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名探偵・ザ・グレート  作者: 真山砂糖
19/19

19 笑撃の終わり

さて、最終話になります。

 数日後、私は刑事課で静かに紅茶を飲んでいた。事件もなく平和で、私以外はだべっているようだった。

「係長、B百貨店で張ってた時、無線連絡したじゃないですか、あの時の係長、カッコ良かったです」

「おう、香崎、やっと俺の本質に気づいたか」

「係長ー、お世辞ですよー」

「やかましい」

 いつものおバカな会話が続いていた。そこへ突然KYレベルの声が響いた。

「皆さん、こんにちは!」

 タンクトップと短パン姿の中山木さんが筋肉を強調しながら刑事課へやって来たのだ。そしてその後ろからひょっこりと中山道(なかやま みち)さんが顔を出した。

「皆様、この度はお世話になりました」

 中山道さんは深々と頭を下げてお礼を述べた。春日井が中山さん宅から郵便物を盗んだり家を監視していたことを認めたので、中山さんは安心して毎日を過ごせるようになったそうだ。

「良かったねー、おばあちゃーん」

「中山先生、我々一同、お役に立てたことを大変喜んでおります。よろしければこちらでお茶でもいかがでしょうか」

 山崎課長はとても嬉しそうだった。自分でお茶っ葉と急須を持って、中山さんを案内した。

「村田さん、もしまた何か難事件があれば、ぜひ私にご依頼を。名探偵・ザ・グレート!」

「……はぁ……」

 中山木さんは筋肉ポーズを決めながら言った。係長はウザったそうだった。私も同じく。ふと何者かの気配を感じて横を見ると、庶務課の山元和佳ちゃんが、見てはいけない物を見たような目で、中山木さんを見て絶句していた。和佳ちゃんは郵便物をカゴに置いて、そそくさと去って行った。

「あ、郵便か。係長、郵便が届いてますよ」

「おう、俺宛か。ラブレターかもな」

「ありえないですー」

「うるさい。えっと、誰からだ……あ、うっかりして、県警宛の住所で資料請求しちまったな……」

「係長ー、何の郵便ですかー」

「おう、磯田、お前には関係ねえ」

「えー、何かー、怪しいー」

「おい、見るな」

「見せてよー」

「やめろ」

「見せてー」

 係長と京子は小学生みたいにじゃれていた。京子は係長の手から素早く郵便物を奪い取った。さすがは空手の有段者だけあって、機敏さが常人とは異なっていた。

「あー、ヌードモデル・デッサン教室だってー」

「おい、磯田、返せ!」

「最悪ー」

 京子は白い目で係長を睨んだ。

「係長、それって、以前に芸術文化センターでやってた催し物でしょうか?」

「そうだ、毎月定期開催されてんだよ。中で何が行われてんのか、内偵調査に行くんだ」

 係長はわざとらしく堂々と嘘をついた。嶋村先輩と高木先輩は関わりたくなさそうな感じで、 "()()()()()()()()" の態度だった。

「……内偵ですか……」

「嘘ー、嘘ー、120パーセントー、嘘ねー」

「ホントだよ! この目が嘘をついてる目に見えるか? んん!?」

「見えるー」

「やましいことを考えてそうな目にしか見えません」

「だあああああ! お前らは男を見る目がないんだよ。猥褻なことが行われてたら、けしからんからな、だから調査に行くんだ。仕事で仕方なく行くんだ。いいか、仕事だ。俺は絶対に行くぞ。文句つけるな」

