第25話「結着、そして戴冠へ」
「ひ……ひいいいっ! 来ないでくれ! 来るなぁッ!」
かつて金箔とラピスラズリで彩られた豪奢なアモン神殿の至聖所。
その石畳の上を、大神官パネヘシが無様に這いずり回っていた。重厚な神官衣は泥と汗で汚れ、かつての威厳など欠片も残っていない。
「アアイ! アアアイ、どこへ行った!? 私を助けろ! 私を一人にするな!!」
パネヘシが縋るように振り返った先。
老宰相アイは、すでにその場に膝をついていた。
神殿の裏道から忍び込んだバキ率いる暗殺者一族、そしてセセラの射貫くような眼光に完全に取り囲まれ、逃げ道などどこにも残されていなかったのだ。
「諦めなされ、パネヘシ様……。
もはや、我らの勝ち目は万に一つもございません」
アアイは深く溜め息をつき、力なく首を振った。
そこへ、重厚な靴音が静かに響き渡る。
兵たちの割開いた道から歩み出てきたのは、血濡れた西洋刀を腰に納めたファラオ。
その左右には、手負いながらも仁王のごとき威容を放つ大将軍ケンアモンと、新しき忠誠を誓った疾風の剣士ラノフェルが控えている。
「パネヘシ、そしてアアイ」
ファラオの低く澄んだ声が、静まり返る至聖所に響いた。
「神の名を騙り、民から絞り上げた富で権力を貪り、この国を蝕み続けた罪……もはや言い逃れはできまい」
「くっ……! 青二才のファラオが図に乗るな!」
追い詰められたパネヘシは顔を血走らせ、袂から隠し持っていた毒塗りの短刀を抜き放つと、狂ったようにファラオへ飛びかかった。
「お前さえ……お前さえ死ねば、この国は再び私のものだぁぁっ!」
だが——、
ガアァンッ!!
パネヘシの身体が空中ではじき返され、石畳へ叩きつけられた。
ケンアモンが力強く踏み出し、巨大な大盾の面で容赦なくパネヘシを打ち払ったのだ。短刀が手から離れ、虚しく遠くへ転がっていく。
「身の程を知れ、醜悪な不忠の徒めが」
ケンアモンの冷徹な一喝に、パネヘシはもはや声を上げることもできず、絶望に白目を剥いて倒れ伏した。
「パネヘシ、ならびにアアアイ」
ファラオは冷酷なまでに静かな眼光で二人を見下ろし、厳かに言い渡した。
「両名の身柄を拘束し、王宮の地下牢へ繋げ。
アモン神殿の莫大な財産はすべて没収し、長年の搾取に苦しんできた民への救済と、国家の再建費用へと充てる」
「……はっ! 直ちに!」
バキとケンアモンの部下たちが手際よく二人を拘束し、引きずっていく。長きにわたりエジプトの影の権力者として君臨してきた腐敗の象徴が、ここに完全に失脚した瞬間であった。
数日後、王都テーベ。
雲一つない青空のもと、王宮の広場は埋め尽くさんばかりの民衆の地鳴りのような歓声に包まれていた。
アモン神殿の不正暴かれ、莫大な財宝が民へ還元されたという報せは、瞬く間に国中を駆け巡っていた。長年、重税と神殿の威圧に怯えて暮らしてきた民にとって、若きファラオの行った改革と決断は、まさに真の「神の救済」そのものであったのだ。
大広間のバルコニー。
豪奢な王冠を頭戴し、新しき時代の象徴として佇むファラオ(一真)。
その背後には、絶対の忠誠を胸に誓った重臣たちが勢揃いしていた。
「不落の防壁」として王を護り抜く大将軍ケンアモン。
「参謀」として冷徹な知恵を振るう賢者メレル。
「旋風の銀弓」として敵を穿つセセラ。
「闇の盾」として影から支えるバキ。
そして、「野生の迅雷」として新たに加わったラノフェル。
「見事な光景にございますな、ファラオ」
ケンアモンが静かに寄り添い、胸を張って眼下の民衆を見つめた。
「民も、我ら兵も、皆が貴方様という真の『王』の誕生を称えております」
「……ああ。だが、ここが終わりではない」
ファラオはナイルの風を受けながら、遠く地平線の先、まだ見ぬ世界の広がりを見つめた。
「腐敗した旧体制を打ち破ったに過ぎない。
これから俺たちが創るのは、誰もが飢えず、恐怖に怯えず、誰もが誇りを持って生きられる新たなエジプトだ」
ファラオが力強く右拳を天に突き上げると、広場を埋め尽くした数万の民衆と兵士たちから、大地を揺るがすほどの咆哮が巻き起こった。
「「「ファラオに栄光あれ!!
新しきエジプトに栄光あれーーーッ!!」」」
現代の知識と熱き魂をもって古代世界へと舞い降りた若き王。
信頼する仲間たちとともに歩む、彼の新時代(戴冠)の物語が、いま力強く幕を開けたのだった。




