ちーちゃんと呼ばれていた子供みたいになりたくて、自分の名前をちーちゃんにした魔王の話し
色んなところがふわっとしてるので、そういうのが嫌いな人には向きません。
書きかけのものを修正して、短編としてあげました。
私はいつも思うのです。
魔王である私が、愛されたいと思うのは罪なのでしょうか?。
生まれた時から、私には力がありました。
生まれた時から魔王で、人間のように父も母もない私には、生まれたときから外敵から身を守る力だけがあった。
自由にそれを使うだけの知恵も、生まれたときから持ち合わせていました。
生まれてすぐに、世界を支配することすら可能だったでしょう。
でも私はその力を使いませんでした。
お腹がすいても魔王の力が勝手に私を生かすので、何かを殺して食べることをしません。
無闇に争いたくもなかったので、誰とも出会わない暗くて湿った山の洞窟の中で暮らしていました。
しばらくすると、自然と溜まっていった力でいろんなことが出来ることがわかったので、世界を覗き見していました。
人間の姿を見つけて、興味の対象が自分とよく似た姿の人間ばかりになるのに時間は掛かりませんでした。
私はずっと人間が羨ましかった。
私ぐらいの小さな子供には父親と母親がいて、子供が泣いたらすぐにその傍にかけつけて慰めようとするのです。
私は泣いても一人でした。
誰もそばによってきてくれません。
暗い洞窟の中で一人だけ、魔王の力によって生かされていました。
お腹がねじ切れるほどの空腹を抱えながら、私は人間を観察し続けました。
子供が悲しそうに泣くと、母親は乳房を吸わせていました。
乳房からは栄養満点の液体が出ているようで、子供がしばらくそれを吸うと満足げ笑ってすやすやと眠りだしました。
子供の母親はそれを温かい目で見ています。
色々と見ていくうちに、母親が子供を育てない場面も何度か目にしていました。
それでもパターンとしては極少数で、基本的に母親が優しく子供を育てていましたし、そうでなければ父親が、そうでなければ他のものが子供を育てていました。
泣いている子供には、だれかの優しい手が差し伸べられていました。
私は一人でした。
魔王だから一人でした。
人間と関わろうにも、私が生まれたときからそなわっている知識と、生まれた時から私のものである黒い本の知識によって、人間と関われば魔王として殺されるだけという現実が分かっていました。
だから私は、人間と関わりたくても関わらないままずっとその暗い洞窟の中で、人間をうらやむだけの生活をしていました。
生活が変わったのは、私の魔王としての力が成長して、人間の預言者が私の存在を察知したからです。
すぐに人間達は私を狩りに来ました。
逃げようと思えばいくらでも逃げることは可能でした。
でも私は逃げようとは思えませんでした。
ようやく人間と関われる。
その思いだけに囚われて、私は大人しく人間達に捕まりました。
それから何度も人間達に殺されました。
歴史上ではこれまでも何人もの魔王を人間達は殺してきたみたいで、それと同じやり方で私は何度も殺されました。
刃で全身を突かれて、体を縛られたまま火あぶりにされて。
ありとあらゆる方法で殺されましたが、私はその度にあふれるほどの魔王の力で再生しました。
どんな方法でも死なない私に、人間は恐怖しました。
なぜなら魔王が十になる頃には、その強大な力が魔王という器から溢れ出し、世界を滅ぼすからです。
それは人間の預言者が神のお告げにより知ったことで、また私の魔王としての知識もそのことを肯定していました。
だからわずかながらに許された生を楽しむために、魔王には生まれたときから圧倒的な力と、それを自在にふるうための知識を与えられるのです。
まあ最後には、神のお告げを聞いた人間に殺されるか、人間が不甲斐なければ神がしゃしゃり出てきて殺しにくるのですが。
そういう事情を、どこまで人間が知っているのかはわかりません。
けれど一部の人間は断片ながらこちらの事情を知るのでしょう、だからそういう提案をしてきたのだと思います。
お前が世界を壊すまでの二年間、その生が満足できるよう手助けしよう。
だから二年後には満足して死んで欲しい。
世界を滅ぼす前に、死んでほしい。
いっさいの対話なく私を殺し続けてきた人間が、最初に語りかけてきたのが二年後に死んで欲しいという嘆願でした。
