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勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

「ま、魔王様(♀)」

「ん?」

「……な、なんと恐ろしい屁理屈を……」

 見も毛もよだつ屁理屈である。

「当然じゃ! わらわはJKを目指しておるのだからな!!」

「JKでもなかなか吐かない屁理屈だと思います……」

 しかし、確かにそんな論陣を固められてしまうと、彌洞が勇者を倒せば、それはまるで魔王様(♀)の指示であったかのように思えてしまう。人がどう受け取っても、彌洞自身がそう思ってしまった時点で、それらを実行することは魔王様(♀)に対する敗北宣言となるのではないか。

 きっと彌洞自身がそう思った。だから、開いた口が塞がらないのだ。

「とにかくじゃ」

 沈黙を明けて、再びしゃべり始める魔王様(♀)。

「わらわは今、『美人で美尻でグラマーキューティーなファリスちゃん』と遊んでおる。邪魔をするな」

「あぁ……しっかり本名を覚えてくれてる……!」

「貴様は嘘を教えるな!!」

 一人感激しているファリスに私はブチギレだ。

「魔王様(♀)はまだ何でも信じるのだから、下手な刷り込みをするんじゃない!!」

「お主らは黙っとれ」

「あ、はい」

 周辺を無理やりまとめると、魔王様(♀)の瞳は再び彌洞を映した。

「お主が魔界を治めようが人間界を滅ぼそうが勝手じゃ。しかしわらわの邪魔はするな」

「ぬぅ……」

「邪魔をするなら……」

 魔王様(♀)の目が妖しく光りだす。

「次は気絶だけではすまんぞ……」

「……」

 彌洞、微動だにしない。まぁできまい。魔界で圧倒的な力の差を見せ付けられたことは、まだ記憶に新しかろう。

 先ほどの屁理屈が有効なのも、魔王様(♀)の方が強いという前提があるからだ。その差があるから、結局、彌洞は魔王様(♀)の手の平で踊らされるしかない。

 ちなみに、魔界から現れたのは彌洞だけではない。魔軍……平たく言えば、数日前まで魔王様(♀)の手下だった者たちが参戦しているが、彼らも阿修羅の大失態を通じて魔王様(♀)の恐ろしさをよく知っており、誰も脇から茶々を入れてこようとはしない。つまりは、ここにいる誰も、この状況をひっくり返せる者はいなかった。


 やがて彌洞が微動した。

「……この度は人間界の様子を伺いにきただけだ」

 そして巨体がその大きすぎる首をもたげる。

「そして、勇者輝彦の力の程度がどれほどかを知った。十二分な収穫よ」

 彌洞は全軍の撤退を指示した。黒雲のようであった魔族とモンスターの集団が、砂の山を風をこそいでいくように引いていく。

 その途上、彌洞も山のような身体をぐんと持ち上げたようになったが、

「二度と魔界の地を踏めるとは思うな。隠居魔王よ」

 と言い捨てる。彼奴にとっては、最大の面目を保った大義名分を示しての撤退となった。

 後に残るは傷だらけの勇者と聖女、ハラハラしすぎて心臓が落っこちてる私に、事もなげな魔王様(♀)、それと静寂……。

「召使いよ。決して争わなかったぞ。これならよかろ?」

「え……いや、あの……」

「ぶっ飛ばしてやってもよかったがの。あそこで権威を失墜させると、またわらわに継承権が回ってきそうで面倒じゃ」

 そ……そんなことまで考えたのか……?

「貴女様はとても三歳児とは思えません……」

「まぁ、JKじゃからな」

「JKの意味はわかってますか!?」

「よくわからんが、まぁ魔王はみんなJKみたいなもんじゃ」

「考えれば考えるほどに謎の名言ですね……」

「しかし……こやつは生きておるのか?」

 見れば、勇者輝彦はただひたすらに呆けているではないか。

「おい、貴様は生きているのか」

 魔王様(♀)に求められている気がしたので、私も彼奴に声をかける。

 と、

「えっと……終わったのか……?」

 ようやく、再び血が巡ったようになった。

 実際、言葉では伝わりきらないかもしれないが、人間たちの側にとっては、今起きたことはにわかに信じがたい奇跡であったに違いない。

 突如現れた絶望的戦力差。人類最強といわれた勇者一行も歯が立たなかった奇襲は、まるで暴風で凶器と化した大波が、大きくせり上がって覆い被さって来たかのように映ったはずだ。

