第203話 本来の姿
アフロディーテとアポロンはガイアを連れ、アマルティアの部屋に訪れていた。
アマルティアは、ベッドで眠るガイアの上をなぞるようにゆっくりと、薄いエーテルで覆った手を往復させる。
「身体的な異常はどこにも見当たりませんね」
「記憶喪失の原因は分からないのでしょうか・・・?」
アフロディーテは悔しさを滲ませうつむいた。
「記憶喪失の原因は彼女のエーテルに触れた事で解明しました」
「本当ですか?! どうすれば元に戻るのですか?!」
アポロンは、勢いあまってアマルティアに急接近するアフロディーテの肩を掴む。
「落ち着け」
「す、すみません・・・」
アマルティアは優しく微笑みかける。
「結論から言うと、記憶喪失ではありません」
「え・・・?」
「記憶喪失ではない?」
予想外の答えに二人は顔を見合わせる。
「はい。今の姿が本来のガイア様です」
「どういう事ですか・・・?」
「今までのガイア様が博識であったり、大人びた会話をしたり、エーテル操作が並外れていた事は、全て膨大に蓄積したエトナの記憶が彼女のエーテルの中に、彼女自身の記憶として溶け込んでいたからです」
アポロンは大きく頷いた。
「なるほど。道理で・・・ 年不相応の達観した視点や佇まい、エーテル量はそういう理由だったのですね。その溶け込んでいたエトナの記憶が奪われると同時に、膨大な知識まで一緒に引き剥がされてしまった」
「そういう事になりますね。とはいえ、彼女のエーテル量や操作技術は元々彼女が持つ天性のものであるという事も大きい。並外れた潜在能力をお持ちであった事は間違いありません。そんなガイア様だからこそ、無意識下とはいえエトナの記憶という途方もない情報量を制御し、自分のものとして自由に使う事が出来ていたのでしょう」
「でも、どうして子供の姿のままだったのですか? 何百年も生きればさすがに容姿が変化すると思うのですが・・・」
アマルティアは不安な様子のアフロディーテに微笑みかける。
「原因の一つとして、膨大なエーテルが流れ込んだ事で彼女のエーテルが大幅に変質してしまい、彼女自身の時の流れが限りなく遅くなった事が挙げられます。ですが、一番の理由はあなたです。アフロディーテ様」
「どういう事ですか?」
思い当たる節が見当たらず、アフロディーテは首を傾げた。
「どのような手段を用いたかは分かりませんが、恐らく日々の食事か何かを通して、少しずつガイア様に流れ込んでいたエーテルをアフロディーテ様に分け与えていたのです。自身の成長が遅くなったガイア様は、食事をとる必要性が薄くなっていたという事もありますが、それ以上にアフロディーテ様の成長を何よりも優先したのでしょう」
アマルティアは大きく目を見開くアフロディーテの肩に優しく手を置いた。
「あなたの中に流れるエーテルが、ガイア様のものとかなり類似している事が何よりの証拠です。自然界において、ここまでエーテルの特徴が近い個体は普通ではまずあり得ません。血の繋がった親兄弟ですら、ここまで似る事はないでしょう」
アフロディーテは眠るガイアの髪を優しく撫でる。
「だから食事の度にわざわざエトナの町へ繰り出していたのね・・・ ガイア様が料理を作っている所なんて見た事ないもの・・・」
「私の嫌味に本気で怒る事だって、一度たりともなくて・・・ それなのに私は・・・」
一筋の涙が頬を伝う。
「あはは。本当に子供だったなんて、皮肉にも程がありますって。ガイア様・・・」
アフロディーテは顔を伏せ、すがるように布団を掴んだ。
「しばらくオリンポス神殿を利用するとよいでしょう。アシーナ様からも同意を得ています」
アマルティアはゆっくりと立ち上がる。
「少し席を外しますね。部屋は自由に使ってくれて構いませんので」
そう言うと静かにドアを閉めた。
アポロンはアフロディーテの頭を撫でる。
「アマルティア学院長の言葉に甘えよう。ガイア様を一人にはしておけないし、今のアースに戻るのは得策とは言えない。俺達でガイア様の面倒を見よう」
「アポロン・・・」
「大丈夫だ。俺がお前を支える。一緒にガイア様の成長を見届けよう。これからもずっと」
アフロディーテは、恥ずかしそうに頬を掻くアポロンの胸にその身を寄せる。
「・・・ありがとう。アポロン」
腕の中で泣くアフロディーテを、何も言わずただ抱きしめるアポロンだった―――。
アルテミスはレトの様子を見に、教授用に建てられた神殿に訪れていた。
「レト教授・・・」
レトは、うなされるように顔をしかめ眠っている。
額の汗を優しく拭き取る。
「一体、どうしたのでしょう・・・ 前はあんなに元気だったのに」
ふと、小さな机の上の、古びた額に収められた小さな肖像画が目に入る。
「・・・兄妹?」
アルテミスはおもむろに立ち上がり、肖像画を手に取った。
確かめるように優しく指でなぞる。
「あはは。この子、何だか私にそっくり。隣の男の子も、どこかお兄様に似ているような・・・」
「あぅっ?!」
その瞬間、ひと際大きく鼓動が鳴り、頭に激痛が走った。
手から肖像画が滑り落ち地面を転がる。
「ああっ!!」
頭痛は治まるどころか、その激しさを増していく。
ついにその場に倒れ込み、気を失った。
「アルテミス様?!」
レトの様子を見に訪れたアマルティアが駆け寄る。
「しっかりしてください! アルテミス様!」
アルテミスを抱え必死に声を掛けるアマルティアの後ろで、肖像画の中の兄妹はあどけない笑顔を向けていた。
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