02 カッサ王国
今回は本当に贅沢な旅だ。
包み込むような柔らかさの座席だから、私だったら宿に泊まらなくても、ここで問題なく眠れそう。
実際に移動中うとうとしていたし、広さも十分あるから、自分ではそれでもいいかなと思っていたけど、何かあっても困るし、護衛をするのも難しいからとルル様から却下されてしまった。
「どうしてもと言うのなら、私が護衛としてローザさんと一緒に馬車で泊まれば可能ですけどね」
ルル様との話を聞いていたライルが、爽やかな笑顔で話に加わってきた。
そこにいやらしさを感じないところが彼の持ち味なんだろう。だから慰労要員としてやってこれたんだと思う。
ライルはまだ、私を他の女の子たちと同じように扱おうとしているんだろうか? イケメンに特別っぽく接してこられても、私は喜んだり、嬉しくなったりはしないんだけど。
そんなどうでもいいような会話をしつつ、ゼ・ムルブ聖国を出てから二週間後、何事もなくカッサ王国の王都に私たちは到着した。
聖母の屋敷を訪ねると、私たちの到着を待ちわびていたのか、すぐに応接室へ通される。
カッサ王国の聖母は、ゼ・ムルブ聖国や聖女とは何の関係もない。
報告によると、その女性にルル様のような特別な能力があるわけでもないようだ。
慈悲深いその行いから、人々がそう呼び始めたらしい。
「パドマと申します。こちらは娘のリンダです」
出迎えてくれた聖母パドマに合わせて、その娘も軽く会釈をする。
「この度、聖女様には、遠路はるばる、あたくしたちのために、ご足労いただきありがとうございます」
「いいえ、聖女の手を必要とされている方がいるのであれば、そこに距離など関係ありませんわ」
「そう言っていただけると助かります」
ルル様と挨拶を交わしている三十代後半ほどの女性が、カッサ王国の聖母だ。
その姿を見ただけでも健康ではないことが窺い知れた。
身体はやせ細っており、疲れ切っているのか、その顔にはまったく覇気がない。
それは娘のリンダも同様で、私と同じくらいの年齢だと思うけど、若々しさや瑞々しさを感じることができないほどだから、何かしらの病気が進行していることは間違いないようだ。
ただ聖母の方は、手のひらをぎゅっと握りしめて、肩に力が入っているその姿が、ルル様を前にして何かを決意しているように思われる。
私はカッサ王国への派遣が決まるまで、この国のことは名前くらいしか知らなかった。
王都までの道中、車窓から見たその風景は『寂れている』という言葉がしっくりくる感じがした。
『ああ、やっぱり』と少し気持ちが重くなったのは派遣が決まった後で、コーデリアの勉強ついでにどんな国なのかを一緒に調べたから、カッサ王国の状況はなんとなくわかっていたからだ。
この時期は農作物の収穫前で、だいたいどこの国でも農村地帯には青々とした作物か、黄金色の穀物畑が広がっている。
それが、北に向かうにつれて、切り立った岩山ばかりが続き、開けている土地があっても植物が栽培されている場所は極めて少なかった。
この辺りは、ほとんどの土地が粘土質のため作物が育ちにくいそうだ。農業が不向きなこの国の産業は、主に建設用の大理石や御影石、そういった石材の輸出だけで、山が多い割には鉱山もあまりないらしい。
そんな懐事情で、ありていに言ってしまえば他国に比べて国力がなく、とても貧しい。
車窓からの風景が、王都でさえ活気がないように感じたけど、国民に元気がないのは、仕方がないことなのかもしれない。
そして、この屋敷には、部屋にも廊下にも絵画や陶器などの飾り物がほとんどなく、聖母パドマたちのドレスも二人の体型に合っていない。
それは、病気で痩せたあと、サイズの手直しをしていないようで、身体にフィットしていないからだ。
聖母と呼ばれるような人まで生活が困窮しているのだろうか? それとも病のせいで、心も疲れてしまって、身なりに構うことをやめてしまったのか……。
「早速ですがご病気のことをお伺いしてもよろしいでしょうか」
ルル様は病人である二人に、できるだけ負担を掛けないように、世間話などに時間を取らず、短時間で用件をすませるようだ。
「はい……」
聖母パドマはそう返事はしたけど、そのまま唇をきつく結んでしまった。その姿は気持ちを言葉にすることがつらいように見える。それほどまでに病状が深刻なものになっているのだろうか。
「わたくしは教皇様から、聖母様のご希望通りにと仰せつかっております。ですから、どうぞ信頼してお話しくださいませ。それに、ゼ・ムルブ聖国の聖女は、立場上、守秘義務を万全にしていますので、伺ったお話が外に漏れる心配もございませんわ」
「聖女様……」
聖母パドマは、まだ迷っている感じはするものの、先ほどとは違ってルル様の目をしっかりと見ていた。
「ゆっくりで構いませんから、どうぞ胸の内をお話しください」
「はい……これから、お願いしたいことは聖女様の根源を揺るがすものになります。ですが、すべてお話しいたしますので、どうかあたくしたちにお力をお貸しください」
「わたくしはそのつもりで本日お伺い致しました。それがどんな内容であっても、できる限り力を尽くすつもりですわ」
「ありがとうございます」
ルル様が聖騎士たちに席を外すよう頼み、応接室には私たち四人だけが残された。
患者によっては見習いの私も拒否される場合があるけど、今回はここで聞いていても構わないらしい。




