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ポーカーフェイスの島江さん  作者: 舟津湊


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11/17

#昭和の江戸っ子かよ!

「オヤ?」

「あっ!」


銭湯の暖簾をくぐって表に出た所で彼女と鉢合わせた。

島江さんだ。


「コウイチもココに来たのカ?」

「島江さんのお家もやられたのか。ほんと困るよなあ」


この近くの幹線道路で工事をやっていて、間違って上水道に穴をあけちゃったらしく、大通りは大噴水状態で、見物人が押しかけていた。かく言う僕もその一人だったけど。今も懸命に復旧工事をしている。この季節、風呂に入らないのはきついので、家からちょっと離れた銭湯に来たところ。で、ばったり島江さんに会った次第。


「今日中に水、出るのかな?」

「早く直らないとやばいナ。トイレとかトイレトカ……コウイチん家のお店は大丈夫ナノカ?」

「さすがに花屋は水が出ないと商売にならないから、父さんたちは早々と店を閉めたよ」


僕はじっくりと湯に浸かって、もう帰るところだが、彼女はこれから入るところらしい。

「島江さんは銭湯によく来るの?」

「……ここは、銭湯ではナイ、断ジテ。因みにココは初めてダ」

そう言って入口にかかっている暖簾を指さした。


“西東京ドリーム温泉 ”


確かに。前から思ってたけど、ヘンテコな名前だ。

「じゃあ、温泉にゆっくり浸かっておいで」

また明日学校で、と手を振って家に向かおうとした。


「オーイ」

暖簾の下で彼女が僕を呼んでいる。


「なにかな?」

「……あのダナ、せっかくだから、ここで『……ごっこ』をやらないカ?」

「何ごっこだって?」

「いいからイイカラ。ウチがお風呂代を出すから、コウイチも、もう一回温泉を楽しむノダ」

「いや、風呂代はいいけど、いったい何を?」

「ひとつだけ、お願いを聞いてもらってもイイカ?」

「?」

彼女は僕の耳に手をあて、モショモショと喋り、なんか妙なお願いをされた。


「いいカナ?」

「ちょっとそれ、無茶苦茶恥ずかしいんだけど」

「再び問う。いいダロ?」

同意を求められたというより、半ば強制なのだが……選択の余地はない。彼女の強引さは今に始まったことではない。断ると、どんな反応をするか見てみたい気もするが、その勇気はない。


なんだかよくわからないけど、島江さんの言うがままに再び銭湯、いや温泉の暖簾をくぐり、再び券売機で入浴券を買い、番台のおばあちゃんに券を渡し、男湯に向かった。


「コウイチ、忘れてナイカ?」

「なにを?」

「プレイは既に始まってイルノダ」

あれ?『ごっこ』がいつのまにか『プレイ』に変わってないか?


「わ、わかったよ……『じゃあ、また後でな』」

「よくデキタ。じゃあ、またあとで♥」


脱衣所に入り、再び服を脱ぐ。彼女も今、同じことをやっているんだろうか?

ちょっとドキドキする。


再び洗い場で体を洗う。

彼女も今、同じことをやっているんだろうか?

ちょっとドキドキする。



湯舟に浸かる。


西東京ドリーム温泉と名乗るだけあって、『産地直送、天然温泉の湯』とか『ビリビリ刺激が快感! 電気風呂』『今宵も皆様を夢の世界へ誘うジェットストリームバス』とか、ちょっと怪しいけどバリエーションが豊富だ。

壁画は、お約束の富士山だけど空が妖しい虹色で、『ドリーム温泉』らしく悪趣味な、いや幻想的な雰囲気を醸し出している。


さっき長湯をしたばかりなので、ジェットストリームバスで、段になっている所の上に腰かけ、半身浴状態にした。

彼女は今、どのお湯に浸かっているんだろうか?

ちょっとドキドキする。


壁に架かっている時計を見る。

なかなか針が進まない。


サウナに入って時間をつぶそうかとも思ったけど、今それやると死ぬ。死ななくても銭湯の関係者並びにレスキュー隊員の方々に多大な迷惑をかける。

浅い浴槽に移動して腰かけなおし、足湯状態にする。



そしていよいよ。

約束の時間だ。

僕は持てる限りの勇気をふり絞る。


「おーい、そろそろ上がるぞー」


入浴中のおじいさん、小さい子供達が僕を見る。無茶苦茶恥ずかしい。


少し間を置いて、ややエコーがかかった声が壁の向こうの女湯から返ってきた。


「ゴメンネー、あと五分待ってくれルー?」


『あ、あの女の子の声はコイツのお連れか』と入浴者の注目が僕に集まり、恥ずかしさが倍増した。


でも……壁の向こうに島江さんが存在することをリアルに感じ、僕のドキドキはバクバクに変わった。


壁の隔たりが残念だ。

僕は目をつぶる。


見るんじゃない。感じるんだ。


「おまたセー、上がるカラネー!」

妄想のピークに達した時、再び壁の向こうから声が響いた。


「お、おう、ずいぶんおせーなー」

彼女のお願いでは、このセリフまでが『プレイ』のワンセットらしい。


ノボセ気味でフラフラしながら男湯を出た。


服を来て男女共用の広間に行くと、彼女がめずらしく嬉しそうにしながら待っていた。


「コウイチ、ありがとう。楽しかったナ」

「えー、やっぱりすごくハズカシかったんだけど」


上気して、いつもに増してピカピカ光る彼女の頬っぺたに、またドキドキした。


彼女は両手を差し出した。

「赤と白、どっちがいいカ?」

「え?」

「ハイ、ご褒美ダ」

左右それぞれの手には、赤城しぐれの赤と白のカップ。

僕は練乳ホワイトを選んだ。


ベンチ席に並んで座り、食べる。

お風呂によるノボセは治ってきたが、別の意味でノボセが収まらない。


「コウイチ、たまにはこういうのもいいもんダナ。どうだ、毎週木曜日は『西東京ドリーム温泉の日』にシテハ?」

「なぜ木曜?……それに銭湯代五百円を毎週はちょっときつい。せめて月イチにして欲しいな」

「ワカッタ。その代わり、今日やったプレイは必須とシヨウ。それがウチたち二人の温泉ルールダ」

「エエー!」


赤城しぐれを食べ終わると、彼女は僕にもたれかかった。

「ちょっと、のぼせたかもシレナイ」

そうだ、確か島江さんは、暑さには弱かったはずだ。

僕は足先で扇風機をこちらに向け、彼女に風があたるようにした。



銭湯を出て、途中まで一緒に帰る。

次の曲がり角で僕は右に曲がり、島江さんは左に曲がる。


「じゃあ、また学校で」

「またナ、コウイチ。『昭和の江戸っ子夫婦のプレイ』、楽しかったゾ」

「え⁉」


彼女、こんなプレイ、どこで仕入れてきたんだ?


手を振って珍しく笑っている彼女の歯と唇。街灯に照らされ、イチゴのしぐれで、淡くピンク色に染まっていた。


今夜は島江さんに何度もドキドキした。


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