5.メイド当選
朝。窓から太陽の光が差し込む寝室、綾斗とカノンはベッドの上で眠っていた。
「んん、もう朝か……?」
小鳥の囀りで綾斗は目を覚ます。寝惚け眼をこすって隣を見ると、下着姿のカノンが静かに寝息を立てている。
「ふぅ……昨夜はカノンのことを考えて終わったけどな…………足りない」
綾斗は少し不満そうに呟く。というのも、行為は一晩に渡って続き、眠りについたのはつい数時間前だが、綾斗はさほど疲れてはいない。しかしカノンの方はというと、すっかりトロトロになってしまっていた。
「そうか、能力10000倍ってのはステータスだけじゃないんだな」
新たに知った事実を未だ覚め切っていない頭に入れると、綾斗はベッドから立ち上がり窓のカーテンを開く。今までよりも部屋は眩しい光に包まれる。それから綾斗は寝室を出て、キッチンへと向かった。
綾斗はキッチンで紅茶を淹れると、それを持ってテラスへと向かう。テラスのイスに座り、カップを口元へと運ぶ。ふと空を見上げると、青い空が広がり、小さな綿雲が浮かんでいた。
「今頃は……学校の支度でもしてたかな……」
この世界に転移してから2日目。異世界で迎える初めての朝。昨日の今なら朝の支度に追われ、少しドタバタしていた。しかし今日は違う。こんな優雅な朝を過ごすことは中々無い。
「異世界……こんなにも自由で……良い場所だとはな……」
異世界の良さをしみじみと感じながら、綾斗は紅茶を飲む干す。すると丁度カノンが寝室から出てきた。
「あ、綾斗さん……おはようございますぅ……」
カノンは眠そうに目を擦りながら挨拶をする。綾斗は「おはよう」と返すと、またキッチンに向かい、カノンの紅茶を淹れる。綾斗はその紅茶を差し出すと、カノンは「ありがとうございますぅ」と言いながらカップを受け取り、口をつけた。
「さて、今日は何をするかな……あ、くじ引きだな。券も大分溜まったし」
そう言って綾斗はポケットから、少しクシャっとなったくじ引き券18枚を取り出した。改めてまじまじと見てみると、現実世界で貰うようなシンプルなデザインの券ではなく、細かな装飾が施されている。裏面にはレトニア王国の紋章だろうか、綺麗な紋が記されている。本当にただの商店街のくじ引き券なのか疑ってしまいそうになる。
「なあ、このくじ引き券ってどこで作られてるんだ……って寝てるし」
くじ引き券のことを尋ねようとカノンの方を見ると、カノンはソファーに横になってまた寝息を立てていた。よほど昨夜のことが応えたのだろう。なんでも常人の10000倍の男の相手をしたのだから、こうなるのも当たり前というべきだろう。綾斗はその様子を見て思わず苦笑を浮かべるが、とりあえず今は寝かせておくことにした。
「じゃあ行くか」
綾斗は寝室で着替えを済ませると、カノンに置手紙をしてから外に出た。
「やっぱり朝は気持ちいいな。このそよ風が頬を伝っていく感じが何とも言えない」
などと独り言をつぶやきながらくじ引き屋に向かう。やはり独り言をしながら歩いていると周りから少し変な目で見られるが、いつものことで慣れているため綾斗はあまり気にしないで進む。
数百メートル歩いたところで、商店街の通りに出た。そこは朝でも相変わらずの賑わいを見せていた。
「はー、相変わらずだな、この街は」
昼とは違う新鮮な香り漂う大通りを、綾斗は王城の方向へ向かって歩いた。
十数分歩いたところで、くじ引き屋に辿り着いた。まだ朝だというのに、多くの人で溢れている。と言っても並んでいるのは10人ほどで、あとはくじ引きの様子を観ているだけのようであった。
「うわー、この中でくじ引くとかちょっと勇気いるな」
実際、客がガラポンを回すだけで観衆からは盛り上げの声がかかり、当たりだとさらに盛り上がりが増す。逆に出た玉がハズレだと、それを囃すような人がちらほら見受けられる。
「てか、ガラポンがこの世界にあったのかよ」
