08 十年前に何が?
普段なら私たちが貴族の屋敷を回って治療を施す。
それはその国の現状を確認する目的があるらしい。一般人の生活環境と貴族たちの暮らしぶりや振る舞いがあまりにもかけ離れている場合、その国の政が機能していないか腐敗している可能性が高い。
国がひとつ傾けば隣国もただではいられないし、下手をするとそんな国の国力低下状態を狙って戦争を仕掛ける国が出てくることもあり得る。
ゼ・ムルブ聖国にしか産まれない聖女はその力を持って人を癒すために、場合によっては戦場へ足を運ぶこともある。だから人ごとではいられないのだ。
それでも今回に限り私たちは街へは出ないらしい。いつもとはやり方を変えて、王城へ貴族たちに足を運んもらうそうだ。用意された一室でルル様が順番に癒すことになっている。
「ルル様と面識がある貴族が好意的な者ばかりとは限りません。何かあっては困りますし、たとえ些細なことでもルル様が不快な思いをされたとなれば陛下が何をしでかすかわかりませんので」
説明をしているのはファーガス皇帝直属の事務管理官。
何をしでかすかって、ファーガス皇帝は側近にまでそんな風に思われているんだ。
よく見ればその目は紫水晶のような色をしている。その容姿は町に似た人がたくさんいるだろうと思うくらいいたって普通。ファーガス皇帝には似ていないけど、この人も兄弟なのだろうか。
あとでルル様に教えてもらおう。
「まだわたくしのことを覚えていらっしゃる方が多いのでしょうか」
「あの頃は我々と同じで、ルル様も狙われていましたからね。ほとんどの者は処罰されていますがその縁者は残っておりますし、気をつけるに越したことはないと思います」
ルル様も狙われていた? 疑問に思っても私が口を挟める雰囲気ではなかったので、その場では大人しく様子を窺うだけにとどめる。
「そうですか。皆様のご迷惑になってもいけませんので、ここにいる間、わたくしは王城で過ごすことにいたしますわ」
その後、事務管理官と今後の予定を打ち合わせして、ルル様と私の役割分担を決めていった。
仕事の話が終わってから、ほぼルル様と会話をしていた事務管理官が初めて私の方に向く。
それもわざわざ座りなおして身体ごとだ。
「ローザさんには、陛下が失礼をしまして、それにあらぬうわさが流れてしまい大変申し訳ございません」
ファーガス皇帝と変なうわさが立っていることへの謝罪だった。
だけど、あれほど早く城中に伝わるのはおかしい。意図的にあんたたちが流したんじゃないのかと私は思っているんだけど?
疑いつつも暴言を吐くわけにはいかないから私も見習い聖女らしく返事をすることにした。
「私などと事実無根のうわさ話が流れてしまってファーガス皇帝陛下にもご迷惑でしょうから、勘違いされている方たちに、あれは間違いだったとちゃんと否定していただければと思います。お手数ですけどよろしくお願いします」
「承知いたしました。その様にいたします。本日おふたりは陛下との晩餐会まで予定はございませんが、何かあれば私をお呼びください。それではこれにて失礼いたします」
「日程のご調整や補佐など、ありがとうございました。今後ともお願いいたします」
言葉を交わした後、私たちに与えられた応接室から事務管理官が退出しようとしてその足を止めた。
「ルル様も……変わってしまわれたんですね。とても残念です」
ん? 今までのやり取りの中に、ルル様が失望されるようなことがあったの? いつも通り丁寧な対応をしていたと思うから私にはまったくわからない。
「ええ、わたくしはそれで良かったと思っていますのよ。もともとこの国の人間ではないのですから」
「そうですね。つまらないことを言ってすみません」
哀愁を漂わせながらドアを閉めた事務管理官。
ふたりの会話についていけなかった私は困惑するばかりだ。さっきルル様も命を狙われていたと言っていたし、十年前にいったい何があったんだろう。