私の中の魔王の知識は、最初から牙を剥いてきた人間に対して慈悲をかける必要はないという結論を出していましたが、私自身はその言葉に素直に頷いていました。
死んで欲しいといわれたのは悲しかったし、対話なく殺され続けたのは苦しかったけれど。
生きてもいいと、羨んできた人間にいわれたのが嬉しくて。
どうせ死ぬ命なら心から満足して死にたいと、そうも思って。
私は二年の間に生に満足して死ぬことを、人間と約束したのです。
欲しいものに父と母を望んだ私に、人間は魔王には父も母もないと一笑し、変わりに世話をする係りを一人つけると約束しました。
そして世話係とともに与えられたのは、町から離れた森の中の大きな屋敷。
洞窟で暮らしていた私には、生活のために与えれたもの全てが新しく、また始めて食べた料理というものは、胃袋と体を暖めて心の中に感動を与えてくれるものでした。
嫌々ながら仕事をしているという世話係の態度には傷つきましたが、世界を滅ぼす魔王相手に、好意的になる人間など存在しないと無理やり自分をなっとくさせて、悲しみに溺れる心を引っ込めてよろしくお願いしますと笑って言いました。
それから私は、能力で覗き見ていた人間の世界に足を踏み入れていったのです。
行く場所行く場所で、傷つく言葉をなげかけられます。
世界を滅ぼす魔王だから仕方がないのですが、やはり悲しくて涙がこぼれます。
でも肉眼で見る、子供と母親と父親というのはやはり私にとってはすごく特別なもので。
頭の中で、父親と母親に真ん中で笑顔を向ける子供を自分と差し替えて想像するくらいは、許されると思うのです。
その最中に事件が起きました。
普段は現れないという大型の魔物が、私が出歩いていた村を襲ったのです。
泣き叫んで震える子供が、さきほどまでの笑顔を見せなくなったので、私は悲しくなって暴れる魔物を魔法を使って倒しました。
それは魔王である私には、欠伸をするほどに簡単なことだったのです。
とっさにつかったのが雷の力で、大きな音を立てて魔物を倒したので、また何か言われると思ったのですが、人間達が呆然としている間に、泣いている子供がかけよってきた言いました。
あの怖い化物から助けてくれてありがとう、と。
その言葉に、私の心の中に溢れ出した気持ちをなんと形容していいのかわかりません。
屋敷に帰ってからも、頭の中は昼間のことでいっぱいでした。
子供に言われた言葉を何度も反芻するうち、私は自分の望むこと自分の人生に満足する方法を知りました。
私は人間に感謝される魔王になりたい。
人に感謝されて、できればただ一人の人で良いから誰かに必要だと言われる存在になりたい。
次の日からの私の行動は迅速でした。
世話係の人に思いきって聞いてみたのです。
昨日みたいな魔物がいっぱいでるところに心当たりはありますか?っと。
それから私はありあまる魔王としての力を使って、人々の役にたつために必死になりました。
魔物を倒すことから始まり、治水に協力したり、橋をかける手伝いをしたり。
最初の頃は、とまどいながらも感謝の言葉を言ってくれる人たちがいました。
だから私はがんばりました、がむしゃらにがんばりました。
でも一年も経つ頃には、‘魔王がいるせいでこの世界はこんなにも生きづらいのだから、魔王が人々に貢献するのは当たり前だ’そういう風潮が出ていました。
みんな私が魔王としての力を振るうのを‘当たり前’だと思うようになっていったのです。
四六時中魔王としての力を使い続けた私の体は、ぼろぼろになっていきました。
今だったら、きっと一度殺されてしまうだけで死んでしまうことでしょう。
それは私をずっと近くで監視し続けている人たちには一目両全だと思うですが、それでも私を生かしているのは約束の二年が過ぎていないからか、‘魔王の力を人のために使う私に利用価値を見出しているか’のどちらかなのでしょう。
そんなある日のことでした。
「なぜそんなにがんばるのですか?」
世話係の………一年前からずっと私の食事を作り続けてくれているロダンさんは聞いてきました。
「あなたが頑張った所で、心から感謝してくれる人などもうおりません、力を使ってあなたが弱っていくのを影で喜ぶばかりです」
わかっていることをロダンさんは聞いてきました。