綾斗はそこに驚いていた。というのも、見た目や中身がまんま現実世界と同じなのだ。形は八角形で、木製の箱。ハンドルが取り付けられており、それを回すことで箱も回転し、色がついた玉が一つずつ取り出される。そして、その色によって景品が渡される。
「あ、景品見てなかったな。えーと景品は……?」
景品は店の壁の黒板のようなボードに書かれていた。
今週 7/9(月)~7/15(日)の景品
1等(金) 猫1匹引き換え券:残り1本
2等(銀) 壁掛け時計:残り2本
3等(赤) 50B分お買い物ギフト券:残り4本
4等(青) 20B分お買い物ギフト券:残り8本
5等(緑) 5B分お買い物ギフト券:残り13本
ハズレ(白) 1B分お買い物ギフト券
「!?」
綾斗は、またも驚く。それは景品のことではなく、その上のことであった。
「日付……曜日……1週間が7日……なんで同じなんだ……」
上にサラっと書かれている文字。しかし現実世界から来た綾斗からすれば、限りなく不可解なものだった。この世界も日付と曜日という概念があり、1週は7日であるという事実がそこにはあった。そしてもう一つ、現実世界とこの世界の共通点があった。
「確か昨日は7月10日、火曜日だったな……てことは、現実世界と日付が同じ……」
もう綾斗には何が何だか分からなかった。自分が知っている異世界ではなく、現実世界と共通する点が多くある。この世界こそ一種の異世界であった。
「なんだこの世界は……日本語、メートルや日付に、ガラポン……そして時計も…………まるで日本人がこの世界を創ったみたいじゃないか!」
綾斗は思わず大きな声を上げてしまう。近くにいた人たちは少し驚いた目でこちらを見る。綾斗はそれに気づくと、軽く咳払いして列に並んだ。
(この世界は一体どういう世界なんだ……? 誰かに聞かないと解らないが……そんなこと聞いたら変人扱いされそうだし、そもそも答えられるとも思えない……)
などと綾斗が頭の中でいろいろと考えているうちに、順番が回ってきた。
「はいお兄ちゃん、券出してください」
4~50代くらいのおじさんに声を掛けられ、綾斗は我に返り、券を取り出す。
「え~と、1、2、3…………17、18、はい、18枚ですので18回引けますけど、お兄ちゃん初めてだよね? なら特別サービスで20回にしてあげよう!」
おじさんにサービスしてもらった綾斗は「ありがとう」と一言お礼をしてからハンドルを握る。
「まずは1回、ゆっくりと……」
綾斗はそろりとハンドルを回す。箱の中からは玉がガラガラと音を立てている。周りの観衆からは相変わらずの声が聞こえる。
そろそろ一周というところで、玉が一つ取り出された。
「お、おめでとう! 2等で~す!」
店のおじさんはカランカランとハンドベルを鳴らす。それを見て、周りからは歓声が上がる。しかし綾斗は特別喜ぶような様子は見せず、そのままハンドルを回す。
さっき当たりを引いたということもあって、観衆はさらに盛り上がっているようだ。
そして2回目。箱から取り出された玉は、光を受けて金色に光り輝いていた。
「おおお! おめでとう兄ちゃん! 大当たり、1等で~す!」
おじさんが今までで一番大きな音でベルを鳴らす。そして周りからもそれに比例するかのように先ほどより大きな歓声を上げる。その中心にいる綾斗は、1等を2回目で当てたことが少し嬉しかったが、その一方で「うるさいな」と心で思っているのだった。
「いやあお兄ちゃんすごい強運の持ち主だね! 2連続で当たりを、しかも1等と2等を引くなんて今までに無いね、こんなこと」
おじさんが称賛の声を浴びせてくるが、気にせずにハンドルを握り直す。今度はハンドルを握るだけで周りから大きな声が上がる。綾斗は大きく深呼吸をすると、3回目を回し始める。
☆
「お、おめでとう。4等だよ」
くじ引きを始めてから10分ほど、綾斗は19回目のくじ引きを終えた。最初の時に比べると、ハンドベルの振りすぎや大声の出しすぎで、店のおじさんや観衆には疲れが見え始め、大分静かになった。
