05 振り払われた手
「喉の炎症に効く薬をご用意しますのでしばらくお待ちください」
薬屋のイヴは後ろの棚からいくつかの壺を下ろした。そこから匙で少しずつすくってすり鉢に入れ、それをすりこぎですりつぶす。そこまでを手早く簡単に済ませてから、小さな紙袋に移し替えた。
「これ、飲んでみてください」
手元に少しだけ残しておいたものがあって、それを用意した水と共にルル様に勧める。
「?」
ルル様がちょっと首を傾げながら茶葉の混ぜ物を飲み込むと、今度は紙袋に入れた物をルル様に手渡した。
「それを三回に分けて食事のあとに今日から服用してください。苦みが強いと思う場合は、あたしがさっきやったように水飴を溶いた水で飲むといいですよ。それでも痛みが取れなかったら、またここに来てもらえますか」
「だから水が甘かったのね。ありがとう。イヴさんはローザと同い年くらいに見えるのに、すごいのですね。もしかしてひとりでお店を切り盛りしているんですか?」
ルル様はお店をキョロキョロ見渡してから、イヴに質問した。
私は初めからイヴのことはルル様に任せていて、さっきからずっと建物内の気配を探っている。この店は平屋でしかも店舗の他には部屋が一室あるかどうかの広さ。私の感覚があてになるかわからないけど、建物の中に人の気配は感じられなかった。
「いえ、家族とやっています。外出中ですが、すぐ戻ると思いますよ」
家族? 行方不明の女の子には、一緒に暮らしていた叔父夫婦以外家族はいないはずだけど。
「だったら、今は、貴女一人なんですね」
「そうですけど?」
「ねえ、イヴさん」
「はいなんでしょう」
「唐突ですけど、わたくしたちはイヴさんの力になりたいと思っています。悪いようにはしませんから、これからわたくしたちと一緒に教会へ行ってもらえませんか?」
ルル様のこの台詞。
やっぱりイヴの力は聖女の癒しだったんだ。そうだとすると聖教会が探している人物で間違いない。
「教会……あなたたち聖教会の人なの?」
教会と口にしてから、なぜかイヴの表情が険しくなった。声のトーンも低くなって今までとは雲泥の差だ。
「ええ、イヴさんのことは聖教会がお守りしますから、ご安心ください」
「あなたはいったい何を言っているんですか!? こっちは聖教会なんて関わりたくもないのに」
やっぱり反応がおかしい。
「何か気にさわるようなことがあったのでしたらお詫びします。申し訳ございません」
ルル様は態度が急変したイヴに対して、頭を下げる。
「用事が済んだならもう帰ってください!」
それでもイヴは叫ぶようにそう言うと下を向いてしまった。この態度からして彼女に何かがあることは一目瞭然だ。
誰かに脅されているからなのだろうか。そうでなくても、聖教会に対してイヴがここまでの拒否反応を示すような何かはあったはず。悪い話を誰かに吹き込まれたとか?
今の状況では、その家族っていうのが一番怪しく思える。もしそれが、イヴをかどわかした張本人だったなら、ここから逃げ出すためにルル様の手を取ってほしかったのに。
「怯えさせるつもりはなかったんです。ごめんなさいね。ローザ、今日は帰りましょう」
「そうですね」
とりあえず、最初に予定していた通り一晩様子を見るため、私はルル様と一緒に店を出た。
これから店について、隠れて探ることになっている。
イヴに拒絶されたため、私たちは回りくどい方法をとらなければならなくなった。それはまだ彼女の周辺がどんな状況か掴めていないからだ。
イヴがシャンヒム王国でこの店を出したのもちょっと前のことで、その前はどこで暮らしていたのかもわからない。だから、またいつ引っ越してもおかしくはないので、この国の支部の人たちも詳しく調べている時間がなかったようだ。
「うおっ、何やってるんですか?」
私が驚いて声を出してしまったのは、店の入り口付近で、横の小窓の部分にセレンが張り付いていたから。
そこからこっそり中を覗いていたらしい。
「探していた女の子が見つかりましたよ。あとはなんとか説得して教会に連れて帰ればいいだけですが、ちょっと時間が掛かりそうですよ」
「違う……」
「違う? あの娘を誘拐した者を調べる必要がありますし、彼女自身が教会に行くのを嫌がっているので、すぐには保護できませんよ」
「違うんだ」
「って、何がですか!?」
「あの娘はサリーじゃない」
「は? サリーって行方不明の女の子ですよね? もしかして、セレンさんはその子を知っているんですか」
「俺だけじゃない、グラントさんも知っている。サリーのことは全部俺のせいだから」
セレンのせい? いったいどういうこと?




