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#メイドカフェ『雪の妖精』

ある秋の日の放課後。

二年生の昇降口でうちのクラスの下手箱の前に島江さんがいた。僕の姿を見つけると、サササッと走り寄ってきた。相変わらずポーカーフェイスだから実のところよくわからないが、なんとなく全身から嬉しそうなオーラは感じる。


「コウイチ、今帰りカ?」

「ああ、これからグラウンドに寄って文化祭の準備を少し手伝ったら帰る」

「ソウカ、キミもか。ホントは一緒に帰りたいところだが、ウチもクラスの文化祭の出し物の準備があってダナ」

「クラスで何やるの?」

「まあ、鉄板中の鉄板、メイドカフェダ。ウチ(私文)のクラスでガッポリ設けて、打ち上げを盛大にやろうという魂胆らしい」

「……なるほど、毎年私文クラスのメイドカフェは恒例みたいになってて人気があるからな。じゃあ、頑張ってくれ」

「コラコラ、薄情モノ。普通、どんなコスチューム? とか食べ物は何を出すの? とか聞くダロウ?」

「……じゃあ聞くけど、どんなコス?」

「聞いて驚くナ。コンセプトは『雪の妖精』ダ。ちなみにお店の名前も同じダ」

「雪の妖精といえば……あ、シマエナガか?」

「その通り。リレーメンバーにやはり私文クラスのフウカがオルだろう? あの子がリレーのTシャツをいたく気に入ってナ。アレで行こう、というということにナッタ」

「……あれはTシャツだから

 

 ● ◆ ●


 でよかったけど、メイド服じゃそうもいかないんじゃないか?」

「デザインは当日のお楽しみダ。なにせ被服部のクラスメイトが気合い十分デナ、オリジナルデザインで可愛いのを作ってくれるラシイ」

 あまりコスチュームに費用をかけ過ぎるとガッポリ大儲けはできないような気がするが。

「で、食べ物やドリンクは?」

「モチロン、コンセプトは『雪の妖精』ダ」

「何を出すの?」

「オムライスと、ラテアート」

「それも鉄板っていうか、ありきたりのような……」

「まあそう言うナ……そうだソウダ、コウイチを待っていたのは、コレを渡したかったからダ」

島江さんは封筒を差し出した。

開けてみると、オムライス+ラテアートのセット券が入っていた。

「もらっていいの?」

「ああ、オゴリダ……ナポリタンとヤキソバのハーフ&ハーフコッペパンを独り占めしたお詫びでもアル。そのかわり、ウチのシフトの時に来るのダゾ。後で予定の時間をLINEしておくカラ」

「ありがとう、そうさせてもらうよ」

「トコロでコウイチ、キミのクラスは何をやるんダ?」

「うち、理系クラスだろ、メカいじりが好きな奴が何人もいるから、ドローンでレースをやる」

「レース? キケンじゃないのカ?」

「ああ、レース自体はグランド脇のテニスコートを借りるんだけど、ドローンにカメラをつけて教室で操縦するんだ」

「それは面白そうダナ」

そう言えば思い出した。カラオケの帰り、島江さんは『もう一度飛びたい』て言ってたな。

「よかったら、時間があるときに来なよ。操縦させてあげるからさ」

「いいのカ?」

「ああ、以外と操縦は簡単だからな」


それを聞いて彼女はスキップをしながらクラスの方に戻っていった。


 ○


で、文化祭初日。

わが校では、十月の土曜と日曜の二日間で行われる。


ウチのクラスのドローンレースは、機器トラブルや機器調整に手間取り、午前中はつきっきりになって、リアルの競技場であるテニスコートと、操縦席やギャラリー用のモニターがある教室を行ったり来たり。文字通り右往左往した。

昼前になるとドローンの具合も安定してきたので、会場を抜け出させてもらい、私文クラスのメイドカフェがある調理実習室に向かった。


しかし。

調理実習室がある少し前、図書室の辺りから、廊下には長蛇の列ができていた。『ココが最後尾』の立て札を持った男子生徒が、「メイドカフェ『雪の妖精』は、ここから一時間三十分待ちになります」と繰り返している。