只今の綾斗のくじ引きの成果は次のようになっている。
1等(猫1匹引き換え券) 1回
2等(壁掛け時計) 2回
3等(50B分お買い物ギフト券) 3回
4等(20B分お買い物ギフト券) 7回
5等(5B分お買い物ギフト券) 6回
ハズレ(1B分お買い物ギフト券) 0回
もうイカサマを疑ってしまうレベルだった。途中でも観衆の数人がイカサマ疑惑で罵声を上げ、隣にいた人と軽く口論になった。しかし、周りの歓声の協力によってすぐに鎮められたため、特に被害などは出ていない。
「よし、次が最後だな。デカいの当てるぞー、って言ったって最高で3等だもんな」
綾斗はハンドルを握るが、もう周りのからは盛り上げの声はない。
(さすがに疲れたか。ま、無理もない)
最後の1回、綾斗は軽く、ゆっくりと回した。この時綾斗は、一つの伝説を作ってしまうことなど思いもしなかっただろう。
ガラポンが1周ぐらいするところで、最後の玉が出た。しかし、その玉は謎の色をしていた。
「な、なんだ? これは……カラフル……? いや、虹色か……?」
そこにあったのは、ボードのどこにも書かれていない、虹色の玉だった。その色は、この世界に来る時のルーレットで見た色によく似ていた。
「お兄ちゃん……これ、もしかして……!」
店のおじさんは咄嗟にハンドルを手に持つと、今まで以上に大きな音で振り、大声で叫んだ。
「か、隠し玉!!! 超大当たり~!!!!」
その声を聞いた観衆は今までにないほどの盛り上がりを見せ、まるで疲れが嘘のように大声で歓声を上げた。
そんな中、綾斗だけは冷静になって店のおじさんに聞いた。
「で、隠し玉の景品は?」
「ああ、説明がまだだったね。超大当たりの景品は『メイド1名引き換え券』だ!」
「メイド引き換え券!?」
メイド。それは綾斗の一つの夢、というか目標だった。しかし、メイドを買うにはそれなりの金が必要になるので、正直後回しにしようとしていた。そんな時に丁度良く引き換え券が当たった。なんと強運な男だろうか。
「えーと、どこで引き換えるんだ……?」
「それについては中で話すよ、ついてきな」
そう言うとおじさんは店の中へと入っていった。綾斗もそれに続いて店へ入る。
「さて兄ちゃん、ここで景品の受け渡しをするんだけども、お兄ちゃんね、量がすごいのさ。それで、住所教えてくれないかな? そこに景品はまとめて運ぶからさ」
おじさんは店に入るや否や説明を始めるが、早くメイドが欲しい綾斗は「そんなことどうでもいいから早よ引き換え券よこせ」と心の中では言いまくっていた。
「じゃあ嵩張る景品は運んどくね。だから……お買い物ギフト券と、メイド、猫の引き換え券はここで渡すね」
そう言うとおじさんは店の奥にある倉庫らしき部屋に入った。そして数十後、手に大量の券を持っておじさんは戻ってきた。
「はい、これがお買い物ギフト券ね。5B分のが6枚、20Bのが7枚、50Bが3枚で、計16枚。で、コッチが引き換え券2枚。受け取ってくれ」
おじさんはギフト券を差し出す。綾斗はそれを無言で受け取り、ポケットにしまい込む。
「ところで、この引き換え券、どこで使えばいいんだ?」
さっきから一番聞いておきたかったことを綾斗は口に出す。するとおじさんは思い出したように答えてくれた。
「あー、忘れてたね。引き換え券は、それぞれの店で使えるんだよね。この場合は……2枚とも『アリシア奴隷商店』で引き換えできるやつだな」
「奴隷商店……やっぱこの世界にもあるんだな」
そもそもメイドという存在がある時点で、なんとなく分かっていたことであるが、綾斗は思わず独り言となって声に出してしまう。一方、おじさんは綾斗の独り言など気にする様子もなく説明を続ける。
「場所は確か……あれだ、あの……そう、ティオニス商会のすぐ隣なはずだよ」
「ティオニス商会の隣……ああ、あのデカくて綺麗そうな店か。あれ奴隷商店だったのか……」
