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三十路の社畜OLが出会った翌日に八才年下男子と結婚してしまった件につきまして  作者: 七転び八起き


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第9話 はじめてのキス

 私の家までの道中、勇凛くんはずっと無言だった。

 いったいどうしたの?

 いつもの雰囲気と違いすぎて声をかけにくかった。


 最寄駅に着いたあと、自宅までの道のりは静かな住宅街で、それが気まずさに拍車をかけた。

 何も話さないまま自宅マンションに着いてしまった。


「勇凛くん、迎えに来てくれてありがとう」


「いえ、当然のことをしただけです」


 勇凛くんがやや不機嫌なのが気になって、なかなか動けずにいた。


「私何か怒らせちゃったかな……」


「……七海さんは何悪くないです」


「でも──」


「俺は七海さんが困ったことがあっても、仕事では何も助けることができません」


 勇凛くんは俯いた。


 勇凛くんは──

 自分が年下で、まだ学生だってことに劣等感を持っているんだ……。

 私も年下扱いしてしまっていた。

 勇凛くんは私と肩を並べようとしているのに。


「勇凛くんごめんね。勇凛くんの気持ち、ちゃんとわかってなかった」


 私は勇凛くんの手に触れた。


「勇凛くんは、そのままでいい。私がちゃんと、私たちが夫婦だって胸を張って言わなきゃいけなかった」


「いえ。まだ俺は学生なんで、七海さんが言いにくいのはわかります」


 勇凛くんは手を握り返してくれた。


「四月から俺も社会人なんで、もっと頼り甲斐がある男になれるように頑張ります」


 勇凛くんの真っ直ぐな瞳が眩しかった。


「……あの、一つお願いしてもいいですか?」


 お願い?


「うん。なに?」


 勇凛くんは少し時間を置いた後呟いた。


「キスしてもいいですか……?」


 私は言葉を失った。


「え、今……?」


 勇凛くんは頷いた。


「でも、七海さんが嫌なら、いいです」


 勇凛くんは私の気持ちを第一に考えてくれる。

 なぜこのタイミングかはわからない。

 それで勇凛くんの心が満たされるなら──


「……いいよ」


 勇凛くんは顔を上げた。


「本当ですか?」


「うん。だって私たち一応夫婦だし……」


 夫婦なのにキスすらしたことがない。


「ありがとうございます。嬉しいです」


 キスなんて初めてじゃない。

 なのに、ものすごい緊張している。


「あの……ここだと近所の人に見られちゃうから、家の中にしようか」


「はい」


 私は勇凛くんを連れて、また部屋に帰ってきた。

 私は勇気を出した。


「勇凛くん!いいよ!」


 私は目を閉じた。


「じゃあ、いきます」


 不思議なやりとりだ。

 緊張して心臓が破裂しそうだった。


 その時、柔らかい感触が──


 目を開けると、恥ずかしそうにしている勇凛くんの顔が目の前に。

 こんな至近距離で見たのは初めてだった。

 甘酸っぱい気持ちになった。


 まるで初恋の相手と初めてのキスをしたような──


「ありがとうございます」


 勇凛くんは離れた。


「七海さんにまた近づけてよかったです。じゃあ、俺帰ります」


 勇凛くんは玄関から出ようとした、その時。

 私は勇凛くんの腕を掴んでいた。

 無意識だった。


「どうしましたか?」


 勇凛くんは驚いてる。

 なんで私はこんなことを?