 係長は少し怒り気味で啖呵(たんか)を切った。

「村田さん、いつですか、そのヌードモデル・デッサン教室?」

 中山木さんが上腕二頭筋を見せびらかしながら尋ねた。

「え、いつって、来月ですが」

「来月ですか。じゃあよろしくお願いします」

 中山木さんは背筋を際立たせながら言った。

「えっと? 何をですか?」

「ええ、来月のヌードモデルは僕が務めるんです」

「……」

 全員が意味を理解できずに、一瞬で沈黙になった。

「……務めるって、え? 何を?」

「ヌードモデルですよ」

「……えっと、あれ? ん?」

 係長は眉間にしわを寄せながら首を傾げた。

「僕、そのデッサン教室の専属モデルでもあるんです。来月は僕の担当なんです」

「えー! じゃあー、探偵さんがー、ヌードになってー、係長がー、絵を描くのねー」

「……ごめん、言ってる意味がわからん……」

 係長は気力のほとんどを消耗したくらいに低いテンションで言った。

「村田さん、よろしくお願いします」

「……やっぱ、行くのやめようか……」

「あの係長、さっき、絶対に行くとおっしゃったはずでは……」

「そうよー」

「うるさい」

「あの、私、係長のことカッコ良かったって言いましたけど、前言撤回ということで……」

「おう、何だよそれ。じゃあ、俺も前言撤回だな」

「ダメですよー。男に二言はないですー」

「このションベン臭えクソギャルめが〜〜〜」

 係長はナマハゲの形相で京子を威嚇した。

「はーい、セクハラですー」

 京子に言われて、係長の顔が般若に変化した。

「小春ー、パイナップルバーでー、係長にセクハラされたこともー、一緒に報告しとくねー」

 京子がスマホを操作し始めて、係長の表情が瞬時に柔らかくなった。

「もしもしー、セクハラ相談窓口ですかー」

「おいおい、磯田、勘弁してくれよ」

「ダメですー」

「今度、飯奢るからよ」

「ダメですー」

「謝るからよ」

「ダメですー」

 おバカなやり取りを見ながら、中山木さんは筋肉ポーズも忘れてただ呆れていた。

「香崎さん、普段からこんな調子なんですか、あの二人……」

「……ええ、はい……」

 私はとても申し訳なく恥ずかしかった。


 こうしてこのおかしな事件は笑撃の幕を閉じることとなった。

 いくつか追記がある。

 春日井四郎が中山木さんのことを詐欺で告発しようとしたことに関して。その理由は単純に、金を得られる可能性があったからということだった。春日井はギャンブルにはまったことがきっかけで、消費者金融から借金を重ね、多重債務者になっていた。そして、ネットで探した裏の仕事で市川と知り合い、オレオレ詐欺の受け子をするようになった。詐欺グループに上川苺さんが加わった時、裏切らないかと心配になって、春日井は上川さんの素性調査を中山木さんに依頼した。しかし、調査が難航したので、今度は中山木さんから金を取ることが思い浮かんだ。中山木さんを詐欺で告発して賠償金を取ることを思いついたそうだ。

 中山木さんと中山道さんが親子であることは全くの偶然で、春日井はそのことを知らなかった。同じカバンが二つあった件も、全くの偶然だった。

 市川はオレオレ詐欺グループのリーダーで、複数の消費者金融と結託して、借金返済に困っている人たちの中から()()()()()()を見つけていたようだ。東南アジア某国に拠点をつくり、そこから詐欺電話をかけさせていた。その拠点には現地警察と日本の警視庁、それに世界各国から捜査員が派遣され、全容解明には数年かかるかもしれない。

 岡村正義さんは、B百貨店で火災報知器を鳴らしたことで罪に問われたが、百貨店側が被害届を出さなかったことと、彼の行動と証言が結果として市川たちの検挙につながったことが考慮されて、不起訴となった。

 上川苺さんについて。彼女は犯罪であることを自覚しながら受け子をしていたことを裁判で自ら認めた。詐欺グループの実状など、自分にとって不利になることも証言し、事件に対する反省が見られることから、被害者たちからも同情を寄せられた。そもそも受け子になった経緯が、市川と消費者金融がグルになって上川さんに受け子を強制させたことだったと判明したことで、最終的に上川さんは不起訴となった。大学は上川さんに対して寛大な取り計らいをし、上川さんはこれまで通り学業も陸上も続けられるようになった。

 中山木ニックさんは、自身が詐欺の被害者でないにも関わらず、市川や春日井らに暴力を振るったので、何らかの罪に問われると思ったのだが、ところがどっこい、捜査への協力から、T県警で表彰されることになり、その活躍は新聞やテレビ等で報道された。


 オレオレ詐欺の被害に遭われた方々に対して不謹慎な言い方になることは承知しているが、前途ある若者二人に前科がつかなかったので、正直ホッとした。

 中山木ニック探偵との衝撃の、いや笑撃の出会いが、国際的なオレオレ詐欺グループの摘発に結びつくなんて、一体誰が予想できただろうか。推理ではなく、腕力で決着をつけることになったこのおかしな事件、いろいろと忘れることができない。特に、中山木さんの決め台詞「名探偵・ザ・グレート!」が耳に残って離れることはないだろう。


この作品はフィクションであり、実在する団体名・個人とは一切関係ありません。

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