19 空気読もうよ
モニカとの約束の日、私たちは日が傾き始めてから薬屋に向かった。
いつも通り聖騎士のみんなには店の外で待機してもらい、ドアを開けて中に入ったのはルル様と私だけだ。
「いらっしゃ……」
私たちに気がついたイヴがとても嫌な顔をする。
その横でモニカが腕でばってんをつくっているけど、それは話がこじれたのバツ? それとも話ができなかったことのバツ?
「何度来たって同じなんだから、帰ってください」
「ご迷惑だとは思いますが、お話だけさせてくださいね。そのお返事さえいただければ、わたくしたちは大人しく帰りますから」
モニカが一歩下がり、イヴの目に入らない場所からボディーランゲージで何かを伝えようとしている。
店の奥を指差してから、人差し指と中指を立てた。
『奥に二人いる』ってこと?
「先にご挨拶させていただきます。わたくし聖教会にて聖女の称号を賜っておりますルルと申します」
「聖女!?」
「はい聖女です。それでは、まず、イヴさんたちには三つの案をご用意いたしましたので、それを順にお話ししますから、お聞きください」
「急に何を言い始めるのよ」
「ひとつめですが、このままわたくし及び聖教会はまったく関わらず、今まで通りにお過ごしいただくという案。その場合、今後イヴさんたちがどうなろうとわたくしどもは一切関知は致しません」
店の奥にあるもうひとつの部屋で物音がした。イヴの父親と母親だろう。この状況を気にはしているんだろうけど、顔を出さないのは私たちを警戒しているからか。
「ふたつめですが、過去をすべて捨て去っていただき、本当に別人となって自由に暮らしていただくという案。ですがこの場合はモニカさんの水飴はお使いいただけません。なぜなら、今回のように誰かに不審に思われて、問題が起こる可能性がとても大きいからです。この場合も聖教会は関りを持ちませんので、トラブルが起きた場合はみなさんで解決していただく必要がございます」
「なんで水飴のことを知っているの!?」
イヴがルル様を見てから、斜め後ろにいるモニカの方を振り向いた。
「モニカ、あなたまさか!?」
「みっつめですが、聖教会直轄の治療院をご用意しますので、みなさんでそちらに移っていただいて医師として働いていただくという案。この場合はモニカさんの水飴を使用していただいても結構です。聖教会がすべて責任を持ちますし、聖教会が後ろ盾につきますので、貴族からもお守りできると思います」
「いったい何を言っているのよ」
「イヴ、お願いこの人の話を聞いてよ。それでさっき言われた三択から、イヴたちがどれを選ぼうとあたしは反対しないけど、それでも少しは考えてみて」
「モニカ、おまえがこの人を呼んだのか?」
部屋の奥から中年の男性が出てきた。イヴの父親だろう。
「お願いおじさん。聖女様を嫌っていることはわかっているけど話だけでも聞いてよ。このままじゃ、ずっと逃げ続けることになるのよ」
「何を吹き込まれたか知らないが、なぜこんなちっぽけな店に聖女が現れる? おまえは騙されているんじゃないのか?」
「違うよ。ねえ、これを見て」
モニカは自分の前髪を手で上げて、きれいに治った左目をイヴとその父親に見せた。
「モニカ、その目」
「傷がなくなってる! なんで?」
「聖女様に治してもらったの。お願い、この人は悪い人じゃないわ」
「ちょっとまて、頭がついていかない」
イヴたちは驚きすぎて、言葉も出てこないようだ。
ただでさえそんな状況で混乱中なのに、突然薬屋のドアが大きく開いたかと思うと、中にセレンが飛び込んできた。
「サリーだよな? やっと見つけた。もうどこにもいかないでくれ。これからは側にいてずっと私が守り続けるから」
「「「「え?」」」」
「はあ、いったい何のこと? それに誰?」
「モニカ、この人は?」
「全然知らないんだけど」
「なんで知らない男からこんなこと言われているんだ。俺はモニカと暮らし始めてから、ずっと父親として接してきたつもりだ。本当のことを言いなさい」
「そうよ。あたしも自分の子どもだと思っているわ」
あ、母親まで出てきた。
「この人、その聖女って人たちの仲間だよ、父さん」
「何? 聖教会の関係者なのか? そうか……だからか……モニカは俺が反対すると思って悩んでいたんだな」
「え? 違うから。本当にこっちこそ何のことかわからないから」
「いいんだ、すまんモニカ」
「勝手に納得しないで、私の話を聞いてってば」
なにやら家族で、もめ始めた。
モニカにしてみたら、セレンはほぼ初対面の人間だ。まるでプロポーズのような台詞だし、知らない人にそんなこと急に言われたら困るに決まっている。
もしかしなくても、セレンってちょっと空気が読めない人だよね。しかも、私の時もそうだったけど、無自覚で相手が勘違いしそうなことを口にしちゃうし。
「何やってるんだセレン、外に出ろ。そして頭を冷やせ。また失敗を繰り返すつもりか馬鹿者が」
セレンはグラントによって店の外に連れ出された。
「お騒がせして申し訳ございません。続きをどうぞ」
ぱたんっとライルがドアを閉めた。
たぶん、また覗いていたんだろな。
いや、そんなことより、モニカたちがセレンの話で混乱していて、ルル様は無言で立ち尽くしている。
この空気、いったいどうしてくれるんだ。




