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「あ、来るみたいだ」
早朝、ルーカスがレネの髪をとかしていると、唐突にレネが呟いた。
「来るって、何が?」
「フロールだよ。前に話しただろう? 隣国の商人に食料やら何やらを定期的に持ってきてもらっているって」
「ああ、そういえば……」
確かにそんなことを言っていた。しかし、今はそれよりもレネの反応が気になった。
先程のレネは、事前に来ることがわかっていたというよりは、たった今来ることがわかったかのような言い方をした。レネに何も変わったところは見受けられなかったが、どうやって来訪を知ったのだろう。
「どうして来るってわかったんだ?」
「この雪原は僕の管轄下にあるからね。何がが雪原に踏み込めばすぐにわかるよ」
「じゃあ、その……フロールって人が雪原に入ってきたってことか?」
「そう。それに、僕の精霊石も使ったみたいだからね。余計にすぐわかるよ」
そのフロールという人物にも精霊石を渡しているということは、レネが信頼している人物だということに他ならない。
カルミセ国の大多数の人々は、レネに対して『西部を雪に沈めた悪しき雪の精霊』などという偏見を持っているが、フロールはそのようには思っていないに違いない。
「そのフロールっていう人は、どんな人なんだ?」
「元気で明るい子だよ。きみともすぐ仲良くなれるんじゃないかな。二、三日で来ると思うから、フロールが来たら紹介するね」
「わかった」
カルミセ国と隣国のムルタン国は、過去に何度か小競り合いはあったものの、今では友好国となっている。人々の往来も盛んで、国境の検問も必要以上に厳しいということもない。互いの国に優良だと認定された商団や商人は、二国間を自由に行き来できるという話も聞いたことがあるくらいだ。
ムルタン国の商人であるフロールが、ムルタン国側から直接来るのか、西部を迂回する形でカルミセ国側に入り、そこから西部に来ようとしているのかはわからない。いずれも、ここベルデアまでは二、三日かかるというから、結構な距離があるのは確かだ。
専門書であれば話は違うのかもしれないが、ルーカスが知りうる限り、一般人向けのものでベルデアが西部のどの位置にあるのかを記した資料は残っていない。どの書物でも、西部はただ『西部』とだけ記され、一括りにされている。
一般人には、ベルデア以外に西部にどんな街があったのか、地名ですら知る機会がない。知ろうとする者すらいない。多くの者にとって、『西部は雪の精霊が支配する雪原』とだけ知っておけばそれで十分だし、関わる必要もない上、生活する上では全く関係ない地域だ。だから、西部について知ろうとする者は少なかった。
「今日は三つ編みにしてくれるかな。この飾りを一緒に編み込んで欲しいんだ」
のんびりした口調で言い、レネが懐から飾りを取り出す。翠色の紐と細い金色の紐とで編まれていて、そこに宝石のように輝く細かな黄色の石が散りばめられた綺麗な飾り紐だ。ルーカスの髪と瞳の色を彷彿とさせる色合いだ。
(——まただ。また、この色)
じわじわと込み上げる羞恥に頭を抱えたくなって、ルーカスは心を落ち着かせようと一度深呼吸をした。
レネは髪飾りや装飾品も自分で作る。ルーカスと共に生活するようになってからはルーカスの髪色と瞳の色を彷彿とさせる色合いのものを次から次へと作り続けていた。
「えっと……見たことない飾りだけど、また作ったのか?」
「うん。きみの髪と瞳には及ばないけど、これはこれで綺麗だろう?」
危うく口から変な声が出るところだった。ルーカスはかろうじて黙る。
(わかってて、あえて作ってたのか……!)
てっきり、無意識にルーカスの髪色と瞳の色に似た色を選択しているのだと思っていた。しかし、どうやらレネは、ルーカスに似た色をあえて選択していたらしい。
おまけにさりげなく髪色と瞳の色を綺麗だと言われ、あまりの照れ臭さに暴れ出したくなる。
レネが自分の色を纏うことが不快なわけでも嫌なわけでもない。だが、羞恥でどうにかなってしまいそうだった。今、ルーカスが感じているこの気持ちを、レネにどう伝えればわかってくれるのだろう。
ルーカスは必死に考え、それから言う。
「レネ、その……俺にも作ってくれないか? レネの髪と目と同じような色の……俺も身に付けたくて……」
悩んだ結果、真っ先に思い浮かんだのは、ルーカスがレネと同じようなことをすれば、毎日のように自分の色を身につけられる照れ臭さがレネにも理解できるのではないかということだった。深く考えず、思い浮かんですぐ口に出してしまった。
レネはくるりと振り返り、花が綻ぶように笑った。かと思えば、両手でルーカスの頬を包み込んで引き寄せ、額を合わせる。
「もちろんだよ。きみに似合うものを作るね」
レネがあまりにも嬉しそうに笑うのを見て、ルーカスは動けなくなる。
逆効果だった。冷静に考えると、ルーカスが自分の色を身につけることをレネが照れ臭いと感じるわけがない。元々距離が近いレネが、その程度で照れるわけがなかったのだ。むしろ、物凄く喜んでいる。
「レネ、離して。髪、まだ途中だから」
ごくりと口内の唾を飲み込み、一息ついてからやっとのことで離すように言う。
「ああ、そうだったね。ごめんね」
レネはあっさりと手を離した。正面に向き直り、ルーカスに背を向ける。
ようやく落ち着き、ルーカスは再びレネの髪をとかし始めた。
「きみが可愛すぎてめちゃくちゃにしたい」
レネがぽつりと溢した言葉に、ようやく落ち着いた心が一気に乱れる。
(め……っ!? めちゃくちゃにしたい……!?)
レネが『撫でくりまわしたい』というような意味で口にしたであろうことはそれとなく想像がつく。
そう、想像がつくのだが、どうしてその言い回しをしたのか。全く別の意味に聞こえてしまって、ルーカスは激しく動揺する。
「やっ……やめて……頼むから……俺が可愛いのは、わかったから……」
どういう意味で言ったのかを追求して、藪蛇になるのはごめんだ。迂闊につついたら何が出てくるのかわかったものではない。
しどろもどろになりながら、やめてくれと頼み込むのがルーカスにできる精一杯だった。




