第1章 1節 伝説の幕開け
〈アトラクト視点〉
ついに今日がやってきてしまった。
大事な一人娘の晴れ舞台。本来なら大手を振って見送るべきワンシーン。
しかし、この話を聞いているようで聞いていない可愛い我が娘が、一体何をしでかすのかと心配でここ数日は一睡もできていない。
今日も気が付けば太陽が庭を照らし、書斎のドアがノックされ、可愛い娘が入ってくる。
「父上!おはようございます!」
「アナファクト、お前に話がある」
「話とはなんでしょう!」
「お前は剣の腕は天下一かもしれないが、礼儀作法や勉強は全くなっておらん」
「いえ、私などまだまだです。私なんかより父上のほうが」
「バカを言うな、少なくとも同世代でアナに勝てる者などおらんだろう」
「いいからよく聞け」
「はい!よく聞きます!」
真剣な顔のまま、ちょこんと正座をするアナ。
「あの学院は、文武を競う場所であると同時に、貴き身分の御方のご令嬢が多くいるのだ」
「対して我がリンカー家は貴族とは名ばかり、学院の彼女達からしてみれば平民も同然という方も少なくないだろう。常に身だしなみを整え、言葉遣いに気を付けるのだ」
「絶対に絶対に、揉め事を起こしてはならんぞ」
「はい!分かりました!」
「それでは、朝食をいただいて参ります!」
書斎を飛び出し朝食を摂りに行く後ろ姿は、どこか自信に満ち溢れていたように見えた。
食後、見送りに家の門出でアナを待っていると、妻が口を開く。
「あなた、昨夜も眠れなかったのですか」
「今後も眠れる日が来ればよいのだが」
「もう少し、アナを信用してあげてください。あの子ももう立派な騎士になりますよ」
「そうは言うがな」
「昔、騎士とはなんたるかと教えたことがあった。『騎士とは、信用されることが肝要である。主に仕えることも、民を護ることも、信用されている人間にしか任されない栄誉であるからして、曲がった人間には任されない。素直な、まっすぐな人間でこそ騎士の本質なのだ』と言い聞かせたことがある」
「いい話ではないですか」
「そうだろう?それを聞いたあの子はどうしたと思う」
「次の日には自分の髪をストレートにした」
「可愛いですよね、似合っておりますわ」
「円形の大黒柱を四角に削った」
「いつからか、少し強い風が吹くと家が傾くようになりましたね」
「庭先の曲がった樹木は伐採され、残った木の枝はまっすぐに切り揃えられた」
「いつからか、お庭が丸見えになっておりましたね」
「あの子は話を最後まで聞かんのだ」
「せっかちな所は貴方にそっくりで、愛おしいですわ」
話を聞いているのか分からない所は、ミカエラも大概かもしれない。
頭を悩ませていると、アナが大荷物を持ってやってきた。
いや、荷物も気になるがそんなことより。
「なんだその恰好は」
ピカピカに磨かれた鎧を纏っていた。
「この日のために準備していたのです。武具屋の旦那に誂えて貰いました」
「制服はどうしたのだ」
「昨日、汚してしまったので綺麗にしたらまた着ます!」
俺の視界は真っ暗になり泡を吹いて倒れた。
アナを止める者は誰も居なかった。




