホールディングスって、超大手企業のあの……?
「親父、社長だから」
ちょっと待って情報量が多すぎる!!
「俺も経営には関わってるけど、そんなやる気ないし、ゆくゆくは勇凛もうちの会社背負うから」
勇凛くんの実家がどうかとか、私と勇凛くんの間には関係ないと思っていた。
ただ、そんな大企業の社長の息子なんて、全くどこにも感じなかった。
そんな簡単に結婚していい相手ではなかった。
また複雑な現実がのしかかってきた。
そして車は駅に着いた。
私はフラフラと車からロータリーに降りた。
「じゃあまた土曜日ね」
勇凛くんのお兄さんが窓を閉めてようとしたけど、また開けた。
「俺、勇哉。よろしく〜」
手を振って、颯爽とロータリーを抜けて、都会の雑踏の中に消えた。
私の感情は滅茶苦茶である。
◇
駅に着いて、私が会社に向かおうとする途中、スマホに着信があった。
勇凛くんからだった。
「はい」
『七海さん、兄に会ったんですよねさっき!?』
勇凛くんの声から焦りが伝わる。
「うん。病院で会ったの」
『病院……?』
「入院した病院に診断書をもらいに行ってたの」
『そうだったんですね……。さっき兄から七海さんに会ったって連絡があって、居ても立っても居られなくて。兄に何かされませんでしたか?』
「……駅まで送ってもらっただけだよ」
半ば無理やり……。
『そうですか……ならよかったです』
「……勇凛くんのお父さんって、林ホールディングスの社長さんだったんだね」
──沈黙が流れる。
『隠してたわけではありません。そのことについては、改めてまた話します。七海さんはこれからまた会社に戻るんですか?』
「うん。書類提出だけして今日は帰るよ」
『わかりました。じゃあ、どこかで待ち合わせしてもいいですか?』
「わかった。あ……勇凛くん今どこ?」
『大学です。卒論ある程度進めたら帰るつもりです』
──勇凛くんの大学。実は気になっていた。
「じゃあ、勇凛くんの大学の近くで待っててもいい?」
『いいですけど……七海さんの会社からは少し遠いかもしれません』
「いいの。行ってみたいんだ。何て大学?」
『慶王大です』
・・・。
やっぱり勇凛くんは、特別な人間なんだなと痛感した。
あんなお金かかる私立大学、とてもじゃないけど一般家庭じゃ無理。
セレブや芸能人ばかりの幼稚舎からのエスカレーター式の大学。
「わ、わかった。じゃあ書類提出したらそっちに行くね……」
『大学の正門近くにカフェあるんで、そこにいてください』
「うん、じゃあまたあとでね」
通話を切った。
私は空を見上げた。
そして深く深呼吸をした。
とりあえず、やるべきことをやろう。
◇
私は会社に着いてすぐに上司に診断書を渡した。
上司は診断書の内容を一通り読んだ。
「わかった。君の仕事は派遣の矢野さんに半分回す」
あの派遣の子に……!?
不安すぎる!
でも、もういいか。
自分を大切にしてくれない奴に尽くすのをもうやめよう。
「あ、派遣のあの子、もう辞めるって言ってましたよ」
パーテーションの向こうから森川さんの声がした。
「え……」
上司の顔が青ざめている。
ひょこっと森川さんの顔が見えた。
「ちゃんと部下のこと見てないと、あとで大変なことになりますよ〜」
そう告げると鼻歌を歌いながら森川さんは行ってしまった。
上司は何も言わずに俯いている。
「あの、私次は人事に行かないといけないので、これで失礼します」
私は速やかに移動をした。
人事部に行く途中、廊下で森川さんとまた会った。
「ちゃんと持ってきて偉い」
ニコニコしている。
「はい。おかげさまで、ありがとうございます」
森川さんの私への好意には驚いたけど、仕事ではそのことを考えないようにしよう。
「……あのさ、なんか悩んでることある?」
「え?」
「表情で。見てるとわかる」
「そ、そうですか……」
「いつでも聞くよ?」
「いえ!大丈夫です!」
私はその場を急いで去った。
なんで今まで大して深く関わってこなかったくせに今頃……。
私はもう既婚者だ!
頭の中のモヤモヤを必死にかき消していた。
人事に必要書類を提出した。
興味津々な人事部の先輩。
「え!旦那さん、二十二歳!?」
「声が大きいです!」
「ごめんねー!びっくりして。こんな若い子と結婚なんて……どんな馴れ初め?」
「すみません。これ以上は……ちょっと。じゃあ宜しくお願いしまーす!!」
私は逃げた。
この出会いは偶然か運命か。
よく分からないけど、面白がって覗いて欲しくない。
その後急いで駅に向かった。
──慶王大へ
テレビでしか見たことない場所。
勇凛くんはどんなキャンパスライフを送っていたんだろう。
勇凛くんの今取り巻く環境。
遥かに想像を超えていた。
でも私は目を逸らせないんだ。
◇
慶王大の前に私は立っている。
華やかな学生たち。
ブランド物のバッグ、服。
今の私でも買えない。
私は待ち合わせのカフェに向かった。
大学生達で溢れている。
そこに座る、地味なOL。
身につまされる。
待つこと数十分。
「七海さん、お待たせしました!」
勇凛くんの澄んだ声。
勇凛くんの方を向くと、まるで天使のように見えた。
穢れなき魂というか。
その時、カフェの女子学生の視線は勇凛くん一直線だった。
やっぱりモテるんだろうな……。
「七海さん。ちょっと人多いですね……。場所変えましょうか?」
「うん……」
今度は私に向けられる針のような視線。
私たちはカフェから出た。
「凄いね……慶王大。別世界だよ」
勇凛くんは複雑そうな顔をした。
「他がどうかよくわかりませんが、俺はサークルとかも入ってないですし。講義とバイトだけでしたよ」
普通の大学生が楽しむ大学生活ではなかったってことかな。
「勇凛くんって、あんな大企業の息子さんなのに、なんでバイトしてるの?」
そんなことしなくても、お金はたくさんあるはず。
「……俺、この世界に染まりたくないんです」
勇凛くんの瞳は真剣だった。