これでは到底、午後の僕のドローン当番の時間には間に合わない。午後遅めにもう一度来ようかとも思ったけど、確か、島江さんの出番は、午前~午後一時までだ。


明日にしようと諦めて踵を返したところ。

「おーい、コウイチ!」大きい声で女子生徒が僕を呼んだ。

調理実習室の前で島江さんが大きく左右に手を振っている。

ひょっとして彼女、僕のために席を確保しておいてくれたのかも。


期待しながら彼女のもとに走り寄る。

島江さんはパシっと手を合わせた。

「スマン! せっかく来てくれたんダガ、ご覧の通り、大行列ができてしまってイル。今日は諦めてクレ。明日、必ず埋め合わせをスル。間違っても今日の午後、ウチが非番の時に来てはイケナイ」

「それは残念だな。僕も午後、自分のクラスのをやらないといけないし……それから、えーと島江さん、その恰好……」


行列に並んでいる男子も女子も彼女を凝視し、「キャー、可愛い!」「妖精は実在した」「写真撮らせてください!」声がかかる。


白が基調のメイド服なんて、初めて見た。そして、背中には小さな羽。

フリルだらけのミニミニワンピースにニーハイ。小鳥のフサ毛のようなヘッドドレスにワンポイントのリボン……被服部のみなさん、よくぞここまで頑張った! でもメイドカフェは採算割れが確実ではないだろうか。


「どうだ、なかなかのもんダロ?」

「うん、まあまあ似合ってる」

「何て言っタ?」

「……なかなか様になってる」

「え?」

「無茶苦茶、とびっきりカワイイ!」

「お褒めにあずかり、光栄ダ」

めずらしく彼女の口元がほころんだ……ような気がする。


「忙しそうだけど、午後、ウチの教室に来られるかな?」

「うむ、問題ナイ……じゃあまた後でナ」

そう言って彼女は調理実習室に戻って行った。


僕は、島江さんの晴れ姿を見られただけでも良しとして、購買でお結び弁当を買って自分の教室に戻った。


 ○


ウチのクラスの出し物もなかなかの人気だ。と言っても、教室に来てくれた人はギャラリー席の大画面モニターを介して、クラスの生徒が操縦する二機のドローンのレース観戦するだけだが、マイク内蔵の高画質監視カメラをドローンに搭載しているので、音響といい画像といい、リアルで臨場感がある。


「コウイチ、来たゾ」

教室の入り口で島江さんが手を振っている。

僕は彼女を迎え入れようと廊下に出てみたところ。


「……あの、島江さん、何でメイドコスのまんま? 今日はもう出番はないんじゃないの?」

ココでも周りの人々から大変な反響をいただいている。

「確かに今日はもう非番ダガ、なにせ評判がよくてナ。せっかくだからそのまま着させてもらってイル」

「……まあいいや。どうぞ中に入って」


テニスコート上にリアルで設置されたレース会場のスタート準備が終わるまで、島江さんにドローンの操縦方法とルールを教える。


「これ、ラジコンのコントローラをそのまま使ってるんだけど、左手のレバーが上下、右手のレバーで左右方向をコントロールする」

「スピードは調節できるのカ?」

「ああ、足もとのペダルを踏むと、スピードアップ。話すとスピードダウンする」

僕は島江さんのミニスカの足もとを直視しないようにしてペダルの操作方法を教えた。

「ルールは簡単。テニスコートに立っているポールの外側を通って早く十周した方が勝ち。島江さんのマシンが『ホワイトホーク』、僕のが『ブラックホーク』」

それを聞いて島江さんはビクッと体を震わせた。

「名前が物騒ダナ。もっと可愛い名前にはできなかったのカ?」

「……じゃあ、今回だけ特別に島江さんのは『白い妖精』にしよう。僕のは『孤独なツバメ』でいく」

「おう、それはいいネーミングダ。ボッチのコウイチにもピッタリのネーミングだ」


……そろそろドローンの離陸準備ができたようだ。


画面にカウントダウンの数字が表れた。


十!

九!

八!

七!

六!

五!

四!

三!

ニ!

一!

Lift Off!


“ブーーーーーーーーン”

“ブーーーーーーーーン”



ギャラリー席のみんなも乗りよくカウントダウンにつきあってくれた。


『白い妖精』号がいきなり飛び出した。

すごい出だしだ。

狭いコートのコーナーリングもスムーズ。


“ブーーーーーーーーン”

コントローラを握ったばかりなのに、さすが運動神経抜群の島江さん。

スピードをキープしながら美しい弧線を描いて飛行していく。僕のドローンに積んだカメラから送られてくる映像では、前方の白い機体がどんどん小さくなっていく。

周回遅れは避けたい。焦れば焦るほど、スピードと旋回のコントロールのバランスが乱れる。


「どうだ、コウイチ」

島江さんが余裕を見せてきた。

ギャラリーの応援する声援も、圧倒的に白い妖精びいきだ。


しょうがないな、彼女に軍配を持たせるか、と観念しかけたころ。

異変が起きた。

何か黒い影が、カメラの前を横切った。


その影が『白い妖精』を追いかけていく。

“クゥワアー、カー、カー”

“ブーーーーーーーーン”



“ガシャアン!”

