2 変態?
この男、何者なんでしょうか?
「いやいや、何で僕が警察署に連れて来られなきゃならないんですか!」
ロングコートの男は取り調べ室の机を叩きながら文句を言った。私は隣に座っている京子と係長を見た。
「あのねー、短パンとタンクトップの上にー、ロングコートを着てるのよー、変態でしょー!」
京子は男に言った。
「じゃあ、脱ぐよ! 脱いだらいいんだろ!」
男はロングコートを脱ぎ捨てた。タンクトップがはち切れそうなほどの筋肉がすぐに目に飛び込んできた。短く刈り込んだ髪に、ボディビルダーのような筋肉。私は少し気持ち悪い感じがしたが、京子は男の体をじっと見ているようだった。
「筋肉ー、すごーい。格闘家ー?」
「違う!」
男は京子の質問を冷たく否定した。
「京子、そんなにじろじろと見ると、セクハラになるわよ」
「大丈夫よー、小春ー。相手は容疑者なんだからさー」
京子はまじまじと男の肉体美に魅入っているようだった。
「何だよ、磯田、そんなに男性の体が見たいのか? だったら早く言えよ」
そう言って係長は自分のズボンのベルトに手をかけて外そうとした。
「係長ー、セクハラ相談窓口に通報しますねー」
京子はスマホを取り出しながら冷たく言い放った。係長は静かに咳払いをした。この二人のおバカなやり取りを見て、男は呆れていた。
「何ですか、刑事って、こんなにふざけたことしてるんですか?」
男のこの呆れ発言に対して、係長はさっきよりも強めの咳払いをした。私は少し恥ずかしくなった。
「えーと、まあ、何だ、その、あなたの服装がどうのこうのというわけではなく、なぜ女性を追いかけていたのですか?」
係長は冷静になって質問した。
「だから、仕事で追いかけてたんです」
「ていうことはー、追いかけてたんでしょー?」
京子は言い返した。
「いや、追いかけてたんですけど、仕事なんですよ」
「つまりー、追いかけてたってことねー」
京子は言い返した。
「いやいや、だから、仕事で」
「ハイヒール履いたお水系の女性を追いかけてたってことは、悪質なスカウトか何か?」
「いやだから、仕事!」
「仕事って、何の仕事ですか?」
係長が聞き返すと、男は待ってましたとばかりに口元に力を入れて、少しだけ精悍な顔つきになり、胸のあたりのタンクトップの内側から一枚の名刺を取り出した。
「私、こういう者です」
男はその名刺を係長に差し出した。名刺は汗でふにゃふにゃになっているように見えた。
「え、あの、一体どこに名刺を入れてたんですか……」
係長は嫌そうな表情で、まるで汚い物でも持つように、名刺の縁を指先でつまむようにして受け取った。
「えー、何々、グレート探偵事務所、探偵、中山木ニック……」
「えー、探偵さんなのー!」
「そうです、探偵です」
男は椅子から立ち上がり、ボディビルダーのような決めポーズを取った。
「ニック?」
私はそう言って男を見た。
「ええ、ニックです。アメリカで探偵の修行をしていたことがあるんです」
この中山木という男は別の決めポーズを取りながら言った。
「えっと、失礼ですが、アメリカ人の方でしょうか? ハーフとか?」
「いえ、純ジャパです」
中山木さんはまた別のポーズを決めながら私の質問に答えた。
「あの、免許証か何か身分を証明する物、ありませんか?」
「いえ、僕、免許持ってないんです。車に乗れなくて、ええ、だから走って追いかけてたんです」
「は、はぁ……」
「あの女は結婚詐欺師で、僕は依頼を受けて、あの女を調査していたんです」
また別のポーズを取りながら、答えた。
「そうですか。じゃあ、この探偵事務所まで行って、確認を取らせてもらいましょうか」
係長は嫌そうな感じで名刺を見ながら言った。
「いいですよ。それでは、レッツ・ゴー!」
中山木さんはそう言って、私たちに向けて右手の指を全部開いた。
「ゴー!」
パーに開いた自分の手の五本の指に力を入れながら。
「ゴー!」
中山木さんは、おそらく一発ギャグを言ったのだろうが、私たちの誰もくすりとも笑わなかった。
「小春ー、この人ー、係長よりもー、寒くないー?」
「……」
私は無言だった。係長も同じく。
中山木ニック?
なんか、ウザそうな奴ですね。




