10 皇位争奪戦は命がけ
「ブリジット殿が押しかけていったそうだな」
夕食はファーガス皇帝に予定がある時をのぞき、私まで一緒に食事をすることになっていた。
これではいくら否定したところで、うわさを払拭できそうもない。
「久しぶりにお会いしましたが相変わらずお元気そうで良かったですわ」
「何か言われただろう。儂たちの仲を引き裂くことを生きがいでもしてるんじゃないかと思うくらいやかましいからな。息子の次は孫を使って邪魔をしよる」
「引き裂く仲などありませんのにね。たまたまあの頃は、ファーガス皇帝陛下が一番お怪我や体調をくずされることが多かったので、他の方よりそばにいる時間が長かっただけですわ。それをブリジット様は、陛下だけを特別扱いしていると勘違いされておりましたけど」
もともと教皇様からの指示でファーガス皇帝についていたはずだ。だけど、ルル様は聖女の中の聖女だから、ファーガス皇帝以外にも傷ついた者がいればちゃんと癒していたんだろう。
あの事務管理官もルル様に命を救われたことがあるのかもしれない。仕事の時は抑え込んでいたと思うのに、ドアから出ていく時にはルル様を愛おしむ感情が駄々洩れしていた。
「何かにつけ儂のことを気持ち悪いと陰口をたたいているようだが、儂らが兄妹ではないことくらいちゃんと調べればわかることだ。ルルの年齢から逆算しても、その頃この国に父上と関係があった聖女はひとりも存在しない。ゼ・ムルブ聖国も父上のことを警戒していたんだろう、派遣されてきた聖女はすべて老婆だったからな」
「十年前は皆様の目をそらすため、こちらもわざとそういうことにしておりましたから。今でもそう思われていらっしゃる方がいても仕方ないですわ」
「しかし――本当に藤色ではなくなってしまったんだな」
ファーガス皇帝は自分の席から腰を浮かしルル様の方へ顔を近づけた。ロイヤルヴァイオレットのことを言っているのだろう。
十年前は藤色をしていたらしいけど、私が初めて会ったころからルル様の瞳はずっと銀色だ。
「ルルは自らロイヤルヴァイオレットだと偽って儂らを守るために矢面にたっておった。ロイヤルヴァイオレット同士の争いは一人でも多く蹴落とそうとしていたからな。例にもれずルルも命を狙われたり、陣営に引き入れようと近づく者があとをたたなかったのだ」
話がわからない私を気づかってか、ファーガス皇帝が十年前に起こったことの説明を始めた。
「しかし聖女に手を出した輩はことごとく神の怒りにふれてな。皇位の証でもあるロイヤルヴァイオレットを失うことになったのだ。今度はそれを逆恨みして、逆にロイヤルヴァイオレットのままの兄弟たちはいつまでも攻撃され続けた」
総勢で何人いたのかわからないけど、その敵対していた中のひとりがブリジットの息子であるマルセルなんだろう。
「唯一皇位継承権があった儂を暗殺しようとした者どもについては有無を言わさず処刑して、儂に与するロイヤルヴァイオレットたち協力のもと、こちらも力ずくでその事態を抑え込んだのだ」
お家騒動は血なまぐさくて本当に恐ろしい。
聖女ってそんなことも仕事のうちなのか?
いや、間違いなくルル様だけが特別なんだろう。じゃなきゃ怖すぎる。
「そんなこともあったから、ファーガス皇帝陛下のルル様に対する信頼がすごいんですね」
「ルルのおかげで今の儂があるのだからな」
これってルル様を諦めるようにルル様本人が説得するって無理がないか?
ルル様の存在以上の女性なんて出てこないだろ。コーデリアじゃ、どう考えても太刀打ちできそうにないし。
聞けば聞くほど、今回のルル様がいつもと違って憂いていた理由がわかる。それにくらべれば、私のうわさ話なんて小さなことだ。何もなかったんだし。
食事が終わったら、私たちはいつもさっさと部屋へ戻ることにしている。
一日目にファーガス皇帝が誤解されるようなことをしでかしたから、次の日からはルル様の部屋にもう一台ベッドを用意してもらって、ファーガス皇帝が入り込む余地がないように私たちはいつでも一緒に過ごしていた。
「いろいろあったんですね」
「そうね、どの国も代替わりの時は大変なのよ」
その中でもウォークガン帝国の争いは苛烈だと思う。
ルル様と話しながら歩いていると、正面からマルセルが歩いてきた。この人はブリジットやコーデリアみたいに直接悪口は言わないけどロイヤルヴァイオレットから外されたと知っているからいいイメージはない。
そのマルセルとすれ違う際、私はマナー違反だとわかっていながらも、二度見、いや五度見くらいしたかもしれない。
なぜって、私がマルセルだと思ったその人物が、マルセルではなかったからだ。
マルセルが年をとったらこうなるだろうと思うほどそっくりなその男性。カエルのような魚類のような特徴のある容姿をしていた。




