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指揮官代行

☆――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 なんとか、生き延びた。

 瓦礫が散乱するミルヘルムの城壁内を歩きながら、俺は悔恨の中に確かな安堵を覚えた。

 指揮官殿は弾丸小殻に全身を貫かれて死んだ。

 それだけではない。護衛隊も壊滅とも言える被害を受けた。

 あれは地獄だった。

 名実ともに、地獄だ。

 少し前に足長の群れが通った時にもそう思ったが、それはただの勘違いだった。

 そう思える程地獄だった。

 弾丸小殻が人も防壁も等しく穴だらけにして、足長が全てを食い散らかしながら突き進み、針降らしがわんわんと音を立てながら空を黒く染め、雪崩の様に押し寄せる丸虫が人や家を呑み込み、六つ翅がそれら全てを捕食しながら舞い、四つ鎌が人間の死体をその鎌に挟んで通り、八目毛塗が飛び跳ねながら後を追い、針刺鋏が針先から毒の飛沫を撒き散らして突き進み、死体掃除屋が触覚を揺らしながら這い回った。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 あの地獄を生き残ったのは二百人程。

 殆どが防衛隊員だ。

 その中で最年長であった俺が指揮官代行を務める事になった。

 正直不安しかなかったが、頼りになる顧問役が居たのが救いだった。

 少し前にアンウェイから逃げ延びて来た者達の中にいた元防衛隊員の老人が、俺の申し出に快く頷いてくれた。

 聞けばアンウェイは正体不明の不審者によって壊滅的な被害を受けたと言う。

 少し前にイルグズフも長虫の群れによって壊滅した。

 詳細は未確認だが、湿地も重篤な害獣被害を被ったとされる情報も入って来ている。

 そして先日、王都との長距離信話の接続が成立しなかった。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 その時点ではまだジュダやエルダとの長距離信話が成立していた事から、あの地獄が王都に到来した事が長距離信話途絶の原因とは考え辛い。

 王都で別の深刻な状況が発生したと見るべきだろう。

 ジュダやエルダとの長距離信話が途絶した時期から逆算して、そろそろ王都にもあの地獄が到達している可能性は高く、どちらにせよ王都の壊滅を考慮しなくてはならない。

 ナクニ王国が事実上崩壊したと考えるのが現実的な結論だろう。

 気が重い。

 俺は最早この国を背負っている、とも言い替えられるこの現状は気が重い。

 聞けばアンウェイから逃げ延びて来た件の老人。

 なんと王族の血筋らしい。

 遠縁の末席らしいが、この現状から考えると唯一の王族である可能性もある。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 女であれば子を成す事は難しい年齢だが、男は勃たなくとも出せれば血を繋ぐ事は可能だろう。

 幸い生き残りの中には女も多数居た。

 こんな具合に王国復興の可能性が僅かながら残されている。

 そんな現状が、恨めしい。

 いっそすっぱり希望が断ち切られていれば、親しい防衛隊員と連れ立って干殻に亡命するなり密入国するなり、他に遣り様があったと言うのに。

 或いは俺が指揮官代行何かにさせられなければ……。

 隣で飄々と佇む老人を見ると、老人は隈の目立つぎょろぎょろとした濁った目で周囲を見ていた。

 老人はぶつぶつと独り言を呟きながら、両手で神経質に空を撫で回している。

 血の気の失せた右頬が不規則に痙攣し、真っ白でぼさぼさの髪が風に撫でられて揺らいだ。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 まあ頼りになりそうだと言えばなりそうな風体だけど。

 でも、歳が歳だしなあ。

 もうちょっと頼りになる補佐が必要だ。

「代行殿」

 不意に後ろから声を掛けられた。

「なんだ?」

 振り向けば、若い女が俺に向かって最敬礼をした。

 けっこう可愛い娘だ。

「王都から逃げて来たと言う二人組を保護しました」


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


 その娘はそんな驚きの報告をした。

「へえ!」

 王都からここまでの距離を考えると、その二人組は王都との長距離信話が途絶する前後に王都を出立した可能性が高い。

 王都に関しては今更どうこうする事も出来ないだろうが、それでも情報はあるに越した事は無い

 そんな具合に一応吉報の類ではあった。が、その報告には続きがあった。

「しかも片方は剣聖でした」

「へえ!」

 剣聖! 剣聖がやって来たとは魂消たな。

 今更、のこのこやって来るとは。


――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


「じゃあ、殺さなきゃな」

 俺がそう言うと、可愛い娘が可愛い笑顔で追随した。

「そうですね! 殺しましょう!」


「殺す」


 老人が逸る俺達を穏やかな声で諌めた。





☆定期報告。

 本日早朝、森林奉護の規律に則った後光放射線封鎖儀式の完了が確認された。

 また、封国防衛条文五項三行の規定による偽汚染密偵の処分の完了も確認された。

 彼等二十三柱の尊き人柱には明日黙祷を捧げる。

 しかしながら一点、不測の事態が発生した。

 神威計測機の故障である。

 現在神官技師三名が復旧作業にあたっているが、本報告書執筆現在復旧の目処がたっていない。

 一人の神官技師は神威計測機が神威に似た何かを誤検知している可能性を提言したが、この神官技師は殺した。

 また、その神官技師は三名の兵士を殺した。

 以上。

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