第13話 現れた厄災
私と勇凛くんは夫婦。
ならもう勇凛くんは我慢する必要はないんだ……。
「すみません、寝る前にこんなこと言って。なんとか耐えるんで、七海さんは寝てください」
勇凛くんは背中を向けてしまった。
なぜだろう。
今までそんなにしたいとは思ったことがないのに、私は無性に勇凛くんに触れたくなった。
私は勇凛くんの背中に体をくっつけた。
「いいよ。我慢しなくて。」
勇凛くんが振り返った。
「……え?」
「私たち夫婦だし。……私もそういう気持ちになってきてしまって」
暗闇で見つめ合ったままの私たちは、しばらく動けなかった。
だんだんと距離が縮まってきて唇が触れそうになった、その瞬間──
「七海さん、今日はやめましょう」
「え?」
どういうこと?
「今勢いでするのは……なんか違うと思うんです」
何が?
「ちゃんと日にちを決めましょう」
なぜ!?
「それまでにちゃんと、心の準備をします」
勇凛くんは深呼吸をしたあと、目を瞑った。
「七海さん、おやすみなさい」
え、え?
私は心の準備万端だったんだけど。
寝ちゃうの?
キツイ!!
私はなかなか眠りにつけなかった──
◇
──朝
やっと寝れたのは三時ごろだろうか。
多分人生で発情したのは、これが初めてではないだろうか……。
私が布団から起き上がると、勇凛くんも気がついて起きた。
二人でベッドに座ってボーッとしていた。
「……七海さん、おはようございます」
勇凛くんの表情は、心なしか力がなく虚だ。
「うん……おはよう」
──しばしの沈黙。
「俺、朝方まで眠れませんでした……」
お前もかい!と心でつっこむ。
二人で夜中に悶々として眠れなくて起きていたっていう。
「……ふふっ」
私は笑ってしまった。
「どうしたんですか?」
勇凛くんは戸惑っている。
「いや、私たちってもしかして、似たもの同士なのかな……」
「え?どういう意味ですか?」
「いや、いいの。気にしないで」
二人で寝ぼけ眼で歯磨きをして、着替えて、朝ごはんを食べる。
テレビで朝のニュースを見る。
「8時になったら行くよ」
「はい。じゃあ会社まで送ります」
「うん、ありがとう」
一人で行く、は、勇凛くんには通用しないから、もう言うのをやめた。
◇
二人で玄関から出て、朝日の中を歩く。
寝不足のせいかお互い会話が出てこない。
でも、手が触れ合って手を繋ぐ。
それで満たされてしまった。
もうすぐ会社。
よーく見ると、見たことがあるシルエット。
森川さんだ。
気まずい!!
私は勇凛くんの背後に隠れた。
「どうしたんですか?」
「ごめん、ちょっとこのままでいさせて」
しばらく身を潜めていると──
「おはよ〜」
ああ……
勇凛くんの肩越しに見ると、ガッツリ気づかれていた。
勇凛くん、無言。
「なんで二人ともそんな元気ないの?」
森川さんは揶揄うように言う。
勇凛くん、相変わらず無言。
「朝から仲がいいことで。じゃあまた後でね〜」
そう告げてビルに入る森川さん。
微妙な空気が流れる。
振り返った勇凛くんの顔は険しかった。
「あの人馴れ馴れしくないですか?」
「……気さくな人、なんだよね」
でもさっきのは悪意を感じた。
「七海さん。気をつけてください」
「うん」
勇凛くんと私は、別れを惜しむように離れた。
ああ
恋してるな。
朝の空を見ながら思った。
その時スマホに通知がきた。
勇凛くんからだった。
『兄から連絡が来ました。土曜日に来いと言われますが、予定空いてますか?』
土曜日……
はやっ
心の準備が
『予定ないよ。大丈夫』
勇凛くんのお兄さん。
どんな人なんだろう。
◇
私は午後休をとって、役所と病院に来ていた。
人事に提出する書類と、森川さんに言われた診断書をもらいに。
病院に着いて、受付まで歩いている時、うっかり持っている書類を落としてしまった。
慌てて拾っていると、落ちた書類を拾ってくれた人がいた。
「ありがとうございます」
その人の顔を見ると──勇凛くんだった。
「どういたしまして」
ん?
なぜここに?
っていうか、なんでスーツ着てるの?
私は顔を凝視してしまった。
「え、なに?」
勇凛くんが戸惑っている。
──違う。
そっくり。
本当にそっくり。
だけど、顔つきや体格がしっかりしている。
他人の空似……?
「スミマセンでした!」
私は慌てて受付に行った。
そのあと、診察を受けて、診断書をもらった後、病院から出ようとすると、またさっきの男の人に会った。
本当にそっくり……。
まさか
まさかね
軽く会釈をしてその場を去ろうとした。
「ねぇ、君が勇凛の奥さん?」
──え?
その人の方を見ると、謎めいた笑みを浮かべている。
「さっき落とした書類見てわかった。勇凛の名前あったから」
これは、まさか……
「あ、あなたは──」
「勇凛、俺の弟」
勇凛くんのお兄さんに早速遭遇してしまった。
「ふーん。こういう女が勇凛の好みなんだ」
勇凛くんの顔をしているのに、人を見下したような態度をしている。
でもこの人は、勇凛くんの家族なんだ。
私も“林 ”七海なわけで。
「はい、七海と申します」
私は頭を下げた。
「色々聞きたいんだけど」
ここで……?
私が何も答えられないでいると、勇凛くんのお兄さんは手招きをした。
「車で送ってくよ」
え?
「あの」
「どこ行くの?これから」
「会社……です」
なんか怖い。
「あの、今日は別の用事もあるので、結構です」
私が踵を返すと、腕を掴まれた。
「え!?」
「大丈夫だから。手だしたりしないから」
は??
何この人、怖すぎる!!
私はそのまま車の助手席に乗せられた。
高級車。
ハイブランドの時計。
スーツも高そう。
でもなんかチャラい。
運転席にその人が座ると、タバコを出して吸い始めた。
「どこ行くんだっけ?」
「あの、いいです本当に」
「他人じゃないんだから少し話そうよ」
なんて強引なんだこの人!!
車のエンジンをかけると、洋楽が爆音で流れた。
驚いて恐怖を感じた。
逃げたい!!
「駅まででいいです!」
「え?聞こえない」
お前の音楽が煩いんじゃ!!
イライラしてきた。
「駅まででいいです!!!」
「顔こわっ」
笑い出した。
これがお兄さん……?
顔しか似てない。
ショックだ。
完全に遊ばれている。
「駅までねー。てか何歳なの?」
年齢をダイレクトに聞くとか。
「……三十です……」
「え??」
「三十です!!」
「え、俺とタメじゃん。やば」
同い年……?
お兄さんと歳離れてるのか勇凛くん。
確かお兄さん二人いるって言ってたけど……。
「七海ちゃん勇凛の顔面で決めたでしょ?」
「え??」
七海ちゃんって、いきなり!?
「あいつ顔だけじゃん。まだガキだし」
──この人、本当に……
はらわたが煮えくりかえる。
「勇凛くんは顔だけじゃありません!!」
今までで一番大きな声が出た。
「びびった。運転してるんだから、考えてよ」
私を怒らせるからだ!
とにかくタバコ臭!
地獄のドライブだ。