綾斗は昨日ティオニス商会を訪れているため、その建物も外見だけではあるが一度見ている。かなり綺麗な雰囲気の店が実は奴隷商店であったことに、少し衝撃を受ける。とそこに、追い打ちをかけるように新たな事実をおじさんは綾斗に伝える。
「大丈夫だって兄ちゃん、あそこの店主はかなり若くてイケメンだし、何よりいいヤツだからよ」
「わ、若くてイケメン……そしていい人……思っていたのと大分、いや、違いすぎる」
その店主は綾斗が想像していた人物像とは似ても似つかないものだった。というのも、奴隷を扱う店とかはイメージ的に、小汚くてこじんまりとした店、店主は前科でもありそうな形相、年もそれなりで荒れた性格など、良くないものしか思い浮かばない。
「まあいい。どうもご丁寧にありがとう」
綾斗が一言礼をすると、おじさんは「いえいえ、またいらして下さい」と言って頭を下げる。綾斗はそのまま店を出た、が、そこにいたのは目つきの悪い男たち数人だった。顔をよく見ると、さっきの観衆の中にいた奴らだった。
「おう兄ちゃんよォ……特賞のアイテム、よこせや……」
その群衆の中央にいた一番ヤバそうな見た目の男が謎の要求をしてくる。突然のことに綾斗は思わず「( ゜Д゜)ハァ?」と口に出してしまう。すると男はキレ気味に声を強める。
「おい、ふざけてんじゃねェぞ? 早よ引き換え券よこせ、ってんだろ!」
「いやいやいや、何故」
綾斗が尤もな質問を男にぶつけると、意外にも素直に答えてくれた。
「理由なんて簡単よォ……俺たちの溜まりを解消してくれる娘が欲しんだよォ……ただよ、普通に買うには高すぎるだよなァ……そんな時に『メイド引き換え券』が出てきた……こんなチャンス逃せねェよなァ……」
綾斗はその話を聞いて少し呆れたような顔をする。と同時に、こんな奴らに見す見す渡してなるものか、という想いも込み上げる。そして綾斗は意を決して一言言い放つ。
「悪いけど、これ俺の。お前らなんかに渡せるわけないじゃん」
「んだとゴラァ!? 上等じゃボケェ!! こうなりゃ力づくで奪い取ってやら! おいお前らァ、このガキを縛り上げろォ!」
綾斗の挑発で男たちの怒りは最高潮に達し、後ろにいた男たちが綾斗を捕らえようと殴りかかってきた。普通の人だったら何もできずにこのまま縛り上げられてしまうだろう。しかし、綾斗は違う。能力10000倍を活かして、殴りかかってきた男たちを軽く殴り飛ばす。
「!!??」
そのまま殴られた男たちは宙に浮かび、他の男たちにぶつかる。その隙に綾斗は逃げ出す。
「ああ、待ちやがれ! おい、早くあいつを捕まえろォ!!」
男たちはすぐに体勢を立て直すと、血相を変えて綾斗を追いかける。しかし能力10000倍の男に追いつくことなど到底無理な話で、走るほどに差は広がっていく。男たちが次々にバテていく中、綾斗は、
「うわ、こんなに走ってるのに全然疲れないな。まあ、まだ全力疾走の10%ぐらいだし、こんなもんなのか?」
などと余裕を浮かべながら走っていた。ふと後ろを振り返ってみるが、男たちの姿はもう無かった。
「なんだもう終わりか。じゃあこのまま店に向かうかー、っていつの間にか着いてたわ」
綾斗が足を止めた時には、もう奴隷商店の前に来ていた。ちなみに、所要時間は約25秒、道のりは約2キロメートル。速度は80メートル毎秒で、時速に換算すると288キロメートル毎時。新幹線に匹敵するほどの速さだ。しかし、これは本気の10%程度でしかない。とんだ化け物である。
「いやー、しかし綺麗な店だな。装飾も細かく施されてるし。奴隷商店にするにはもったいない」
店の外観を改めて見てから、綾斗は思わず感嘆の声を上げる。
「よし、これから初メイドを買う、というか雇うんだ。気を引き締めていこう」
そして綾斗は白い扉を開け、奴隷商店へ踏み入る。すると、入店した瞬間
「いらっしゃいませぇ!!」
と、どこかでも聞いたような言葉が大きく響いた。