32 ゼ・ムルブ聖国へ
「コーデリアさんは船に強いんですね。酔わないなんて羨ましいですよ」
「船酔いって大変そうだからよかったわ。お父様は部屋で寝ていて可哀そうだもの」
私はゼ・ムルブ聖国に向かう船の甲板で潮風にあたりながらコーデリアと話をしていた。
行きの時と一緒で、私は船酔いする度、ルル様に治療してもらっているから平気だけど、マルセルは気持ちが悪いと言って臥せっている。
治してもらえばいいのに、病気ではないから、ルル様の手を煩わせたくないらしい。――私は耐えられないんだもん。
「こんな風に船旅をするなんて思ってもみなかったわ。水平線の向こうには何も見えないけど、ずっと進んでいけばどこかにたどり着けるのかしら」
コーデリアは海と空の間に引かれた線を眺めながらつぶやいた。
港から出向してからかなりの時間が過ぎているので、この辺りはかなり深いのか海の色も濃い青になっている。
もともと帝都は港町であることもあって、コーデリアは海は慣れ親しんでいるからそれほど珍しい光景でもないはずだけど、風が強くなってきても船のデッキから屋内に戻ろうとはしない。
さっきまでは水平線とは逆側だったウォークガン帝国の方ばかり見ていたから、口にはしないけど、故郷を離れることが寂しいのかもしれない。
「私もウォークガン帝国に行くときに初めて海に出たんですけど、たぶんこの船が進んでいる先とは別の方向にも陸があって、いろんな国があるんです。そうですよね、ルル様」
「ええ。世界には大陸だけではなくて島国もたくさんありますのよ」
興味があるなら、教会で地理を学べばいいとルル様はコーデリアに薦めた。
「そうね。理由はどうであっても、私はゼ・ムルブ聖国に行けてよかったと思っているの。今まで私は帝都から出たことがなかったし、あのままウォークガン帝国にいたら、ワイン色の瞳を持つ私には自由がなかったと思うわ。だからこんな旅も一生できなかったかもしれないもの」
わざわざワイン色を強調して言うあたり、紫キャベツは絶対拒否ということらしい。
コーデリアがファーガス皇帝に言っていたけど、皇帝の姪という身の上で、皇帝色を持つものとして、コーデリアには自由がなく、好き勝手には暮らすことはできなかったようだ。
「生活が変わることはちょっと不安だけど、これからはやりたいことをやってみることにするわ。まずは聖女様もおっしゃっていたように、世界を知ることから始めようと思うの」
こちらを振りかえりながら、子どもらしい笑顔でコーデリアは可愛く笑った。
「コーデリアさんが楽しそうでよかったですよ。ほかに何か希望はありますか。私にはそれほど力はないですけど、手を貸してあげられることもあるかもしれませんから」
「わたくしにも遠慮せずにおっしゃってくださいね」
「ありがたいけど、それはゼ・ムルブ聖国に行ってみなければわからないわ。今はそれより早く大きくなりたいと思っているの」
は? いま、ルル様に向かってなんて言った!?
「ルル様―。コーデリアさんはこんなこと言ってますけど、巨人とかじゃないと思いますから」
ルル様にその希望を叶えてもらったら、たぶん絶望でしかないから。
「何言ってるのよ貴女は? 前から思っていたけど、貴女ちょっとおかしいわよ。親友って言ったこと撤回したいわ」
品がないとか言われることはしょっちゅうだけど、はじめて面と向かっておかしいと言われた。
「コーデリアさん! ゼ・ムルブ聖国ではその高飛車な物言いは直さないといけないですからね」
「やだ、なに先輩風ふかしてるのかしら? 見習いのくせに」
「うっ、痛いところを……」
勝ち誇った笑みを浮かべるコーデリア。
彼女はマルセルと一緒に教会でいちから学び、まずは助祭を目指すことにしたようだ。
ずっとマルセルがやったことを気にしていたようだけど、私に嫌みを言えるまで元気になったし、前向きになったみたいだから本当に良かった。でも、性格の矯正は必要だけどね。
そんな私たちをルル様はいつもと変わらず優しく見守っている。
「そういえば、お父様ががローザを傷つけたことの償いは、一生懸けてしていくって言っていたわよ」
「私にはそんな必要はないですって」
「なんか……」
なぜか、口ごもりながら、すごーく嫌な顔つきになったコーデリア。
「ローザが聖女になった暁には仕えたいとか言ってるけど、どうやら貴女はお父様のタイプらしいのよ。娘としては微妙で何とも言えないんだけど……」
そんなこと言われたって、私の方こそ微妙で何とも言えないから。




