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ぃにゅっふぁっぃば

 我が名はぃにゅっふぁっぃば。魔王である。

 それ以上でも無ければそれ以下でも無い。

「弱い」

 そして我の前で息も絶え絶えなのが今代の勇者の一人である。

 我の様な魔王や剣聖と違い、勇者は雑草の如く現れる。

 そして漏れなく弱い。

 それでもこの個体は今までの勇者に比べれば遥かに強い部類に入るのであろう。

 我が殴って即死しなかった事がその証左である。

 だが、弱い。

 我は千切り取った有勇者の左腕を口元に運び、齧り取った。

 味は人間のそれと大差無い。

 こんな有象無象よりも、警戒すべきは――


「キクリ、こいつ魔王の癖に岩人形より脆いぞ」


 ――我の脚が二本斬り飛ばされた。

 それにしても、やはり見えぬ。

 相変わらずこの剣聖と呼ばれる群体は非常に厄介だ。

 過去に何度も魔王が斬られて来た。

 翅を震わせ牽制する。衝撃派に飛ばされたのは勇者だけで、剣聖は衝撃派諸共我を斬ろうとして来た。

 その時には代わりの脚は生え揃っている。

 我は八つ脚で地面を蹴り、斜め前に飛び掛かる。

 不可視で理不尽な力場が我の居た場所をずたずたに斬り裂いた。

 勇者の視線を辿り剣聖が見えているであろうを場所を見るが、やはり実体は存在せずもやもやとした力場しか見えない。

 なんとも出鱈目な存在だ。

 アレは最早人間ではない。それどころか生きているのかすら怪しい。

 人間を食らって存続する何か。

 魔王と同類でありながら全く異なる存在。

 我は魔王の力場を拡散させた。

 魔王を魔王として確立させている力場と相殺する形で、剣聖の力場が散った。

 だが、まだ残存している。

 忌々しさに顎を鳴らしながら、腕を二本振った。

 強襲を敢行した勇者が、我の腕を辛うじて受け止めてすっ飛んで行った。

 乱雑に回転しながら何度も地面に打ち付けられる勇者が、例によって不安定な力場を不完全に展開した。

 勇者に腕が生えた。

 この個体はこれまでのどの勇者よりも意味不明だ。

 あんな不安定な力場をよりにもよって自身に干渉させるとは、我ならば怖くて到底実行出来ない。

 それでいて効果は腕を生やすだけときた。

 その腕も前の腕よりは細く脆い。そして無事だった腕は千切れる寸前だ。

 あれでは我の攻撃を受け止める事は叶うまいに。

 最早我に干渉する力もないであろう勇者は無視しても大丈夫であろう。

 我は魔王の力場を展開しながら凝集しつつある剣聖を見る――と言っても見えないのだが。

 剣聖の残骸であれば見える。

 老いた人間の骸が一つ。

 あれが今代の剣聖を構成する力場を出しきった絞り粕だ。

 我にはあの骸が見えると言うのに、勇者にはあの骸が見えぬ様だ。

 

「あれを斬ってみろ」

 

 我の外殻が斬り削がれた。

 肉を斬り刻まれる前に、辛うじて剣聖を散らす事に成功する。

 先んじて力場を展開していなければ、核を斬られていた。

 これまでの攻撃で大分剣聖の力場を相殺する事が出来た。

 だが、それは我の力場が目減りしている事を意味する。

 魔王と剣聖の戦い。

 それは不毛で壮絶な消耗戦だ。

 軽く腕で払う。

 勇者が飛ばした不安定な力場はそれだけで霧散した。

 力場を用いず物理的に空間を揺らしただけだと言うのに、剣聖の力場の様に凝集する事も無く消滅した。

 その隙とも言えない隙を突いて、剣聖が我の肉を浅く斬った。


「ただ肉を斬ってりゃいい。簡単だろ?」


 いい加減疎ましくなってきた。

 翅を震わせ、勇者に止めを刺す。危険だがこれ以上弱らせるのは加減が難しい。

 鮮血を撒き散らして勇者が舞い上がった。

 我とした事が少々冷静さを欠いていた様で、森が広範囲に巻き添えとなった。

 配下の生物も少なくない数巻き添えになった様だが、勇者ならば兎も角剣聖相手では使い道は無い。

 配下にはここから離れる様に指示をだす。

 そしてより一層厄介になった剣聖に――ぬ?

 剣聖は相変わらず凝集しようとしていた。

 その奇妙な事実に僅かに警戒が散らされ、代償として触覚が一本斬られた。

 反射的に振るった腕が剣聖を散らし、力場が相殺される。


「嫁ぎ先は干殻の侯爵家だ」


 剣聖を警戒しつつ周囲の気配を探る。

 我とした事が、気付かぬとは!

 あっ……。怒りに流されて凝集前に剣聖に力場をぶつけてしまった。

 剣聖は散ったが、今の攻撃では殆ど相殺出来ていない。

 ある程度凝集してからでないと剣聖を効率よく相殺する事が出来ない。

 だが、そんな事よりも重要な相手が居た。

 恐らくずっと居たと言うのに、我とした事が見落とした。

 剣聖は人間に観測されなければ剣聖を維持出来ない。

 先代以前の魔王から引き継いだ記憶からそれは明らかだ。

 人間から観測されなくなった剣聖を相手にするのは厄介極まりない。

 しかしながら人間を引き連れた剣聖もまた厄介極まりない。

 剣聖を半分程しか相殺していない状態で勇者を始末したのは早まったかと思ったが、予想に反して剣聖は剣聖へと凝集しようとしている。

 これはまだ観測者が残存している事を意味している。

 剣聖を相殺し終えた時、魔王は最も弱体化する。

 その瞬間を勇者に突かれ敗北した前例は七回もあるのだ。

 魔王や剣聖と異なり、勇者は同時に多数の個体が存在出来る。

 触覚を研ぎ澄まして周囲の気配を探るが、剣聖が凝集する前に観測者を探し出す事は難しそうだ。

 剣聖の相殺はもうすぐ完了してしまう。要するに既に我の力場はかなり目減りしているのだ。

 しかし、剣聖の状態から観測者は恐らく一人だけであろう。

 剣聖相手に加減しよう等自殺行為である。ならば、腹を括ろう。

 先に剣聖を全て相殺する。

 力場を凝縮させ、身を固める。


「タツサ、王族にその様な我儘は許されぬ」


 力場が弾ける。

 そして腕が三本と腹を斬られた。

 少々防御を疎かにし過ぎたか……。

 我を支える魔王の力場は殆ど残っておらぬ。

 これで剣聖が相殺出来て――斬られた。

 我は地面に這い蹲った。

 脚が全て斬られてしまった。

 剣聖は、限り無く弱体化しつつも剣聖を維持していた。

 敗北である。

 十七回目の敗北である。

 ついに負け越してしまった。

 だが、次は負けぬ。

 我は永遠の魔王ぃにゅっふぁっぃば。

 剣聖同様魔王もまた何度でも復活する。

 頭部を斬られた。

 これまでだ。

 今代の魔王が存在出来るのは後数秒――

「この瞬間を待っていた」

 ――人間が人間を刺している。

 草色の衣服に身を包んだ髪の長い人間が、赤い革鎧を来た人間を背後から刺した。

 今の今までこの場には居なかった人間が、それも二人。

 赤い革鎧の人間の喉からは赤く濡れた切っ先が突き出ている。

 赤い革鎧の人間の目には何の感情も映っていないが、髪の長い人間の目からは感情が溢れ出ていた。

 その感情の瞳が我を見た。

 ああ、これは恐らく、人間が言う所の――

「狂気」

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