「そんな人間のために、なぜあなたはそうして頑張るのですか?」
わかっていたのです、そんなことは私も分かっていたのです。
「だってっ頑張らなきゃっ誰も私を見てくれない!」
枯れ果てていた涙が、次から次へとあふれ出てきます。
「ちょっとでも少しでもいいから好きになって欲しいから!今はだめでもわかんないじゃないですか!最初はいっぱいありがというっていってもらえて、だから」
ほんの少しでも好きになってもらえたらいい、ちょっとでも嫌いが少なくなったら良いだから最後の瞬間ぐらいは。
「みんなの役に立って、だれか一人にでも、必要としてもらえたらって!」
苦しかったのです、対話もなく殺され続けた日々よりずっと。
最初にありがというと言われてから、人々に感謝してもらえると必要としてもらえると、頑張り続けた今日までの一年がこれまで生きてきた中で一番に苦しかった。
だって私は生まれて初めて期待したのです。
人間に必要としてもえるかも知れない、万が一にでも愛してもらえるかもしれない、ずっとずっと期待していたのです。
「もう私は一人じゃなくなるかもって、だから!」
頑張らないで生きるのは、期待しないで生きるのはもう無理だった。
でも望むのは期待するのは、期待していなかった時よりずっとずっと辛くて悲しくて苦しくてきっと死んでしまうほうがずっと楽でっっ。
だからがむしゃらに頑張りながら、魔王としての力を削るように力を使っていたのです。
私を殺したいと思う人たちが、私を殺しやすいように。
「だったらもう頑張らなくてもいいです」
ロダンさんが私の肩に手を置いて、目を合わせて言いました。
「私があなたを好きになりました」
その目は優しく私のことを見つめていました。
「だからもう傷つかないでください」
子供を見る母親と父親と同じような優しい目で、ロダンさんは。
「あなたはもう、一人じゃない」
私のことを見てくれたのです。
それからぎゅっと抱きしめてくれました。
二本の腕が私の体を包み込むように抱きしめて。
頭がロダンさんの心臓のところに押し付けられました。
激しく脈打つ心臓の音が耳に響いて。
生まれて初めて、ここにいてもいいのだと安心感を覚えたのです。
それからの日々は夢のようでした。
目が覚めたら自分のことを好きな人がいるのです。
夢じゃないかと疑って、起きてすぐに朝食を作るロダンさんにかけより。
「おはようございます!」
その茶色の目がこちらを優しく見つめるのを見て、ぽかぽかした頭で理解するのです。
夢じゃない!。
夢じゃないのだ!。
私はこの人に、愛されているのだ!。
その瞬間にいつも思うのです。
今すぐ死んでしまいたい!きっと私は今死ねたら生まれてきてよかったと思いながら死ぬことが出来るから。
幸せなこの一瞬のままに死んでしまいたい!。
でもそういう気持ちが伝わるのか、ロダンさんは少しだけ顔をしかめると私の体を持ち上げて椅子に座らせ、しっかりとご飯を食べるように促すのです。
私にきちんと生きてくれと、そう望むように。
それでも魔物退治の仕事は、私はこれまで以上に頑張りました。
他の仕事はもうしたくないと断って、そのスケジュールを埋めるように魔物退治の仕事に割り振りました。
他の仕事を断る時に嫌な顔をされ文句を言われましたが、私は別にその人にどう思われてもいいから気にしませんでした。
私にはロダンさんがいるからです。私のことを好きだといってくれたロダンさんがいるから他の誰に嫌われていようと、どんな風に思われようともどうでもいいと思えました。
だからロダンさんが傷ついたり痛んだりする可能性のある魔物だけは、私が生きている間にすべて駆除する勢いで頑張ろうと思いました。
私がいなくなってからも、ロダンさんには幸せになって欲しいと、そう思ったからです。
ロダンさんのために力を振るうとき、私は確かに自分が満たされていると感じました。
ロダンさんの危険を排除できる魔王の力を、魔王の自分を、私はその時初めて肯定できたのです。無力な人間でなく強い魔王に生まれたことを心の底から喜べたのです。
私はその時初めて生きていることを楽しんでいたのです。
だからその裏で、ロダンさんが苦しんでいるなんて想像もしていなかったのです。
人に愛されるというのがどういうことか、魔王として‘死ぬのがあたりまえ’の私にはロダンさんの痛みや苦しみが。
