番外編
どれくらい経ったのか、わからない。一時間かもしれないし、丸一日かもしれない。ただ一つ確かなのは、目を覚ました俺を迎えた温もりだった。そして、何だかわからない何かを隔てて、女と男の声がくぐもって聞こえていた。
手足はある気がする。なのに、それで何かに触れることも、確かめることもできなかった。まさか自分が幻肢感覚を味わうことになるなんて……。
俺、手足を失ったのか!
涙がこみ上げた。死なせてくれと頼みたかった。神様、頼む。必要なら、いくらだって懇願する。なのに、俺にできたのは叫ぶことだけだった。
そこにいるのが父親だろうが母親だろうが、どうでもいい。俺にとどめを刺すのが、そんなに難しいか? 体を持ち上げられると、くぐもった男の声が大きくなった。
いきなり手を離され、体が落ちた。反射的に、さっきよりも大きな悲鳴が出た。その直後、何かに受け止められた。また落ちて、また受け止められる。その繰り返し。こいつら、俺に何しやがるんだ!? 何なんだ、この病院は? まともな頭で、こんな切り株みたいになった俺をおもちゃにしようと思う奴がいるのか?
抵抗しても無駄だった。
やがて、その馬鹿騒ぎは終わった。俺は何か柔らかいものの上にいた。しかも、手で何かに触れることができた。柔らかい。袋に入った蜂蜜みたいに、手の中で形が変わる。そして、何かが唇に押し当てられた。妙な感触だ。それをぐいぐい口に押し込もうとしてくる。まさか、これ……。
やめろ! こんなことしていいと思ってんのか! 絶対に全員ぶっ殺してやる、このクソども!
顔を背けたが、結局、何かを口に入れられた。舌にミルクの味がした。その先は説明しない。クソ変態ども。こんな奴ら、誰が雇ったんだ? 別に嫌ってわけじゃないが、少なくとも倫理的にどうなんだ。俺は同意してないぞ。この女、絶対に頭がおかしい。
目を開けて、どんな女なのか確かめようとした。大学生に母乳を飲ませるなんて、どういう神経をしているんだ。
手で押し返し、口を離して、目を開けた。温かな光。どう考えても病院の光じゃない。俺を抱いていたのは、雪のように白い髪と、むらのない白い肌をした女性だった。疲れた様子で、俺に微笑みかけている。その灰色の瞳に、どこか見覚えのあるものを感じた。
俺は彼女を見つめた。涙が勝手に、後から後からあふれ出した。叫び声は出なかった。ただ、願っていた。
何もかも、ただの馬鹿げた夢であってくれと。




