26 ルル様と私
「やはり気づかれてしまいましたね」
「そのようね」
しかたありません。相手は『ルル様大好きファーガス皇帝陛下』ですから。
実は、ファーガス皇帝がお妃候補として私の名前を出したあとから、ずっと、ルル様と私は中身が入れ替わっていた。
元に戻るのは自室にいるときだけだ。
それは私の身を案じたルル様の提案で、より安全だと思われるルル様に私は姿を変えられていた。
「聖女を傷つけたら、必ず報いを受けるとウォークガン帝国の貴族たちは信じているようなの」
そう言えばコーデリアも言っていたような気がする。
実際に十年前のルル様周辺では、神の御業としか思えないようなことが多発していただろうから、当然っちゃ当然か。
それで、人間の残忍さに慣れていない私が、貴族の言葉や態度で傷つけられることを良しとしなかったルル様は、それをすべて自分で受け止めることにしたようだ。
私の意志とは関係なく強制的に姿を変えられてしまったので、その間私は、ルル様のふりをするしかなかった。
そこまでルル様が警戒していたから、最悪突き飛ばされるくらいはあるかもしれないと思っていたけど、まさか刺されるとは思いもしないじゃないか。
だいたい、入れ替わったとしても、私は絶対に粗が目立つはずだ。だから初めから練習しておいた台詞を話すとき以外は、極力無言で過ごしていたんだけど、どうしても感情が表に出てしまう。
その最たる出来事がマルセルを殴打したことだ。
私はルル様の姿で絶対にやってはいけないことをやってしまった……。
聖騎士の皆が目をつぶってくれたからよかったものの、聖女ルル様の名を傷つけるような行為なんだから、本当なら土下座したとしても許されることではない。
「あの時は本当にすみませんでした」
「あれは仕方がなかったのよ。ローザがわたくしのことを思ってやってしまったことだもの。聖女としてはいけないことだったとしても、わたくしは嬉しかったわ」
ルル様はやっぱり優しいな。
そんなこんなで聖騎士たちも含めて、周りはなんとかごまかせていたんだけど……。
どんなになりきろうと、ルル様愛が異常なほど強いファーガス皇帝を騙すことはできなかったようだ。
初めから『おかしい』を連呼していたから、きっと『私ルル様』のことが奇妙に思えたんだろう。『ルル様ローザ』の方にも違和感があったかもしれない。
「私たちの入れ替わりを知ったから、ルル様の男性化についても何か言ってきませんかね」
「それは大丈夫じゃないかしら。身体を一から作り変えるなんてあり得ないと思わない? 精神を入れ替える術を使っていたという方がまだ真実味があるのではないかしら」
「サミエル王太子の時もそれで誤魔化しましたもんね」
でもあの時はサミエル王太子のショックが大きすぎて、ルル様の術どころではなかったんだけど……。
「あ、刺されたローザが実はルル様だったこともわかっちゃいましたよね。ルル様を傷つけたとなれば、マルセル様やばくないですか?」
「それも平気よ。あれは初めからお芝居だったんですもの」
「お芝居? でも間違いなくアイスピックが胸に刺さっていましたよ」
「胸といってもあの位置では致命傷にはならないわ。マルセル様はご自身の身体で経験があるから、それをご存知じだったの。そうだとしても刺されたのがローザではなくてよかったわ」
いいえ、ルル様だってだめですよ。
「胸を刺された経験ですか? それって十年前のことですよね」
「そうよ。それでマルセル様はご自分からロイヤルヴァイオレットの座を降りたんですもの」
そうだとしたら、初めからマルセルがルル様を逆恨みするわけもない。
事件そのものが私の知らないところで、初めから仕組まれていたことなの?




