月的なサムシング
七技はある男を探しているために旅をしている。それを改めて知る話である。
七技は街を見下ろす丘の上に立ち、満月を見上げていた。
遥か眼下には、街の明かりがちらちらと瞬き、自動車の音や人のざわめきが、まるで別の世界のように遠くに響いている。
「……ここだけは、静かだな……」
腕の紋様はまだらに輝き、次の世界への扉は開かない。
「もう少しかかるか…」
そうつぶやくと、ただ月だけが、都会の喧騒をよそに、白く澄んだ光を一人に降り注いでいることに気づく。
その光を浴びていると、ふと遠い記憶が胸をよぎった。
もう戻ることのない、自分のいた世界。
何も特別なものはなく、ただ穏やかな日々。
いつも隣にいた、結婚を約束した人。
「……ふっ……」
思わず、彼女の笑みを思い出す。
あの日も、こんな満月の夜だった。
「月、綺麗ね。」
二人で同じように丘の上に立ち、何も言わず、ただ同じ月を見ていた。
「いつまでも、こうしていよう」—— そう、固く誓い合った。
それが、永遠になった。
彼女はもう、いない。
どれだけ月を探しても、あの温もりがこの世界に届くことはない。
遠くの街の音も、明かりも、あの頃とは違うものなのに、月の光だけが、あの日とまったく同じように、ただ静かに降り注いでいる。
「……月が、同じなのは、せめてもの慰めだな」
七技は想いを胸の奥にそっとしまい込み、もう一度、遠くの街と月を見比べた。
涙も、声も、決して見せはしない。
ただ、すべてを飲み込んで、いつものように静かに生きていく。
やがて夜が更け、腕の紋様が鮮やかに輝き始めた。
次の世界への扉が、開かれたのだ。
七技は最後にもう一度、月を見上げると、何事もなかったかのように扉へと足を踏み出した。
「さて、行くか。」
まるで何もなかったかのように。
だがその背中は、あまりにも静かで、そしてどこか儚く見えた。
――その後、丘の上の見晴らしのいい場所には、一輪の白い花が、そっと置かれていた。
誰がいつ置いたのか、誰も知らない。
ただ、遠くの街の音に紛れながら、月明かりだけが、その花を優しく照らし続けていたという。
婚約者の名前は…決めていない。




