10 そうじゃないかと
「わたくしにゼ・ムルブ聖国と聖女の癒しのことを教えてほしいのだけれど、ここでは落ち着いてお話しができそうにないわ。ですから、会談する場所を他に用意しておりますの」
「わたくしでよろしければ、喜んでご説明させていただきますが」
ルル様はすぐに返事をした。
王妃からの要請を、何の理由もなく断ることはできない。臣下の手前もあるし、そのまま放置しておくことができなかったトバイアス王子とは違って、拒否することは難しいと思う。
「恐れ入りますが、聖女の癒しは、それぞれ得意分野がございますので、こちらのローザも一緒によろしいでしょうか」
ルル様がわざわざ私の同席を求めているということは、私に関係する何かがあるのだろうか。
そうでなかったとしても、教皇様経由で王族や重鎮と契約ができていないこの国で、私はルル様を一人にしたくない。
たとえ私には守る力ができなくてもだ。
本当は、私がいないほうがルル様も自衛という面では都合がいいはず。それが、一緒に行ってもいいのなら、ルル様自身、王妃との対談でそれほど心配することはないと考えているのだろう。
「ええ、構わなくってよ。そちらの護衛もね。それから、ジュリアスとトバイアス。貴方たちもよ。ちょうど良い機会だから、ついで話しておきたいことがあるわ」
「わかりました」
「母上?」
トバイアス王子は、王妃がルル様と何の話をしようとしているのか知らないようできょとんとしている。
逆にジュリアス王子の方は、彼が返事をした際に王妃がそれに頷いて見せたので、これからの話し合いに彼は関係があるのかもしれない。
それについては、私にも大体の想像はついてるのだけど……。
「どうぞ、こちらへ」
侍従がやって来て、私たちは前方にある王宮の奥へと続く扉へ案内される。貴族たちをかき分けて出口に向かう手間が省けた。
あっ!
その時になって、それまでの間、ライルとずっと手を繋いでいたことに気がついた私は、思わずその手を振り払ってしまった。
「あの、ごめんなさい、つい……」
「大丈夫です。お気になさらずに」
焦っている私と違って、ライルは無表情で答える。
王宮に入ってからというもの、護衛に徹しているので、私が嘘の告白をした時もライルは眉ひとつ動かさなかった。
おかげで、私はあの場でやりきることができたんだと思う。下手に照れられたり、反論や真面目に返事なんてされていたら『ライルに対してじゃないから!』って言っちゃっていた可能性が高い。
状況判断に優れていて、適切な行動ができるからこそ、彼はルル様の専属に選ばれたのだろう。それは私でもわかる。
前回の旅のせいで軽薄そうな印象を持っていたから、ライルに対しては少し苦手意識があったんだけど、それも改善しつつあった。
護衛をしてもらう身なのだから、ちゃんと信頼関係を築けないと向こうもやりずらいと思う。
初対面の時は大司教様に頼まれていただけだから、それがなかったらライルは、私に構うつもりもないはず。いつまでも自意識過剰でいるのは、逆に恥ずかしい。ということに気がついてしまった。
大袈裟に手を払っちゃって悪かったな。私は反省しながらとぼとぼと、ルル様の後ろをついていった。
「こちらでお待ちください」
ルル様と共に侍従に連れていかれた場所は、たぶん賓客用の寝室だと思う。
寝室とはいっても、同じ空間に応接間が付いていて、そこには十人は余裕で座れるほどの大きなソファーさがあり、その奥に天蓋付きのベッドが設えてあった。
この状況に対して私は『やはりな』と思うだけだ。
私たちは侍従に言われた通り、いつ来るかわからない王妃たちを、ソファーに座りながら待つことにした。もちろんライルだけは護衛としてルル様の後方で待機している。
「こんな場所で悪いわね」
それほど待つこともなく、王妃と王子二人がその場へやってきた。
王妃はソファーに腰を掛けると、使用人には席を外すように促した。それはライルも同じで、部屋の外で待つように言われる。この状況からみても、王妃が私たちに危害を加える理由がないことから、ルル様からライルに指示を出し、それに従ってドアの向こうで待機することになった。
「これから、聖女様とする話は誰にも聞かれたくないことなのよ」
「承知しております」
「そう――すでに聖女様はわかっていると思うけれど、ジュリアスの身体を治していただけないかしら」
王妃の言葉に息を飲んだのはトバイアス王子だけだ。
ルル様がベッドのある部屋へ通された時点で、そうなることは予測できていた。貴族家で聖女の癒しを行う場合も、重症な場合は似たような部屋で行うことが多いからだ。
ジュリアス王子が健康になることは、王位を求めているトバイアス王子にとってマイナスにしかならない。
だからこそ王妃は、ジュリアス王子が健康体になることで、王子同士の争いにも終止符を打つことができると考えているのだろう。
でも……ジュリアス王子って、弟に毒を盛るような人じゃなかったっけ?