 それが……、まさに落下してきた瞬間に、方向を変えて細波となりながら消えてしまったかのような……茫然自失とした奇跡が、この数分に起こった。

 特に、彼奴は決して相容れぬ魔族とずっと戦ってきたのだ。なおさら、魔族の加勢によるそんな奇跡は起こりえないことを知っていたはずで、私もそれは同感である。

 というか、魔王様(♀)の心理状態よりもよっぽどわかる。ここには今、私から見ても確かにありえない出来事が起きた。

「だってお前……魔王なんだろ……?」

「……」

 それでもひとみしりは健在だ。代わりに私が言う。

「元・魔王様だ」

「どうでもいいけど、何で俺たちの味方をしたよ」

「その腐っても聖女と、また遊びたいからだそうだ」

「え!? ホントに!?」

 ファリスの声が思わず上ずった。

「貴方はそれだけの理由で魔界に帰れなくなったのよ? いいの?」

 魔王様(♀)は輝彦の視線を浴びているので下を向いたまま、小さな声で

「遊んでくれるんじゃろ……?」

「もちろん遊ぶけど……」

「それならいい」

「……魔王様(♀)」

 そんな魔王様(♀)の様子を、ずっと見ていた私だったが、やはり、言わなければならないことがある。

「貴女様は、偉大なる魔族の王であったお方。隠居したとはいっても、やはり魔界に君臨するお方でなければなりません」

「しかし……」

 何か言おうとしているが、私は構わず続けた。

「いや、彌洞との実力差を考えても、貴女様はまだまだ今から王座に着き、采配を振るうべきお方です。はっきり申し上げますれば、貴女様はもっとも、勇者たちから遠い存在であらねばならぬお方なのです。それをゆめゆめお忘れくださいますな」

「しかし、じゃ」

 魔王様(♀)は勇者たちを顎で指した。

「はい」

「こやつら、ものすごい仲間になりたそうにこっちを見ているぞ」

「貴様らそんな目をするなぁぁ!!!」

「いやな。さっき、そいつが素直にかっこいいと思えたわ」

「当たり前だ! 魔王であらせられるべきお方なんだからな!」

「俺が思うに、この魔王様? が、人間界にいてくれるのが、一番ヨノナカが平和になる気がする」

 それは間違いない。

 魔王様(♀)がいるうちは、彌洞もそうそう動けまい。だが、

「へんなことを言うな。貴様らも説得しろ! このままでは人間界はクリスマスツリーだらけになるぞ!」

「わぁぁ、それいいのぅ!!」

「そうなったらまた飾り付けを手伝ってあげるね」

 喜ぶ魔王様(♀)。乗るファリス。

「貴様らな。魔族の恐ろしさは身にしみているはずだろ!!」

「怖いね。怖いけどな……」

 輝彦が、苦笑いを浮かべて言った。

「コイツは、信用できる」

「魔王なんだぞ! 騙されるな!!」

「なんか……構図がめちゃくちゃになってるわよ?」

 勇者が魔王を信用し、魔王の付き人である私は魔王を貶めるような発言をし……

「とにかく、じゃ」

 誰が何を味方しているかよくわからなくなってきたところで、魔王様(♀)が、ぴしゃりと納めた。

「ファリス。遊ぶぞ。その後のことは、その後になってからじゃ」

「……」

 思わず一同きょとんとしてしまう。しかしやがて、「そうそう、そんな話だったわね」と気付いたファリスが微笑んだ。


 その太平楽っぷりに救われて、この勇者たちと魔王様(♀)の交流は、まだまだ続きそうである。

 私はため息をつくしかないが、とにかく、話題の中心は魔王様(♀)以外にない。

 結局、そばで見守るより他はなかった。


 これより先、人間と仲良くなっても、再び戦争になったとしても……。


                      了

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