16 行動は計画的に
薬屋を訪ねるまでの三日間、私はルル様から提案された通り、町を探索することになった。
薬屋のことはモニカにほぼ聞いたので、ルル様も暇になったと思ったから、一緒に出掛けませんかと声を掛けたてみた。だけど『わたくしは考えをまとめたいの。ひとりにしてもらえると有り難いわ』と断られてしまう。
結局今日はルル様が一日部屋にこもることになったので、私は邪魔にならないように、渋々外出することにした。
護衛としてライルと、ルル様からお願いされたセレンが付き添うことになったんだけど、私は平民出の上、もともと似たような町で暮らしていたから、一人で出歩いても全然問題がない。
本当にウォークガン帝国みたいなことはそうそうあるわけないから、大丈夫だと思うんだけど。でもそんな意見が通るわけもなく、現在、大通りを三人で歩いていた。
「何か見たいものがあれば、そのお店にご案内します」
「いま欲しい物は思いつかないので、歩いていて気になったお店があったら、ふらっと入ってもいいですか」
「かまいませんよ」
ライルは爽やかに笑って答える。
一昨日のように馴れ馴れしくされることもなく、ちゃんと聖騎士とその護衛対象の距離を保っているので、逆にあの時の態度はいったいなんだったのかちょっと気になった。
話をしているライルとは打って変わって、セレンは常に私の真後ろを歩いているので、振り向いて彼にも確認をすると、静かに頷く。
二人にしてみたら、私との行動も仕事の内で、見習い聖女とはいえ選択権は私にある。相当なことがない限り、私の決めたことに反対はしないだろう。
雑貨屋や小間物屋をチラッと見たけど、ライルとセレンが待っていると思うと、ゆっくり見るのも気が引ける。
今まで私は、あくまでも聖女様たちのおまけで守られていただけだから、あまりこういう機会がなかったので、なんだかムズムズして居心地が悪い。
「我々のことは気にしないでください。と言ってもローザさんは気になるようですね。だったら友達と買い物でもしていると思えばいいんですよ。なんでしたら、こちらもそういう態度で接しますが?」
「ライル!」
すぐさまセレンが釘をさした。
「いやだって、ローザさん、気にしすぎて楽しくなさそうだから」
ねえ、とでも言うように私に同意を求めるライル。悪いけど、今まで男友達なんていなかったから、そんなことを言われてもわかんないわ。
「逆に困惑しているようだぞ」
「そのようだな」
私の態度で、何かを察したセレンにそう言われて、ライルが遠くを見ながら何か考え始めた。
「ローザさんは買い物がしたいわけでもなさそうなので、だったら、あそこに行ってみませんか?」
「あそこって、時計塔?」
ライルの指は、この町の中央にそびえ立つレンガ造りの時計塔をさしていた。
「砦の塔ほどではありませんが、あそこからの眺めもいいんです。一般に公開しているので、一番上まで登れますがどうしますか?」
暇だし、私が店で物色している間、ふたりを待たせるのが嫌なので、その方が気楽かも。
「行きます。それに、もし他にも観光ができる場所があったら、連れて行ってもらえませんか」
「わかりました。ではいくつか考えておきます」
私たちは店を回るのをやめて、ライル推薦の時計塔を目指すことにした。
買い物よりこっちの方がいいような気がしたのに。まさかこんなことになるなんて……。
現在私は、時計塔の階段を息を切らしながらセレンに引っ張ってもらっている。
まさかこんなに高いとは。
塔の三分の二ほど登ったところで、私の体力は限界を迎えた。こんな中途半端な場所から諦めて帰るなんて残念だし、ふたりにも悪い。
他の人の迷惑になるから、動けないからといって、こんなところに座り込むわけにもいかなかった。
頑張っても一歩一歩がつらい。階段を一段上るのも億劫な私を見るに見かねて、とうとうセレンが左手を差し出した。
さすがにこの状況で断ることはできず、結局手をつないで引っ張ってもらうことに。
ライルは万が一私が階段を踏み外したらまずいので、何かあった時に支えられるよう、すぐ後ろで見張っている。
「本当にすみません……」
私はなんて阿呆なんだろう。
「こんなことなんでもありませんから、気にしないでください」
「こちらこそローザさんの体力も考えずに誘ってしまい申し訳ございません」
ここ一年の間だけでも結構旅をしていたから、足腰は頑丈だと思っていた。
だけど、考えてみたら移動はほとんどが馬車だ。
あまりの情けなさに、ゼ・ムルブ聖国に帰ってから、時間がある時は運動しようと心に誓った。
「そろそろ天辺です。もう少し頑張ってください」
ほぼセレンの力で強く引っ張り上げられて、どうにか前に進んでいる状態だから、あと五段、四段と終わりが見えた私の心は嬉しさのあまり歓喜で満たされていた。
最後の一段となった時、気持ちだけがはやってしまい、その段に足が引っ掛かかって、勢いよく前に倒れる。そのせいで思わずセレンに抱き着いてしまった。
私のそんな状況に、まったく動揺した様子もみせないセレンの顔を間近に見た私は、思考停止からすぐに我に返る。
「うわっ!」
そう言って今度はセレンの胸を手で押した。
自分で抱き着きながら酷い態度だ。しかし、そんなことを思う余裕もなく、今度はそのまま後ろへ倒れこんでしまう。
そんな私をライルが受け止めたので階段を転げ落ちることは免れたけど、体力が切れてしまった私はそのままライルの腕の中から動くことができなくなってしまった。
「二人ともすみません。本当にすみません」
「気にしないでください」
「天辺は広いみたいですから、場所もありますし、動けるようになるまで、ゆっくり休んでください」
「はい……」
本当に何をやっているんだ私は。