想像できなかったのです。
だから思いつめた表情で。
「…一緒に逃げましょう」
ロダンさんが人の世界から逃げようと言ってくるのを、私はどうしても不思議な気持ちでながめることしかできなかった。
大好きなロダンさんの言うことだから、私は言葉に従い人間の世界を出るための準備をしました。
といってもかたわらの黒い本を持ち上げるだけで、私の準備は完了するのですが。
「どこに行きますか?どこへでも飛べますよ?」
「出来るだけ魔王の力は使わないほうが良い、馬車を用意してあります、ついてきて下さい」
私の世話係をしているだけあって、ロダンさんは監視の穴に詳しかった。
誰にも見つかることなく、王都を出て町や村をすり抜けて辺境の地を私達は目指しました。
きりきりと神経を尖らせるロダンさんとは裏腹に正直私はわくわくしていました。
ロダンさんと二人きりの遠出は初めてだったので、同じ部屋で違うベットに寝ることが新鮮だったり、同じテーブルで顔をつき合わせて食事が出来たり、旅を始めて数日で何十回と生まれてきてよかったと思いました。
幸いに私もこの一年で自分の魔力を隠す方法を覚えたりしていたので、魔力探知で探られることもなく、またロダンさんの選んだルートが良かったのか一度も追っ手に見つからないまま辺境の村に私達はつくことが出来たのです。
でもそこには王都の軍が先行していました。
私には遠見が出来るので、鉢合わせする前に森に隠れたのですが、いつまでも森の中に隠れているわけにも行きません。
私はロダンさんを説得することにしました。
今のまま出頭すればまた元の生活に戻れると、私の力は有用だからロダンさんに酷いことは絶対にさせないと豪語しました。
ロダンさんは私を抱きしめて言いました。
「あと数ヶ月であなたは絶対に死ななければいけない、それ以上のひどいことなんてありません」
ロダンさんは震えていました、肌寒さに凍えているのではないことぐらい魔王の私にも分かりました。
ロダンさんは私を殺させたくなくて逃げようといってくれたのだと、私はようやく理解していました。
「ロダンさんはいつだって私の欲しい言葉をくれます、百回死んでもちゃらになるぐらいの幸せです。この幸せは何回私を殺したって誰にもとりあげることはできません」
私は初めて、抱きしめてくれるロダンさんを抱きかえしていました。
心だけではなく魂まで満たされているような、幸福感でいっぱいでした。
「後もう一回くらい死んだって、ロダンさんがくれた幸せには敵わないのに、ひどいことなんてなにもありません」
私を抱きしめるロダンさんの腕の力が強くなりました。
そしてそのまま私の肩口に額を押し付けると、声を殺して涙を流しました。
私のせいでないているのだと私のために泣いているのだと思うと、心の奥のところがぎゅっと痛みました。
痛いのにそれが唇をかみ締めるぐらい嬉しくてたまらなくて、私は思わずこどもを撫でる母親のようにロダンさんの頭を撫でていました。
それは大人の男の人にやる動作ではないのを理解していましたが、私の中で一番愛情を愛しさを伝えられると思う動作がそれだったので、何度も何度も私はロダンさんの頭を撫でました。
この心の中のぽかぽかした体を芯から温めくれる思いが少しでも伝わるように。
「私は大丈夫です」
「ひどいことなんてなにもありません」
「ロダンさんが私にくれたのです」
「暖かくて幸せなものをたくさんくれたのです」
「私は幸せでした」
「死んでもいいんです、それでロダンさんに未来を与えられるなら」
「ありがとうございます、私のために誰が泣いてくれるなんて夢にも思わなかった」
「私は幸せです。あなたがいてくれたから」
何度も何度も言葉を重ねる私に、ロダンさんは泣きながら言いました。
「もっとわがままになってくれ!」
「生きたいと言ってくれ!世界中の生き物を殺してでも!」
「なんでお前が死ななければならない!?不幸になるべきやつはもっと他にいっぱいいるだろ!?」
「生きてくれ!頼むから死なないでくれ!、今が幸せなら俺といるだけで幸せというなら死ぬまでずっと一緒にいてやるから!」
「そんなに簡単に生きることを諦めないでくれ!」
私が生きていくことは、他の全ての生命の不幸を願うことだということはロダンさんにも分かっているはずでした。
