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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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書籍化御礼SS【デヴュタントの夜に。】

番外編のクリスとレイチェルのその後σ(´ω`*)


単体でもお楽しみ頂けますが、

番外編のクリスとレイチェル編を読んだ方が

ちょっと分かりやすい世界観かもしれないです~。



 最新の煌びやかなドレスと、仕立ては良いものの、華々しい女性陣と比べれば幾分面白味のない燕尾服の男性陣。すれ違う人の中に知り合いを見つけて、軽く会釈を交わしながら今夜の会場となる屋敷の大広間へと向かう。


 さざめくような談笑と美辞麗句の裏側にある本物の言葉を拾おうと、誰もが耳を澄ませている――社交場とはそういう場所だ。


 しかしそんないつもの夜会も随分と緊張気味の人間が隣にいると、少しだけ初めて社交場へ出た日のことを思い出す。まあ、当時のボクは緊張や興奮とは無縁の性格でしたが……。


 隣でキョロキョロと会場内を見回しながら目を輝かせる婚約者は年相応の姿で、ともすれば付け入られやすい雰囲気を発しているものの、そこもまた微笑ましいと感じる。


 先月十五歳の誕生日を迎え今夜がデビュタントになるレイチェルは、ボクの隣でレティーナ嬢が自身のデビュタントを期に立ち上げたブランドのドレスに身を包み、頬をバラ色にしてはしゃいでいた。


 出逢ったばかりの頃はふっくらと丸みのあった頬も、今ではすっきりとしたせいで摘まむことが難しくなり、腰より少し高い程度だった身長も肩の辺りまで伸びて全体的に大人びたと感じる。


 濃い蜂蜜色の髪はさらにその色味を深め、深い青の瞳はこの七年で知的好奇心に満ちて、以前の暢気そうな印象よりも活発な印象を見る者に与えた。


 彼女を今夜彩るドレスは、レティーナ嬢の見立てとあってややオリエンタルなもので、白地の前面下部に紅い花の刺繍が施され、ゆったりとした上半身の袖と背中は、鮮やかな杏色の別布を用いて仕立てられている。


 きっちりと髪を結い上げた姿は、やや背伸びをしたこの年頃特有の調和の甘さが覗くが、あの幼かった女の子が段々と女性に近付き、花の蕾が綻ぶように徐々に成長していく様は眩しかった。


 そこでふと、二年前のレイチェルの宣言を思い出して笑ったことに気付いたのか、レイチェルが不思議そうにボクを見上げるものの、不意をつかれた時に見せるその表情だけは、出逢った頃のままのあどけなさを残している。


 これが彼女の味方しかいない屋敷内なら構わないものの、今晩のような場所では心配の種にしかなりませんね……。


 しかし本来であれば、この会場のような場所に不慣れな婚約者を一人にすることは出来ないとはいえ、ボクには社交界で政敵になりそうな人物達の情報を収集するという目的もある。


 そこで事前にレティーナ嬢とリンダから得ておいた情報をもとに、今夜の装いと合うようにと用意しておいたある物を懐から取り出して、まだ落ち着かない様子の彼女の鼻先に持って行く。


「レイチェル、今夜はこれをつけておきなさい」


 そう端的に告げて差し出したのは、いつだったかアルバートが手痛い洗礼を受けたアイテムの上位互換で、先日の彼女の誕生日に贈った花と同じものだ。


「まあ素敵……これはわたくしのお誕生日に頂いた砂糖姫(シュガープリンセス)で造られたコサージュですのね? ありがとうございます、クリス様!」


 目の前に差し出されたアイテムに、それまで会場内に視線を彷徨わせていたレイチェルは、急にパッと顔を輝かせた。先月も受け取った生花に祝福をかけただけのものをそこまで喜ばれるとは思っていなかったので、何とも言えない気分になる。


 例えばもしも違う花にしていれば、彼女はもっと喜んだのだろうか、と。一瞬でもそんなことを考えてしまった自分に驚き、苦笑してしまう。


 きっと胸元に杏色のバラで出来たコサージュを飾ったレイチェルが、そんなボクとコサージュを交互に見やってとても嬉しそうな表情を見せるものだから、少しだけ欲が出てしまったのかもしれませんね。


 けれどそんなレイチェルに数人の男性客の視線が向き、いつまでもこの余韻に浸っている場合ではないと思い直す。暢気で付け入りやすそうだとでも話題に上がれば、考え違いをする愚か者が出ないとも限らない。


 ただでさえ十歳も年上の婚約者を持っているレイチェルは、この先もことあるごとに耳に入れたくないような汚い噂話に挙がるだろう。社交界では年上の夫を持つ若い女性は、大抵下世話な噂話に晒されやすい。


