第10話 結婚報告
眩暈だった。
眩暈は割とよくある。
耳石が剥がれやすい体質だからだ。
だから別に特別なことでもなかった。
ただ──
勇凛くんが私に覆い被さっている。
「すみません!大丈夫ですか?」
勇凛くんが顔を上げた時、目が合った。
見つめ合ったまま、時計の秒針の音だけが聞こえる。
心臓が早く脈打つ。
その時自然に私たちの唇が重なった。
あの時は一瞬だった。
今度は、10秒くらい。
そのあと、私も勇凛くんもお互いの顔が見られなかった。
「……眩暈は割とよくあるんだ。驚かせてごめんね」
「そうなんですね……俺今日も泊まりますよ」
「ううん。大丈夫。明日学校あるんだから、今日は帰って」
私が促すと、「わかりました」と渋々了承してくれた。
勇凛くんは立ち上がって、私に手を差し伸べてくれた。
「帰ります」
「うん」
ぎこちなく話す私たち。
私は勇凛くんを見送ったあと、部屋のフローリングにへたりこんだ。
「こんなんじゃ心臓がもたない……」
その時、スマホに着信があった。
姉からだった。
「もしもし」
『退院した?』
「うん、退院したよ」
『あの男の子とはどうなったの?』
「うん……。これから夫婦として二人でやっていくつもりだよ」
『そうか〜。おめでとう!式は?』
「まだ何も考えてないよ」
『まあ急がなくていいからねー。ところでさー、あんた、その子の扶養とか社会保険関係ちゃんとやってる?』
「え?」
何も考えていなかった。
「え、扶養って、どうすればいいの?」
『今彼学生なんでしょ?なら親の扶養に入ってるんじゃない?』
「たぶん……」
『あんたの扶養に入れれば、配偶者控除で手取りあがるよ』
わけわからない……。
『彼のご両親に会いに行って相談すれば?』
「え──」
『早くやった方がいいと思うよ。名義変更とかもね〜』
やらなきゃいけないことが、どんどん増えてゆく。
勇凛くんの親に会いに行く……?
可愛い息子を奪った社畜OLとか絶縁されたらどうしよう……。
「姉ちゃん……ヤバい私色々自信ない」
『あんた一人じゃないんだから、二人で頑張りなさいよ』
電話を切った。
もう何を言われても、行くしかない。
まず勇凛くんに連絡しよう。
私は勇凛くんにメッセージを送った。
『扶養のことで相談がある』
しばらくすると返信が来た。
勇凛『なんでしょうか』
七海『勇凛くん親の扶養に入ってるよね?』
勇凛『はい』
七海『私たち結婚してるから、私の扶養に入った方がいいと思って』
その後返信がなかなか来ないと思ったら着信があった。
「もしもし」
『七海さん。俺、七海さんの扶養に入るのはキツイです』
「え、なんで……?」
『妻に養われてるって感じが、ちょっと……』
プライド的に難しいかな……。
「勇凛くんが扶養に入ってくれると、家計が助かるんだ……」
『そうなんですか?』
「うん。税金の関係で」
──沈黙
『……わかりました。じゃあ、四月まではそうします』
「ありがとう。あとね、その件も含めて、勇凛くんのご両親に会おうかと思ってるの」
正直めちゃくちゃ怖い。
『両親は仕事で海外に住んでます』
「え?」
海外……?
『家の細かいことは兄達がやってます』
お兄さん達……?
じゃあ私、お兄さん達に会いに行かないといけないの?
「わかった……。じゃあご家族が都合がいい日にお伺いできれば」
『……わかりました。一応両親にも説明します。ただ──』
ただ……?
『兄達は厄介なので、必要最低限の会話で早く切り上げましょう』
どういうこと!?
「厄介ってのは……?」
『会ってみればわかると思います。俺は七海さんと兄たちを会わせたくないです』
不安すぎる!でも逃げていても仕方がない。
夫婦としてやっていくにはこの試練を乗り越えねば……。
「わかった。お兄さんたちに挨拶と必要な事だけ話そうと思う」
『……兄に連絡しておきます。それより』
それより?
『俺たちの住む家を探したいです』
あ。そうだ、後回しにしていた。
「そうだね。じゃあ今度物件見に行こうか」
『はい。早く一緒に暮らしたいです』
一緒に暮らす──
毎日一緒。仕事以外。
この距離でも私の胸は騒いでるのに、一緒に住むとか、過呼吸起こすんじゃないか?
「じゃあ、そろそろお風呂入るから切るね」
『……七海さん』
「ん?」
『好きです』
そのあとすぐに通話が切られてしまった。
悶える私。
なんで私が好きなのかさっぱりわからない。
ただ、勇凛くんを大切にしたい。
そんな気持ちが宿っている。
◇
──翌日
私は上司と面談している。
結婚の報告をするためである。
「先日結婚しまして、そのご報告です」
上司は顔色一つ変えない。
「そうか。おめでとう」
人の心がないんか!
その後すぐに人事へ。
「え!川崎さん結婚したの!?」
「はい。必要なものが知りたく」
「え~おめでとう!これに書いてあるもの持ってきて~!」
リストを渡された。
「相手どんな人?」
人事の先輩は興味津々である。
「優しくて誠実な人です……」
言って恥ずかしくなった。
「どんな仕事してるの??」
なんでこんなに聞いてくるんだ!
「フリーランスです」
適当に答えた。
そのあと自分の部署に向かう途中、森川さんに会った。
「あ、川崎──今はなんだっけ?」
「旧姓のままでいいですよ」
「いやーびっくりした」
「え?」
「いつの間にか結婚してて」
「私もびっくりしてます」
「なんで?」
「初めて会った次の日に結婚──」
あ、まずい口を滑らせそうになった。
「え?どういうこと?」
「あ、なんでもないです!」
森川さんは腕を組みながら、何かを考えている。
「あの子見た事あるんだよね」
「え!」
「前飲み会の時にいたような気がするんだよ」
あー!やばい!
「勘違いですよ。全然違いますよ」
「今日あの居酒屋行ってみようかな」
やばいやばいやばい。
今日勇凛くんバイトの日じゃん!!
どうしよう。
「あ、あの、今日一緒に別の所に食べに行きませんか!?」
咄嗟に回避しようとした。
が……。
森川さんとサシでご飯?
「いいけど。なんで?」
「森川さんと話してみたかったんです~」
自分でどんどんドツボにはまっていく。
とりあえず勇凛くんバレ回避すればいいんだ。
て、まだ隠そうとしている自分を脳内で殴っていた。
「わかった。じゃあ、川崎さんのおごりね」
げ。
まぁ仕方ない。私が言いだしたことだ。
「わかりました!ありがとうございます!」
森川さんとご飯行くことになってしまった……。
勇凛くんにバレたらヤバい。
ああ、バカなの私??
その後、ずっとそのことを考えてモヤモヤしていた。
◇
今日も無事に帰らせてもらえた。
安堵してビルを出ると、森川さんが立っていた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
いったい何を話せばいいかわからないけど、適当に話して乗り切ればいいんだ!
と甘い考えでいた。




