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「ルーク、こちらがフロールだよ。フロール、この子が僕のルーカスだ」
レネが言っていた通り、フロールが来ると宣言してから三日目の昼時、隣国の商人だというフロールがやって来た。
自分のものだと平然と言い放つレネに羞恥で目眩がしたが、ルーカスはなんとか平生を装い、目の前に座る青年に「ルーカスです。よろしくお願いします」と挨拶した。
応接室、ルーカスとレネが座るソファーの向かいに座るのは、二十代前半から半ば頃の青年だ。栗色の髪に紫紺の瞳、背が高くがっちりしている。丸い目が愛らしく、笑うと片えくぼができる。人好きのする、愛嬌たっぷりの笑顔が眩しい。しっかりした体躯と背の高さを持つが、威圧感は全くなかった。
「フロールだ。話には聞いてるよ。結婚おめでとう」
フロールに満面の笑みと共に結婚を祝われ、狼狽えたルーカスは、ちらりと隣のレネを見やった。
話に聞いている、とはどういうことだろう。何らかの手段でレネがフロールに伝えていたのだろうか。だとすれば、フロールにどの程度のことを伝えたのか。
レネとルーカスが結婚したというのも、やむを得ずそのふりをしているというだけなのだが、フロールがその点に触れずただ祝いの言葉を口にしたということはふりであることを知らないのだろうか。
ルーカスはレネの表情からどう答えればいいかの手がかりを得ようとしたが、レネはルーカスの視線を受けて小首を傾げ、とろりと蕩けそうなくらい甘い笑みを向けてくるだけだ。ルーカスを愛でる気持ち以外の何も伝わってこない。
じわじわと広がり始めるよくわからない熱で、顔が熱い。赤面している予感がして、ルーカスは咄嗟に俯き、どうにか答えなければと口を開く。
「あ、ありがとう、ございます……」
悩んだ結果、ルーカスはぎこちなく礼を言う。他に何も言いようがない。
「レネ、随分と可愛い子じゃないか。ちゃんと大事にしないと駄目だぞ」
「もちろん、大切にしているよ。ね、ルーク?」
頼むからここで話を振らないでくれ、と心の内で叫びながら、ルーカスは頷いてみせる。いつもよりレネの声音が甘いのも気のせいではない気がして、頭を抱えたくなる。
「俺、邪魔になってないか?」
フロールは堪えきれないとった様子で笑い出す。
「そんなわけないじゃないか。ところで、きみは変わりなかった? 元気?」
「ああ、元気元気! この通り凄く元気だ!」
それはよかった、とレネが微笑む。
「たくさん持ってきてくれてありがとう。大変だっただろう?」
「全然大変じゃない。レネのおかげでここに来るまで安全だし、わざわざ道中の宿泊用の小屋だって建ててくれただろ! ゆっくり休めるから最高だぞ」
レネとフロールはルーカスを交え、その後もたわいない会話を交わした。
「それじゃあ、今回お願いする分を見てもらおうかな」
「ああ」
(今回お願いする分?)
レネの言葉に疑問を感じつつも、ソファーから立ち上がったレネとフロールについて行く。
二人は、三階のレネの画室になっている部屋へと向かう。室内に足を踏み入れた途端、一枚の絵に目が吸い寄せられた——星空を背景に、嬉しそうに笑うルーカスの絵だ。
(う、わ……)
思わずその場でぴたりと足が止まる。こんな風に笑っていたのか。随分と緩んだ笑顔だ。
それより、この絵を見ていると、まるで『大好き』だと語りかけられているような気分になる。レネの全力の好意——ルーカスに対する愛情が一筆一筆に込められているかのようだ。妙に気恥ずかしくなって、絵から目を逸らす。
しかし、目を逸らした先にも、ルーカスの絵があった。真剣な面持ちで本を読むルーカス、美味しそうに目元を緩ませて食事を口いっぱいに頬張るルーカス、窓辺に佇み外を眺めるルーカス、居間のソファーで寝落ちするルーカス。線画のみの描きかけの絵もあって、そこには、寝台の上で物凄い寝相で眠るルーカスが描かれている。
眠っているところを見られていたという羞恥もさることながら、日常の些細なことまでよく見られていたことがわかって、猛烈な羞恥にうめきそうになった。
おまけに、どれもこれも、レネがルーカスのことをいかに愛しいと思っているのかが伝わってくる。絵で告白されているかのような気分になる。
(違う、多分、そういうのじゃない)
動揺を押し殺し、自分に強く言い聞かせる。これは、恋愛感情などではない。レネはルーカスを、庇護対象だと思っているだけで、いわば自分が面倒を見ている小さな子どもに親愛の情を抱いているのと一緒だ。そう、決して、恋情などではない。勘違いしては駄目だ。
「今回はこっちの……この辺りの絵を持っていってくれるかな」
「わかった」
「……絵を持っていく?」
聞こえてきた会話に、思わず口を挟む。
「話してないのか?」
フロールはきょとんとした後、レネに問いかける。
「そういえば話してなかった」
レネは頷いて、申し訳なさそうに言う。
「俺が説明しても?」
「いいよ」
レネの許可を得て、フロールがルーカスに向き直る。
「レネは俺の国でもこの国でも凄く有名な画家でもあるし、作家でもあるし、彫刻家でもあるし……他にも沢山……まとめると、まあ、なんていうか他分野で活躍する芸術家なんだ。それぞれの分野ごとに名前を変えて活動してる。ざっくり言うと、俺はレネの作品を仕入れて売って、そのお金でレネに必要な物資を提供してる、って感じかな」
「なるほど……」
各部屋を周り、今回持っていってもらう作品を見て回るレネとフロールにルーカスも付き添う。そこで、レネが小説も書いていることを知り、しかも作家名が知っている名前であったために心底驚いた。
さらに、ルーカスはあることに気がついた。レネとフロールの距離は、レネとルーカスほど近くない。
レネとフロールがどのくらいの付き合いなのかはわからないが、気安い関係であることは見ていてよくわかる。だが、レネは一定の距離を保ってフロールに接している。
(レネは他人との距離が近いわけじゃない……?)
ルーカスに対して、レネは初めから距離が近かった。それは今も変わっていないどころか、日に日に距離が近くなっていく。一体、どういうことなのだろう。
(俺にだけ、距離が近い……?)
どうしてなのかを考えるよりも先に、ぶわりと顔面に熱が集まる。
「ルーク? どうしたの?」
顔が赤くなっている予感がして、どうにか二人に顔を見られないようにしようとしたが、一足遅かった。レネが気遣わしげに顔を覗き込んでくる。その距離の近さに、ルーカスはますます赤面してしまう。
「な、何でもない! 大丈夫だから!」
勢いよく首を横に振り、じりじりと後ろに下がる。
レネは怪訝そうな表情をして首を傾げたものの、ひとまずはルーカスの大丈夫だという言葉を信じたようだ。「ならいいんだけど……」と覗き込むのを止めてくれたのだった。




