第50話 虚実皮膜
徐々に昇っていく太陽、その日差しに照らされた草原で僕、風見宙飛と漣蒼茉は踊っていた。
「なぁ宙飛、本当にこれで虚実皮膜を習得できんのか?」
踊りながら蒼茉が胡乱そうに問いかけて来る。
「巻物にはそう書かれているし、そうなんじゃない?」
そう答える僕も確証は無い、というか半信半疑だった。
『虚実皮膜』
風見家及びその分家である漣家に伝わる回避術の一つである。独特な身体の動きにより相手の視覚を惑わし、距離感を狂わせる技術……らしい。
「そもそも、空人さんはどうしたんだよ」
蒼茉が踊りを中断して僕にそう言う。
「後で来ると、今朝この巻物を受け取った時に言っていたけど、二度寝でもしているんじゃない?」
僕も踊りを止めて、そう愚痴る。
「失礼だな、こうして出向いてやったというのに」
「「!!」」
僕と蒼茉の会話に割り込む三人目の声。僕たちがその音源に視線を向けると、声の主は極めて自然に佇んでいた。
やや細めの体躯、燻んだ白髪、目の下に深い隈が刻まれたその顔は、非常に気怠げに見える。
風見空人。僕の父親が、いつの間にかそこにいた。
「……父さん、気配を消して近づくのは止めてと、いつも言っているよね」
僕はため息混じりにそう言う。僕の索敵技術はそこまで低くはない筈だが、空人には全く通じない。
(と云うか神出鬼没なこの男の気配を探知するために、磨き上げたと言っても過言では無いだろう)
いや過言なんだけど。僕の索敵技術が空人に仕込まれたのは確かだ。
「悪いな、クセになってるんだ。音殺して歩くの」
「「……」」
「冗談は兎も角、どうだ、虚実皮膜は習得できそうか?」
白い目の僕と蒼茉に空人はそう訊いて来る。
「分からないですね。実際こんな踊りで相手の攻撃を躱せるんですか?」
「躱すんじゃ無く、当てさせないんだよ。百聞は一見に如かずだ。どれ、実演してみようか」
蒼茉の問いに空人がそう言って身体を揺らす。それは先程まで僕たちが踊っていた動作と基本的には同じだが、より洗練されている。
「宙飛、蒼茉くん、そこから苦無でもブーメランでも構わないから、拙者に投擲してみろ」
空人のその言葉に僕は自分の苦無を彼に向かって投げる。しかし空人の胸を狙って放ったその苦無は、彼の頭の横を通り過ぎていった。
「当たらないだろ? これが虚実皮膜だ。蒼茉くんも、ほら」
薄い笑みを浮かべてそう言う空人の言葉に、蒼茉も自分のブーメランを投擲する。弧を描いて飛翔するそのブーメランは、空人の右肩に直撃した。
「痛っ!」
(えー……)
「空人さんっ、大丈夫ですか?」
予想外の展開に困惑して駆け寄ろうとする蒼茉を、空人は手で制する。
「あー見ての通り、この動作だけではそれほど効力は無い。だから、実戦ではこの風と組み合わせる。原理としては蜃気楼に近いな」
空人がそう言うと、彼の周りの空気が僅かに歪む。
「さあ、もう一度だ。二人とも遠慮なくやってくれ」
言って空人はまた妙な踊りを再開させる。
「はい、行きます!」
蒼茉の応答を皮切りに、僕らは自分が持つ投擲用の武具を、空人に向かって投げ続けた。
しかし、その全てが彼に掠ることもなく、あらぬ方向へ飛んでいってしまった。
「改めて、これが虚実皮膜だ。狂わせる距離感は僅かだから、遠距離攻撃に対してのみ有効な術だ。しかし風見屍這とは違って、種が割れても効力はある。どうだ、中々に使えそうだろ? じゃあ後は自分たちで頑張れ」
そう言って、空人はその場から去っていった。
それから一週間、僕と蒼茉は虚実皮膜の修行に勤しんだ。
時折、空人も様子を見に来て指導してくれる。
その甲斐あってか、僕たちは何とか、それらしきものを会得することができた。
「後は実践で磨いていけばいい、戸隠学園なら実践にはこと欠かないさ。二学期始まってすぐに体育祭もあるしな」
そんな空人の言葉を締めに修行は終わり、蒼茉は実家へと帰っていった。
少し寂しくなるが、どうせ学校で会えるだろう。
もうすぐ戸隠学園の二学期が始まる。気を引き締めていこう。
夏休み編、終。




