プロローグ 心配ごと
突然だが、私は転生者だ。
剣と魔法の世界にある、このアルビオン帝国に突然降り立った、そんな私にも深い悩みがある。
まぁ聞いてくれ。
今の私には、三十数年分生を過ごした現代知識がある。
しかし、今の私には全くの無意味だった。
記憶を取り戻したのは、妻を迎え、20代も後半を目前にした時分だった。
厳密には、『これを転生と言うのか』という議論は本題とは関係ないので、一旦おいて置く。
当時はよく記憶が混濁して大変だったのを覚えている。
この世界は貴族社会だ、地位・権力に厳しい。
私の地位は、騎士爵という。分類上は貴族だが、事実上の扱いは平民とさして変わらないことが多い。
知識チートを使おうにも、機械や道具もなければ、上級貴族に対しては何か意見をすることもできない。
なまじできたとして、仮にそれが何かに有効だったとして、手柄を奪われ口止め料を押し付けられて終わりなのだ。
常に上位の貴族を立て、3歩後ろで空気を読む。前世でやっていたことと変わり映えはない人生。
これがせめて学生時代からの転生であれば、多少の粗相をしても学園内ボーナスでお目こぼしがあったり、上位貴族との会話のチャンスをなんとかモノにして、有能さをアピールして取り入ったりできたかもしれないな。
しかし、そんな取返しのつかない我が人生において、幸運なこともある。
なんと私は、とても美人な妻を貰っていた。記憶を辿ると妻は背と腹に大きなやけどを負っており、貰い手が居なかったらしい。
前世の私は、貴族の端くれにも関わらず、外聞より私欲を取ったらしい。お前は天才だ、私は私を誇りに思う。
そして、子宝にも恵まれた。目に入れても痛くない、可愛い一人娘だった。
長くなったが、悩みとは、我が娘・アナファクトの話である。
どうやら転生者ではないようで、純粋無垢、天真爛漫というような言葉が似合う娘であった。
娘は昔から私の言うことはよく聞くのだが、よく聞きすぎるのだ。
初めて木刀を握らせた時、指導の名目で素振りを教えたのだが、偶然落ち行くこのはを真っ二つに割いた。
アナは、嬉々としてこの父を誉めそやした。その美辞麗句は、常に平身低頭の貴族社会でささくれ立った私の心のオアシスとなった。
ようは調子に乗ったのだ。
この父は、一振りで大木を割き、巨大な岩をも砕くなどと戯言を宣った。
娘はキラキラとした瞳でまた父を尊敬する、そんな歪んだ日々が過ぎたある日。
「父上!ついにこの私、風を切ることが叶いました!」
「ほぉ、風を切るか。それはすごいな、やって見せておくれよ」
バットで素振りしたような音を想像していると、
ブォォォォン、と風が高速で真横を通り過ぎる音がしたかと思えば、
猪が勢いよく木に衝突したような大きく鈍い音がした。
恐る恐る首を後ろへやると、庭先の木が見事に頭を垂らしていた。
「どうかな父上、上手くできたかな?」
「ま、まぁまぁだな」
一体何がまぁまぁなのだろうか、私の髪の毛の話はしていなかったはずだが……。
私とは対照的なふかふかの髪の毛を撫でつつ、私とは対極的なその剣術を褒めてやると、『いひひ』と、はにかみながら喜んだ。
この日を境に、私の知らない私が教えたらしい剣術を披露される日々が始まった。
魔法を切る剣?高速移動?何それ知らん、こわ……。
しかし、謎の剣術といえど、実用性は確かなようで、先日行われた剣術大会では、優勝したらしく、帝国騎士団はもちろんのこと、我が帝国でも上位3指に入るほどの名門校から推薦を貰ったという。
結果だけ見れば素晴らしいのだが、この娘は剣に明け暮れていたせいで勉強もマナーもからっきし。平民と言われても分からないだろう点は、親である私も大いに反省するところである。
雇う金もなければ教える時間も余裕もなし。どこぞの騎士団にでも入れておけばよいかと楽観していた。
つまるところ、『そんな上等な学校へ行っても未熟なお前がついていける訳がないので、やめておけ』と言ったのが今月頭。
いつものごとく『はい!分かりました!』と元気のよいお返事から音沙汰もなく何日か後の今日、学校はどうするのか聞いたところ返ってきた返事がこれだ。
「はい!父上のおっしゃるとおり、今のままではついていけないと思ったので、新しく空間を切り裂く術を発明したのでシュトロン学院の推薦を受けるお返事を出しました!」
「なぜ、出す前に私に言わないのだ」
「はい!今の今まで報告を忘れていました!」
今日も元気がいいなぁ。天気も快晴である。
「おぉ、我が愛しき妻、ミカよ」
「はい、なんでしょう」
「白装束と短刀はどこにあったかな」
「しろしょうぞく……?」
よりによってシュトロン学院て、上位貴族の子息ばっかりのボンボン学校やないかい。絶対粗相する。我が家、もうダメかもしれない。
拝啓、ご先祖様、義父様、義母様
お家、取り潰しになっちゃうかもしれません。