 ――ともすれば、そういった噂が立てられないように、今夜のうちに打てる手は全て打っておくのも悪くありませんね……。


「それからレイチェル、ボクは今夜あまりキミの傍にいられないかもしれませんので、暗い場所に一人で行ったりしないように。なるべくボクが見つけられる場所にいて下さい。もしも婚約者のキミの身に何かあったら困りますからね」


「は、はい……!」


「良いお返事ですね。今夜一晩はその調子で行きましょうか」


 そう言葉をかけつつ、今こちらへ視線を向けてきた貴族男性の顔を一人ずつ憶えて、牽制を込めた笑みを送る。……幸い今夜はすぐに視線を逸らすような男性客しかいないようですが、油断は禁物でしょうね。


「そのコサージュを落とさない限りは“もしも”の心配はないでしょう。くれぐれもなくさないように注意なさい。こういう場所ではお酒を飲んで気が大きくなっている馬鹿者もいますからね。それから――……と、人が話をしている最中にどこを見ているのですかレイチェル?」


「あ、も、申し訳ありませんクリス様」


「別に怒っているわけではないですから、謝る必要はありませんよ」


 コサージュを渡して少しは落ち着いたかと思ったのに、レイチェルはまた元のようにキョロキョロと周囲を気にし出した。それも先ほどまでのように楽しげな様子ではなく、どこか居心地の悪さを感じているように見える。


「ただ何に興味を引かれたのか気になっただけです。……何か気になるものでもあったのですか?」


 緊張を解かせようと幾分柔らかい声音で訊ねれば、レイチェルは小さく頷いて口を開いた。


「え、ええと……気になるものと言いますか、その、この空間にいる方達はクリス様も含めてお綺麗すぎるので、気後れしてしまって……」


 ここで“実に下らない理由ですね”と言わない程度に彼女の扱いに慣れたものの、やはりその発想は理解しがたいものがある。この見た目だけは煌びやかな世界では、他者の視線を気にして縮こまればあっという間に擦り潰されてしまう。


 怪しい素振りを相手が見せれば、やられる前に徹底的に叩き潰して棄てればいいだけだ。しかしボクのような若干の異常性を持ち合わせた人間ならまだしも、彼女のように一般的な感性の持ち主には理解が出来ない。


 いつかは馴染まなければならない世界だとしても、この子にその板挟みを味合わせるのは、まだもう少し先が良いと思った。


「――ふむ。ボクはあまり贈り物の値段に言及するのは好きではないのですが……いいですか、レイチェル。キミが今胸に付けているそのコサージュは、結構なお値段がするんですよ? それこそ平民なら二人で二ヶ月は働かずに暮らせる金額です」


 ボクの申し出が意外だったのか、レイチェルは「ええぇっ!?」と淑女らしさも忘れて声を上げる。けれどこれは何も大袈裟な例えではなく、本当にそうなのだ。


「キミに贈ったそのコサージュの花は、確かに生産者を辿ればボクの学友で仕事のパートナーであるダリウスの領地で育てられたものですが、当然出荷に関してはそこまで口出し出来ません。けれど今夜の為に、半月前から王都への出荷を見合わせてもらっているんです。今夜この場でそれを胸元に飾ることが出来る女性が、キミだけであるように」


 変にはぐらかさずにしっかり伝えておかなければ、またおかしな行動を取りそうなレイチェルの目を見てそう告げると、ボクを見上げるレイチェルの頬がみるみるうちに赤く染まる。


 そうして胸元のコサージュに触れていた細い指先が、ボクの上着の裾を掴んだ。


「安心なさい。その金額を支払っても惜しくないと思わせるくらいには、今夜のキミは魅力的ですよ。さて……分かったようでしたら、ボクとファーストダンスを踊って頂けますか、マイ・レディ?」


「は、ははは、はいぃ!!」


「く、ふふ、何ですそのみっともない返事は」


「だ、だって緊張しているし、今クリス様が下さった言葉が嬉しくてフワフワするんです! それに……それにわたくし、今までずっとこうしてクリス様にダンスに誘って頂きたかったのですもの……」


 からかった直後に“やり返された”と感じたボクの耳に、ちょうど良い時に流れてきた温かみのある曲が触れた。その曲を聴きながら差し出したボクの手に、上着の裾から離れたレイチェルの手が重なる。


「――これからは、ボクのダンスのお相手はずっとキミだけですよ」


 柄にもなく本心から零れたボクの言葉に、レイチェルはとびきり嬉しそうな泣き笑いを浮かべて頷いてくれることが思いのほか嬉しく感じた。


 出逢ってから初めて一緒に踊る七年越しのダンスは、ようやく身長が釣り合った彼女に報いる為の、人生で一番、優しいリード。

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