島江さんの操縦する機材の映像が乱れた。黒い物体がぶつかったのだ。


「キャー、何あれ!」

“クゥワアー、カー、カー”

「あれ、カラスじゃん」

「マジで白い妖精ねらってるぞ」

「ナギちゃん、頑張って!」

ギャラリー席から、どよめきと励ましの声が上がる。


当の島江さんはどうしているのか?


“バタン”


彼女はコントローラから手を離し、椅子から転げ落ちた。

「島江さん!」

僕は慌てて駆け寄る。


白い妖精号は、コースアウトし、テニスコートのフェンスに衝突して映像が途切れた。続いて僕が操縦していた孤独のツバメ号も同様にコースアウトし、映像が切れた。


大きなカラスが、白いドローンをガツガツとつついている。


僕は慌てて島江さんを抱き起こした。

「ごめん、いきなり操縦させて、悪かった」

「ハハハ、腰が抜けた……みっともないとこを見せちゃったナ」

「そんなことない……ちゃんとカラス対策をしておくべきだった」

「ヤツは小賢しいからナ。対策は難しいダロウ」

「……保健室、連れて行こうか?」

「そうダナ。今日はもう帰るヨ」


彼女、よっぽど大きなショックを受けたに違いない。

でも、なぜ、そんなにショックが大きいのか?


「送ってくよ」

「この後、まだまだレースがあるんダロ? 一人で帰るからいいヨ」

「いいからいいから」


僕は、彼女をおんぶして教室を出た。


 ○


クラスメイトで、同じリレーメンバーのフウカに島江さんの荷物をバッグにまとめてもらった。それは島江さん本人が持ったが、彼女を荷物ごと僕がおんぶして歩く。


「コウイチにはたびたび迷惑をかけるナ、体育祭の時は抱っこしてもらったし……まさにおんぶに抱っこダ」

「気にすることはないよ。体育祭の時、暑い中無理させちゃったのは僕だし、今日も僕の考えが甘かった」

「マジにコウイチが気にすることはナイ」


島江さんを家に送る道すがら。

すれ違う人々の反応が気になる。そりゃそうだ。男子高校生が女の子を負ぶっていること自体どうかと思うが、その女の子が『雪の妖精コス』なのだ。


「羽の生えたメイドコスの女の子を背負って歩くなんて、コウイチも物好きダナ。変態と思われても仕方ないダロウ」

「……あの、ここで降ろして放置してもいいんだけど」

「ワルイワルイ、冗談ダ。まじにキミには感謝している」

「それはそれは」

「キミがいなかっったら、ウチはココにイナイ」

「……前もそんなこと言ってたけど?」

「いや……何でもナイ」


そうこうしているうちに島江さんのお家に着いた。

そっと彼女を降ろす。

「歩ける?」

「ウン、大丈夫ダ」


ドアのチャイムを鳴らすとお母さんが出てきて妖精コスに目を丸くしつつも、彼女を抱えた。

僕は事情を話し、頭を下げた。


学校に戻ろうとしたところ。

「コウイチ、明日は、文化祭が始まる一時間前に調理実習室に来てクレ」

そう言って少し微笑んだ……ような気がする。

「うん、わかった。でも無理するなよ」

そう言って僕は手を振った。


 ○


翌朝。

島江さんの指定通り、一時間前に調理実習室に入ると、そこにいたのは島江さんだけだった。


「おかえりなサイ。ご主人サマ」

僕はチケットを彼女に渡した。


さっそく料理にとりかかる。

彼女、料理、得意なんだっけ? なかなか手際がいい。


ほどなくして、

「お待たせシマしまシタ。ご主人サマ」

『シマしまシタ』は誤字ではない。多分このお店の決まり文句なのだろう。



まん丸で玉子ふんわりのオムライス。

彼女はそこにケチャップで絵を描いた。


 ● ◆ ●

シンプルだ。


そして、甘い香りの食後のカフェラテ。

ラテアートもシンプルだ。


 ● ◆ ●


あと、顔の両脇に小さな羽のような線画もササッと描いてある。


シンプルだけど。


ポーカーフェイスだけど。


島江さんの真心が感じられて嬉しかった。


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