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アンリアルロジック  作者: どめし
第二話『手に入れたもの』
10/33

-boys side- scene1 視線

柑菜とは別視点での内容となります。


第二話『変わる世界-boys side-』は暴力的な描写の出てくる章となりますのでご注意ください。

 自分は当然、西高に行くものだと思っていた。

 別段、そこでやりたいことがあったわけではなく、特に通いやすい場所にあるというわけでもなかったのだけれど、西高はこの辺りでは上の下といったレベルの進学校で、だから自分は西高に進学することが無難だと思っていた。

 中学校での成績は常に上位だった。試験の前に必死になって勉強をしなくてもその位置をキープすることはできていたし、周りが受験勉強に目を向けだしてからも、自分が上位であるという事実が揺らぐことはなかった。

 そんなおれの成績ならば西高が妥当だと、担任も太鼓判を押していた。今のまま頑張れば問題ない。周りは皆そう言っていたし、自分でもそんなふうに思っていた。

 実際、入学試験は目標点数を超えていた。

 はずだった。

 風邪を治した後、未練がましく解きなおした五科目の試験は、当時の自分を呪っても足りないぐらいに、簡単だった。体調さえ万全ならば、試験中に意識さえはっきりとしていれば、おれは今頃西高生だったのだ。

 それが、このざまだ。

 藤葉高校の制服を着た、目つきの悪い男。窓ガラスに映った負け犬。それが仲里隆。認めたくもないけれど、こいつがおれだ。

 周りは、風邪だったんだから仕方ないと口をそろえた。二言目には、第二志望の藤葉高校でも十分だと慰めてきた。ここ藤葉は西高よりもワンランク落ちる学校で、それでも、それなりにデキるやつじゃないと入れない、と認識されていた。

 実際のところ、自分でもそう思おうとした時期はある。風邪だったんだし仕方ない。藤葉も悪い高校じゃない。なにより、西高よりも校舎が新しくて綺麗じゃないか。

 そんな考えは、たった一つの雑音によってぼろぼろと崩れ果てたのだけれど。

 廊下をばたばたと走る音がする。いちいち足の裏を床に叩きつける、耳障りな存在が今朝もやって来た。毎朝毎朝飽きもせず、下手糞な走り方を晒しながら教室に駆け込んだのは、見るまでもなく南川だった。

 入学から二週間。桜の花も散り終わって少し暑くなってきたとはいえ、南川の丸顔はぎょっとするほどに汗だくになっている。汗かきなのか、悪い運動神経で必死になって走ったせいなのか。多分、そのどちらもなのだろう。

 肩でひゅうひゅうと息をしながら南川が汗を拭うと、ちょうど担任が教室に入ってくる。いつものタイミングだ。いっそ遅刻して小言を言われてくれれば少しは気も晴れるものを、あいつが教室に着く時間ときたら毎朝毎朝変わりやしない。

 中学の頃から、そうだった。

 今と全く同じ走り方で、遅刻ぎりぎりのタイミングで、汗だくになって、いつもばたばた現れた。そんな南川は授業中にもうるさくて、何かにつけて挙手をして発言をしたがった。そのくせ頭は良くなくて、大抵の場合は頓珍漢なことを言って教室中の失笑を買っていた。

 その度に南川は嬉しいのか恥ずかしいのかよく分からない笑い方をしていて。おれはそれが目ざわりで仕方なかった。

 だから――と言うのは認めたくないけれど、だからおれは南川と衝突したことがある。中二の冬で、先に突っかかってきたのは向こうだった。南川の片思いしていた女子が、実はおれに気があって――といった、くだらない理由でだ。おれはその女子に何も興味がなくて、南川の挑発なんて無視すれば良かったはずなのだけれど、当時のおれは、それを好機だと思ってしまったのだ。

 それまで喧嘩なんか、それも殴り合うような喧嘩なんかしたことがなかったけれど、南川はそんなおれにでも簡単に撃退できるほど、弱かった。南川本人への苛立ちや、その他のいろいろな鬱憤を晴らすつもりで三発殴ってやると、あいつは大泣きして、謝って、こともあろうに命乞いまでして、逃げていった。

 それ以来、南川は大人しくなった。今でも残っているのはあのどたどた走りだけだ。

 それ以来、南川はまるでおれにいじめられでもしたみたいに、卑屈な目で見てくるようになった。その視線は、授業中に目ざわりな行動をされるのよりもずっとおれのことを苦しめた。

 高校に入ればあの視線は消えると思っていたのに。おれは第一志望から転げ落ち、南川はチャレンジ校にまさかの合格。

 始業のチャイムに間に合った南川は一時限目の準備をカバンから引っ張り出すと、今日もあの目をこちらに向けた。

 なんでわざわざ僕の行く高校に着いてきたんだよ。また僕のことをいじめる気だろう。南川の目つきは、入学以来日に日に陰険さを増していく。


「なかさとくん、なかさとくん」

 午前の授業が終わるなり忍ばせるような声で呼ばれたので、ノートを閉じる間もなく振り向くと、困ったような笑顔の矢野がこちらへ身を乗り出していた。

 矢野早苗。斜め後ろの席に座るクラスメートで、いつも友達に囲まれているような印象がある。昼休みになるたびに別のクラスからも人が集まってくるので、近い席の身としては毎日迷惑していた。

 とはいえ、彼女に対して悪印象があるのかといえばそんなこともなくて、友達の多いことも納得できるほど、話しやすくて性格の良いやつだと思っている。付け加えるならば頭も良さそうだし、顔もまあ良い方だ。

 なに、と返事をすると、矢野は一瞬だけ目をそらした。

「嫌なら、ぜんぜん、無理に、とは言わないけどさ」

 いつもの溌溂とした喋りかたとは打って変わって、探りを入れるような、いまいちはっきりしない物言い。

「今度、集合の小テストあるって言ってたじゃん。それさ、はらっぺ……ええと、大原さん、よく分からないんだって。だからね」

 矢野がお願いを言い終わる前から、おれは心の中でああ面倒くせえなとつぶやいた。

「仲里くん、勉強できるしさ、教えてあげてくれたらなあって」

「それぐらい、矢野でも教えられるんじゃねえの?」

「いやあ、あたしはさあ、教えるのはかなり苦手で」

 しょうもない嘘。矢野が他の友達に英語を教えているのを、おれは見たことがある。随分と、相手は納得していたじゃないか。

「まあ、良いけど」

 教えるだけで済むのなら、ここで断るよりはいろいろと楽な気がする。途端に安堵の表情になる矢野を見て、なんだかそれだけで良いことをしたような気分になった。

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