そこにはロダンさんも含まれます。
だからロダンさんが私に生きろというのは、私には非現実的で実現が不可能なことを願う子供のようなわがままのように思えてならなかった。
それでも泣きながら私に生きて欲しいと願うロダンさんに、私は愛しい愛しいと声も言葉もつまらせて泣きました。
嬉しくて嬉しくて泣きました。
生まれたときからずっと死ぬことだけを望まれた私に、生きることを望んでくれた。
私のために生きて欲しいと泣いてくれるロダンさんが、私にとっては私が生きた意味の全てに思えた。
だから私はロダンさんに呪いをかけたのです。
ロダンさんの記憶から私が消える呪いを。
ロダンさんに幸せな出会いがあって、この先で唯一と決めた人と一生幸せになれる。
そんな呪いを。
私の思うわがままは、思い願うことは一つだけでした。
私のことを愛してくれたこのただ一人の人が、この先もずっとずうううっと幸せに生きられますように。
その隣に私がいなくてもかまわなかった。
大切な人が幸せになってくれるなら、私に一生分の幸せを与えてくれた人が幸せになるなら、私も幸せだとそう思えたのです。
私は、私の記憶を抜いたロダンさんを私を捉えにきた兵士の人達に丁重に託しました。
それから大人しく出頭してきちんと死ぬことを約束するかわりに、ロダンさんに刑罰が及ばないように強く頼んだのです。
「ロダンさんに酷いことしたら、地獄から甦ってきて世界を滅ぼします」
私の、魔王の処刑の日は一週間後に行われることになりました。
本来は後二ヶ月ほど猶予があるのですが、私から処刑の日を早めてもらえるように頼んだのです。
世話係のロダンさんのおかげで、人生に満足してきちんと死ねるので、これ以上長引かせる意味はないと。
一度逃げ出したので、住居は今までの森の屋敷なのはかわらないものの、以前とは違い何人もの兵士が私の監視につくようになりました。
普通の人間の兵士が、魔王である私を止めることはできはしないので、何かあった時に報告する役目みたいです。
その代わりのように、ロダンさんは私の前から消えていました。
刑罰は免れたものの、私を逃がそうとしたロダンさんが世話係でいられるわけもなく、またそれにより彼が不幸になることを私が許容しないと断言したので、とりあえずロダンさんは一時措置として実家に帰ることになりました。
私がロダンさんから私の記憶を抜いたことにより、人間のひとたちが欲しがる情報が彼から抜け落ちていたのも、あっさり実家に戻された理由の一つです。
彼はわけもわからないまま実家に戻されつつも、私と逃げ延びた時とは違いとても落ち着いていました。
初めて出会った時から思い出しても、ロダンさんがとりみだしたり感情的になっているところを見たのは、私に関することばかりだった気がします。
それはうぬぼれがすぎるかなと思いつつ、私は処刑の日までの一週間ずっと遠見の魔法でロダンさんを見て過ごしました。
私の記憶を抜いたロダンさんは、自分に何があったか人づてに聞いていた。
いわく魔王の私にそそのかされて逃亡の手伝いをした。
魔王の私に玩具にされていたのを、兵士に助け出された。
恐ろしい魔王の世話係として重圧を受けて病気になり、療養をしている。
ロダンさんには私の記憶がないので、魔王の逃亡を助けたという自分の行動に首をひねりながら、今後のことを考えているようでした。
魔王の処刑の日、公開処刑場まで足を運んだのも、そうした今後のことを考えるための一環だったのだと思う。
王城の前の群衆集まる大きな広場に、巨大なギロチンが設置された。
高台に設置されていて、遠い所からでも私の首が跳ねるのが良く見えるようなつくり。
面白いイベントか何かみたいで、弛緩した空気と明るい町の雰囲気に、小さな子供達が母親のまわりをかけまわりはしゃいでいる。
「これより魔王の処刑を執り行う!」
司祭服を着た男の人が、銀の杖を掲げて人々に語りかけます。
真っ黒なローブを身にまとって、いつもの黒い本を抱えながら、私は誰に促されることもなくギロチンの待つ高台に上っていきました。
周りを甲冑を着た騎士達が囲んでいますが、私のことが怖いのか一定の距離と空間があるので、先導する私についていっている感があり、それが少しだけ可笑しい。
私は、自分が死ぬための高台をのんびり登ります。
