11 聖女の制約
「もちろん報酬はお支払いしますわ。ただ、恥ずかしながらこの国は、潤っているとはとても言える状況ではありませんから、高額を請求されてもお支払いすることができませんの」
『お金がない』なんて、こんな恥になることを告げるのは、普通だったらかなり屈辱的なことだと思う。
でもそれを王妃が口にしたとなると、この国は本当に酷い状態なのかもしれない。
王侯貴族に対しては、実際にはどれくらい聖教会が吹っ掛けているのか私にはわからないけど、王位争いがここまで深刻になる前にジュリアス王子の身体を治すことができなかったのは、ゼ・ムルブ聖国が提示した金額を払える余裕がカッサ王国にはなかったからだろうか。
そうなると、ジュリアス王子の身体は簡単に治療出来るものではなく、患部を作り替える必要があるほど、難しい病気なのかもしれない。それはルル様たった一人にしかできない方法で、神の御業とも言われる奇跡をおこすことなんだから、高額であってもおかしくはない。
「申し訳ございませんが、王族の方の治療ともなると、不備があった場合に責任の所在がはっきりしないと困りますので、契約が交わされていない治療は行ってはいけないことになっております」
ジュリアス王子の治療を即座に断るルル様。
それはそうだろう。
報酬以前の問題で、患者がどんな症状だったとしても対応できるルル様はいいけど、普通なら聖女だと言っても依頼主の希望通りに治療ができるとは限らない。
しかも、ジュリアス王子の容体は一切知らされていないのだから、簡単に受けられる話ではなかった。
今ここで下手に前例を作ってしまったら、このあとこの国にやってきた聖女たちが大変な思いをすることになるだろう。
特に王侯貴族の場合は、悪知恵がある者もいて、医療ミスだと難癖をつけられることもある。損害賠償として聖女にこれから先、一生自分に仕えろ脅された例が昔は何度もあったらしい。
今では、無理難題を押し付けられないように、こういった聖女を守るための制約はわりと多くなっている。
ルル様の返事を聞いた王妃は無言のまま考え込んでしまった。
「ははうえ、しかたがありません。せいじょさまにむりはいえませんから」
初めて口を開いたジュリアス王子は、顔面が麻痺しているのか、口が開きにくいようで話し方がたどたどしい。本当に身体を病魔が蝕んでいることが見て取れた。
自分のことなのに、嘆くことも、すがることもなく、ルル様の返事を受け入れるだけの器量が、この王子にはあるようだ。
もちろん、落胆はしているみたいだけど。
「母上、心配はいりませんよ。兄上の病気は、私がこの国を立て直してから、ゼ・ムルブ聖国に正式に依頼しますから」
そこへ口を挟んだのは、沈んでいる王妃とジュリアス王子とは対照的なトバイアス王子。
自信ありげな態度だけど、王妃が一番心配していることは、たぶんトバイアス王子に王位が渡ることだと思う。
ちょっと関わっただけの私でさえ、トバイアス王子は施政者の器ではないと感じるし、この王子に国を任せたらどうなることかと他人事ながら心配になる。
「困ったわね……」
何に対しての困ったなのか、王妃はため息とともにぽつりとこぼした。
「王妃様」
そんな王妃にルル様が声を掛ける。
「何かしら」
「治療はできませんが、ジュリアス殿下の症状を診察することは可能です。結果を専属の医師に伝えますから、適切な処置をしていただければ改善の見込みはあるかもしれません」
「結果? それだったら、病気の原因はわかっているわ」
「そうなのですね。よろしければ、わたくしに、その病名を教えていただけないでしょうか」
「それは……」
「ははうえ……」
「いいのよ、ジュリアス。もうこれ以上、庇うのはやめましょう」
なにやら深刻そうなふたり。
「ジュリアスは幼い頃に毒を盛られたの。その後遺症よ」
「やはり、そうでしたか……」
治療の中でも難しい部類の話だ。体内に毒が残っていて現在進行中なのか、後遺症だけなのか、それによって方法は変わってくる。
毒の治療か……。
実はルル様がもっとも苦手としている部類らしい。後者の場合はいいけど、前者の場合、身体を作り替えても、体内に毒が残っていたら、その後、また蝕むことになってしまうからだ。
「兄上は、いっそ、治療に専念したらいかがですか。そんな身体では、公務に支障を来すことは目に見えているではありませんか」
「お黙りなさい。ジュリアスが表舞台から降りることはありませんよ」
ジュリアス王子ではなく、王妃の方が反論しているところを見ると、やはりトバイアス王子には任せられないと思っているんだろう。
「母上は兄上に甘すぎますよ。陛下もそうですが、国のためには、何かを切り捨てる決断も必要だと思いますが」
病弱な兄と、阿呆な弟。どちらを跡取りするか。確かに難題だ……。
「いい加減、兄を貶める発言はおやめなさい、トバイアス!」
「母上は周りが見えてないようだ、私を王太子にと言う者も多いのですよ」
「周りが見えてないのは貴方の方だわ。ジュリアスがこのような身体になったのも、もとはといえば貴方のせいなのですよ」
「私のせいですと?」
「ええ、貴方の馬鹿さ加減で、もう庇う気持ちもなくなってしまったから、この機会に言っておきますけど、ジュリアスに毒を盛ったのは――トバイアス、貴方なのよ」
「「はあ!?」」
衝撃の告白に驚いたのは、私と名前を挙げられたトバイアス王子本人。
兄弟に毒を盛ったのはお前の方だったのか!?




