19 奇跡の生還
「ル……」
私は膝をついているルル様に手を伸ばす。
「大丈夫……大丈夫だから心配しないで」
力強く私の手を握って、ルル様がはっきりそう言っているんだから本当に大丈夫なんだと思う。
でもこれはルル様だからどうにかなっているだけで、即死に近い状態だったはずだ。
致命傷なのに、あっという間にルル様の力で傷が消えて、元通りになった……らしい? その証拠に身体から凶器となったアイスピックが自然に抜けてぽとりと床に落ちた。
見たところ血もそれほど流れてはいない。どうやらアイスピックが身体に刺さったままだったことが幸いしたようだ。
「完治したんでしょうか?」
刺された場所に目を凝らしてじーっと見つめても、修道服にできた穴が小さすぎてよくわからない。
「ええ、もう平気よ」
「よかった……」
ひとまずこれで安心だ。
ほっとしてからマルセルに目をやると、聖騎士と城の衛兵によって床に押さえつけられ拘束されていた。
「大変申し訳ございません。あってはならない失態です。我々はいかような処分も受けますが、ここには聖女様たちをお守りする交代要員がおりませんので、ゼ・ムルブ聖国に戻るまではご辛抱いただきたく」
「ええ、今回のことは戻ってから教皇様にすべてお任せしようと思います」
さすがに聖騎士たちを庇うことはできないけど、私もまさかこれだけの人の目がある中で凶行に及ぶ者がいるとは思いもしなかった。
しかも命を狙われるほどのことをした覚えがない。
それはマルセルのことを知っているルル様も同じだったから油断をしていたのだろう。
いくら娘のコーデリアが傷つけられたからとはいえ、殺そうとするのは理解の範疇を超えている。
たとえほかにどんな理由があったとしても絶対に許せるものではない。
見習いとはいえゼ・ムルブ聖国の聖女候補にたいしての殺人未遂だから、マルセルはこのあと重罪に問われることは間違いないだろう。
このまま牢に入れられ、ウォークガン帝国の法で裁かれるだろうけど、そうなってしまえば私の怒りのやり場がなくなってしまう。
私は立ち上がるとマルセルのそばまで歩いて行った。
「すみません。話ができるようにしてもらいたいのですが」
奇跡の生還を見ていた衛兵たちは驚いて固まっていたけど、聖騎士たちはすぐに私の頼みを聞き入れてくれて、私とマルセルが視線を合わせられるように、マルセルを床から起き上がらせ膝立ちにしてくれた。
話ができるようにとは言ったけど、私は初めからそんなつもりはない。
みんなが見守る中、右手を握りしめ力をこめる。そして私はその拳を思いっきりマルセルの左頬に叩き込んだ。
ぐーで殴ったとはいえ所詮は女の細腕だから、たいした威力はないだろ。それに一発で済ませてやるんだからありがたく思え。
それでも、これで少しはスッキリした。
「私たちは何も見ていませんから……」
「え?」
そばで一部始終を見ていた聖騎士たちが、そんな私から目をそらした。
やばい、どんな理由があろうとも聖女が人を傷つけるなど、あってはならないことだ。
やるならルル様がいつもやっているように、相手に神罰だと思わせるように遠まわしでやらないと……。
恐る恐るルル様の方を見る。
こんな残念な私にたいしても、優しい笑顔を返してくれた……でもいつもとは様子が違うから、ルル様が本当はどう思っているのかわからない。
迷惑ばかりかけてごめんなさい。あとで土下座して謝りますから許してください。
そんな私たちのやり取りを悲痛な表情で見つめている者がいた。
マルセルの娘のコーデリアだ。
彼女は父親の非道な行いを目の当たりにして怯えていた。ルル様の力のおかげで、未遂で済んだとはいえ、私が自分の父親の手によって殺されるところだったのだ。十二歳の少女にこの現実は重過ぎるだろう。
私はそんなコーデリアに手を差し伸べて優しく抱きしめた。
この子の心の痛みが少しでも取れますように。そして救われますように。
自分の腕にそんな願いをこめる。
「せ……いじょ様……?」
驚いたコーデリアが顔をあげてつぶやいた。
私はまだ聖女じゃないんだけどね。っていまはそんなことどうでもいい。
私はルル様に了解を得て、私たちの部屋へ震えが止まらないコーデリアをこのまま連れていくことに決めた。