 でもわかった。


 私はまだ勇凛くんと一緒にいたいんだ。


「勇凛くん、まだ時間ある?」


「はい」


「じゃあ、もう少しゆっくりしていってくれると嬉しいな……」


 勇凛くんの瞳が輝いている。


「はい!」


 私たちの心の距離がまた少し近づいた気がした。


「勇凛くんお腹空いてるよね?」


「はい、少し。何か作りましょうか?」


「え!昨日も作ってもらったからいいよ。今日は何か頼もうよ」


「ダメですよ。医者から言われてますよね?ちゃんとした食事を食べないと」


 勇凛くんは冷蔵庫を覗いた。


「昨日の残りの食材が少しありますけど、これじゃ足りないので俺今から買いに行ってきます」


「そこまでしなくていいよ!」


「でも七海さんの体が大事ですから」


 好意は嬉しいけど真面目すぎる。


「じゃあ私も行くよ」


「七海さんは休んでてください」


「勇凛くんだけに任せてのんびりしてるのは嫌なの!」


 ──沈黙が流れた。


「わかりました。すみません。暴走しました」


「ううん。私のためにありがとう。一緒に買いに行こう」


 私と勇凛くんは二人で歩いてスーパーに向かった。

 勇凛くんの手が私の手元にきた。

 私は勇凛くんの手を握った。


 あっという間にスーパーに着いた。

 二人で食材を見て回る。


「勇凛くんは何が好き?食べ物」


「和食が好きですけど、なんでも食べますよ」


「じゃあ今度カレー作ろうかな……」


 カレーくらいしかまともに作れない。

 もっとレパートリー増やさないと。


「七海さんのカレー食べたいです」


 嬉しそうな勇凛くんの表情。


「うん、落ち着いたら、ね」


「七海さんは今日何が食べたいですか?」


「うーん。ハンバーグかな……」


 その時思い出した。

 ハンバーグの作る手間を。


「ごめん、今の忘れて」


「なんでですか?」


「ハンバーグって手間かかるし」


「七海さんが食べたいものにしましょう」


 勇凛くんは肉コーナーに行って挽肉を入れてきた。


「え!本当に作るの?」


「はい。うまく作れるかわかりませんが」


 他にも食材を買い込んで、また二人でマンションに帰った。


 ◇


 キッチンに立つ勇凛くん。


「エプロンありますか?」


「え、エプロン使うの?」


「油飛ぶのであると助かります」


 私の持ってるエプロン、ピンクの花柄なんだけど。


「こんなのしかないんだけど……」


 勇凛くんに差し出すと、特に顔色も変えず「ありがとうございます」と言って、エプロンをつけて玉ねぎを刻み始めた。

 背の高い若い美形男子が、ピンクの花柄エプロンをつけてキッチンでハンバーグを作ろうとしている。


 はたから見ると不思議な光景だ。

 今でも夢なんじゃないかと思っている。


 私は勇凛くんの近くに行った。


「どうしましたか?」


「一緒に作ろうと思って」


「じゃあ、混ぜたの形作ってください。俺焼きます」


 ハンバーグも作れる勇凛くん。

 なんて有能なんだ!!


 勇凛くんと並んでハンバーグを作る。

 それがなんだか幸せだった。


 ◇


 二人で出来上がったハンバーグをテーブルに並べた。


「美味しそう!いや、絶対美味しい!」


「七海さんも一緒に作ってくれたんで、美味しいですよきっと」


 私はただ形を作ってただけ……。


 二人で一口目を食べた。


「美味しい!勇凛くん天才!」


「いや、このくらい普通ですよ」


「そんなことないよ!私まともに作れないし」


「これからは俺が作るから大丈夫ですよ。心配しなくても」


 ハンバーグが喉に詰まりそうになった。

 まだ付き合いたてみたいな気持ちなのに、夫婦だという現実が、感情の処理を難しくする。

 二人でハンバーグを食べて、ご馳走様をしたあと、勇凛くんは帰ろうとした。


「明日は大学とバイトなので迎えに行けないんですが、何かあったら行ってください」


「うん、ありがとう。気をつけてね」


 そう言った瞬間、目の前の景色が歪んで視界が狭くなった。


「七海さん!」


 倒れそうになった時、勇凛くんに腕を掴まれて、そのまま二人で倒れ込んでしまった。

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