第180話 月女神の虜
ニケとオリオンは互いに睨み合い対峙する。
二人の放つ殺気に、身構えるテッサ達にもただならぬ緊張感が走った。
「ほう。心地いい殺気を放つものだ。人間にしてはやるようだな」
「褒め言葉にもならねぇ。そんな事は分かり切っている。俺はその辺の一般人とは違う、なんて当たり前のことはな」
オリオンは闇のオーラをその身に纏う。
「早いとこ白黒はっきりさせようじゃねえか。俺達はやらなきゃいけねぇ事があるんだ。あまり長い事お前達と遊んでいる暇はねぇ」
「安心しろ。お前が気付いた時には勝負はついている」
ニケの全身の筋肉が肥大し巨大な黒霧がうねり出す。
「面白れぇ。やれるもんならやってみろ」
「ね、ねぇニケ。殺しちゃったりしないよね?」
アルテミスが後ろから顔を出し、不安そうにニケに声を掛ける。
途端にオリオンの動きが止まった。
「・・・?」
何か罠か?
それとも策なのか。思考を巡らせていると、オリオンは闇の力を解除し丸腰の状態でアルテミスに急接近する。
「おい、貴様。一体どういう・・・」
オリオンは一直線にアルテミスに迫り、ニケの言葉を無視して彼女の手を取った。
「俺と結婚してくれ」
「・・・・・はい?」
アルテミスは呆然と立ち尽くし、ただ口を開けている。
・・・何だと?
俺の聞き間違いか?
「え・・・?」
突然の出来事に、さすがのパンドラたちも目を点にしていた。
ピュラは不思議そうに首を傾げてオリオンを見つめている。
「美しすぎるあんたに、俺の心は完全に射抜かれちまった」
オリオンは跪き、手の甲に軽くキスをする。
「へっ?! な、なんで?! どどどういうこと?!」
アルテミスはおろおろした様子で俺の方を見る。
アキレウスは呆れて額に手を当てた。
「また始まった・・・ お前が女好きなのは周知の事実だが、時と場合を考えてくれ。相手は敵だぞ? しかも女神だ」
「馬鹿野郎! 今回は本物だ! 俺はついに見つけた! 守るべき君主をな! 俺はこの人の為に生きる! 今誓った!!」
「今なのか・・・」
アキレウスは呆れ果て肩を落とす。
取り囲んでいた部下たちもまるで恒例行事の出来事のように互いに顔を見合わせ肩をすくめる。
「あ、あの・・・?」
すぐにでも振り払うべきと分かってはいたが、オリオンからは殺気がまるで感じられない。
むしろ本心から話している事が伝わる分、思わずドキドキしてしまう。
テッサは物凄い形相でオリオンの手を払いのける。
「誰に許可を得て触れているのですか? 止めてください。穢れてしまいます」
いや、お前のものでもないだろう。
「ほう。この俺の前に立つとは良い度胸だ。お前もそこそこ美人のようだが調子に乗るなよ。俺はこのお方の為に生きると誓ったんだ。邪魔をするな」
名前も知らない相手の為にか?
やれやれ。話が面倒くさい方向へ向かっているな。
「おい。アルテミス。いい加減魅了するのは止めたらどうだ?」
「ち、違うよ!? 魅了は私にコントロールできる力じゃないんだ。こうなっちゃったのはどうしようもないというか、治るのを待つしかないというか・・・」
「アルテミス!! なんて美しく響きの良い名前なんだ!!」
一人感動するオリオンの横で、アキレウスは深くため息をつく。
「いや、オリオンは魅了や幻術といった、そういう内面的な部分に働きかける干渉術に強い耐性がある。迷惑な話だが、これは素なんだ・・・」
「あっはは!! な~んだ! 初めからアルテミスを連れてくれば話は早かったんじゃないか。アシーナも骨折り損だな~。灯台下暗しってヤツだね♪」
パンドラは豪快に笑っている。
「ど、どうしよう。ニケ、私はどうしたらいいの?」
「俺に聞かれてもな。受け入れればいいんじゃないか? どうせ特定の相手はいないのだろう?」
「どうせってなに?! 悔しいけど言い返せない・・・ でも、いきなりすぎてちょっとビックリしちゃった」
オリオンは神妙な面持ちで俺の前に立つ。
「アニキと呼ばせてくれ」
「・・・なぜ?」
「アルテミスも恒星の一員だろ? だったらあんたは俺のアニキだ。リーダーに許可を取らないと筋が通らねぇしな」
元々筋は通っていなかったと思うが・・・
「これより、巨星はニケの傘下に入る」
「なっ?! 急に何言い出すんだ! 正気かオリオン?! それは流石に見過ごせない! たかが女一人の為に、長きにわたり存続してきた組織を売ろうってのか?」
「落ち着け。売る気はねぇよ。確かにアルテミスに惚れたのは事実。だが、どうやら神の在り方とやらが変わりつつあるらしい。相手がゼウスだったなら、確実に皆殺しだ。今回、死者は一人も出ていない」
オリオンは葉巻に火をつける。
「俺達はゼウスのやり方に賛同できなかっただけだ。今はその娘アシーナがユピテリアの舵を取っているらしいが、なるほどゼウスと違い少しは話の分かる奴らしいな」
突然オリオンの身体が黒霧に覆われる。
「お? なんだ?」
黒霧はニケの方へ流れていき、やがて全て吸収された。
オリオンは確かめるように手のひらを開閉する。
「俺の中から闇の力が消えた」
「本当なのか?!」
アキレウスは驚いた様子でオリオンを眺める。
「ああ。理屈は分からねぇが、俺の力もニケを認めたって事かも知れん。やっぱりあんたは俺のアニキだ」
オリオンは白い歯を見せ笑う。
「やれやれ。その様子じゃ闇の力について何も知らないのか」
「どういう事だ?」
「だから―――」
話し始めようとすると、オリオンはそれを制した。
「ここで話すのも何だ。場所を移そう」
豪快に笑いながらオリオンは上機嫌で歩き出す。
アキレウスは呆れた様子でそれに続いた。
「やれやれ。とりあえずユピテリアとの争いにはならずに済みそうだな」
「アルテミスのおかげじゃないか! すごいな、さすがだよ!」
パンドラはアルテミスに肩を組む。
「なんか私に対する扱いがテキトーになってきてる気がするんだけど?」
「ひどいなあ! そんな事ないって!」
じっと睨むアルテミスの肩をバンバン叩く。
「あの殿方、私のアルテミスさんに勝手に触れるなんて・・・ 許せません」
テッサはオリオンの背中を睨みつける。
「私、いつの間にかテッサのものになっていたの?」
テッサは苦笑いするアルテミスの手を強く掴む。
「当然です。私達は運命に導かれ愛し合う二人。他人が入り込む余地なんて・・・」
パンドラは黒刀でテッサの頭を強く叩いた。
「ほら、バカやってないでさっさと行くぞ~」
「あい? うんめい・・・?」
ピュラは訴えかけるように俺を見上げ首を傾げる。
「お前はまだ知らなくていい」
呆れた俺はピュラの手を取り、テッサ達から遠ざけるように早足でオリオンの後を追った。
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