高台の上近くに来ると、色んな人間の顔が見えました。
一番多いのは喜びに溢れた笑顔だろう。
私が人々のために力を使い始めた頃、「魔王が十歳になる頃、その邪悪な力があふれ出し世界を闇に包みこみ滅ぼす」ことが誰一人として知らない者がいなくなるぐらいに熱心に吹聴された。
私は絶対に存在してはならない者だと、誰もが信じて疑わないように。
そうして今存在してはならないものが、ようやく死んでくれるのだと、みんなが安堵して喜んでいた。
私が死ぬことにより、人間みんなが幸せそうに見えた。
「最後に何かあるか?魔王よ」
肩と首に高速具が嵌められて、両手首と両足につけられた魔力を抑えるリング状の魔道具が発動される。
もう遠見の魔法も使えなかった、ロダンさんの顔が見えない。
それでも目を閉じて、私に生きて欲しいと望んだロダンさんの顔を思いうかべる。
「何も、無いです」
伝えたい人はもう私のことを知らない。
幸せになって欲しいという願いも、人々の歓声で掻き消えるだろう。
だから心の中だけで思うだけだ。
私を必要としてくれた愛してくれた、ここにいるただ一人の人の幸せを。
そしてどうかこの頭が胴体と離された瞬間。
世界中の誰もが笑っていても良い、あなただけはどうか笑わないで欲しい。
一生懸命に生きた魔王の九歳までの一生を。
そう願った。
ギロチンがあっさりと落とされて、頭と胴体がぶちんとちぎれて魔王のちーちゃんの一生は終わりました。
今まで死んだ中で、一番痛くなかったのが少しだけ救いでした。
気づくと私は、光の中を歩いていました。
ゆっくりとのんびりと、暖かいところをのんびりと歩いていました。
どこに向かっているのかは分かりません、でもただ自分の好きな所にむかっているのだという確信がありました。
光の中を歩き続けて、それから伸びてきた手を掴んで。
起き上がりました。
「あれ?」
そこは小さなほったて小屋みたいでした。
素人が作ったのだとわかる、歪な木で出来た家。
傍らには真っ黒い本を持った、七歳ぐらいの茶髪の男の子。
「大丈夫か?変な所は無いか?」
声を聞いた時ぶわっと変な汗が出ました。
子供らしい高い声だというのに、その男の子がロダンさんだということが私には分かりました。
「私はっあのっちーちゃんです」
「うん」
「なんで?えっ、ちゃんと死んだのに」
「うん死んだ、死なないでくれって言ったのに」
「ごっごめんなさいっ」
恨みがましいどこか責めるような目で見られたので、私は思わず謝りました。
「許さない」
「嫌です!許してください!」
「オレと一緒に幸せになってくれなきゃ、許さない」
ロダンさんがぎゅっと私の手を握って言いました。
「呪いをかけられたから、お前に」
「はいっ!ロダンさんが幸せになれるように、いっぱいいっぱい呪いました!」
「うん、唯一の人と幸せになる呪いを」
祈るように私の右手を両手で抱えて、ロダンさんは祈るように言いました。
「オレと一生一緒にいてください」
私はその言葉に少しだけ考えました。
魔王のちーちゃんは死ななければならなかった。
世界を滅ぼしてしまわないために、ロダンさんを殺してしまわないために。
「魔王のちーちゃんは、死にましたか?」
「世界を滅ぼす悪いちーちゃんは、死にましたか?」
「私が生きていてもロダンさんは不幸になりませんか?」
「私が生きていてもいいなら、生きてロダンさんの近くにいてもいいなら」
「ずっとそばにいてください愛してください」
「ちーちゃんは、あなたの隣でずっとずっと生きていたいです」
涙がいっぱい出てきました。
自分ではもうどんな感情で泣いているのか分かりません。
ロダンさんは返事の変わりに、ぎゅうっとちーちゃんを抱きしめてくれました。
私がずっとうらやんでいた、子供を抱きしめる母親よりももっと優しいぎゅっでした。
「大丈夫だから、もう全部大丈夫だから、君は幸せになって良いんだ」
包み込むように抱きしめられて、幸せ過ぎて息苦しくて辛いというのを私は始めて経験しました。
だからお返しで私もロダンさんのことをぎゅうっと強く抱き返しめかえしました。
この世界中の幸せを独り占めしているような気持ちが、少しでも伝わるように。
伝わったのかは分かりません、ただ抱きしめ返した私にロダンさんは涙ぐみながら笑ってくれました。




